愛する人よ(真実は)誓わずにいよう / 01 「おい、何ぼんやりしてんだ十四郎」 肩を軽く叩かれ、十四郎ははっと顔を起こした。 視線の先、窓の向こう。眼下に拡がる夜景は先程までの風景とは僅かに異なる。どうやら少しの間うとうととして仕舞ったらしい。 「……悪ィ。疲れてたみてーだ」 不覚を素直に恥じると、十四郎は額を軽く揉んだ。こんな時に転た寝しそうになるとは、我ながら暢気なものだと呆れさえ憶える。 「鬼も眠るたァ、随分と余裕じゃねぇか。結構なこった。どうせアレだろう、また手前ェが碌すっぽ寝かせなかったんじゃねェのか、銀時?」 部屋の隅で三味線を弄んでいた高杉が、揶揄する様な色を込めて言いながらくつくつと喉を鳴らすのに、十四郎はばつの悪さも手伝って舌打ち混じりにそっぽを向いた。 「るせェな、別にそう言う訳じゃねぇよ、ただ──、」 ……ただ、何だと言うのか。 続く言葉が、続けたかった筈の言葉が上手く出ずに、十四郎は首を傾げる。 ほんの僅かの気の緩みのもたらした眠りは質が悪かったのか、夢見が余り良くない様だ。内容なぞ憶えてもいないが、何か不快で不安なものであった気がする。 疲れていたから不覚の転た寝をした、と言うだけでも間が抜けている──桂辺りに言わせれば気が弛んでいると顔を顰められそうだ──所に持ってきて、夢見の悪さに悩まされるなど、正直言って体裁が宜しくない。況してその原因を昨晩の事などと揶揄されるのなどは。 窓の向こうに顔ごと目を逸らした十四郎の横顔には、高杉の浮かべた人の悪い笑みが向けられている。そこに紛れもない、色めいたものを想起させる下卑た意味を乗せて。 高杉は普段は碌に他人に興味を示さぬ男であるが、こう言った時は獲物を見つけた猫の様になる。退屈を持て余していた所に、十四郎をからかうと言う楽しみを見出そうとしているのだ。 堪ったものではないと、十四郎は己に向けられる高杉の視線と、嗤いかける様な三味線の音から目を逸らした侭、動揺などまるでない風情で、殊更に無関心を決め込む事にした。 不意にそんな十四郎の背後から、ぐい、と手が回された。抱き締めると言うよりは乱暴に引き寄せる様な力に引かれる侭、傍らに座していた男の胸に仰向けに寄り掛かる様にして倒れ込む。 「俺の所為みてェに言うんじゃねーよ。言っとくけどなァ、昨日は十四郎(コイツ)のが誘って来たんだぜ?可愛い恋人におねだりされて、無碍に出来る様な奴は男として駄目だろーが」 笑みと優越の成分をたっぷりと含んだ声はそう言いながら、十四郎の頤を上向かせてきた。天井を向いた視界の中に映り込んだ銀時の、声同様に笑みを隠さない顔が近づき、慣れた角度で唇が触れ合う。 「っ、ん」 寸時で終わると思った口接けは然し、十四郎の予想に反して深いものになっていく。上から押さえつけられる様な乱暴で野性的な口腔の交わりに、十四郎は流されまいと顔を顰めて薄目を開いた。 (……銀色、だ) ぼやけた視界に映り込んだ綺麗な銀の髪が余りに綺麗で、思わず見惚れた十四郎のその隙に銀時は容赦なく入り込んで来る。 片方の指先が反らした喉を擽る様にして辿り下りる。上顎を舌でなぞられ、ぞくぞくと背筋を這い上がる快楽に昨晩の記憶が重なり、堪らず十四郎は銀時の髪に手を回した。押さえようとしたのか、引き寄せようとしたのか。銀時が満足そうに喉を鳴らす気配に、どちらでも良くなる。 「……オイオイ。これから作戦の最終確認の会議だってのに。ンなサカッててまともに話なんざ出来んのか、お前ら?」 口接けに夢中になっている銀時と十四郎を呆れも隠さず見遣って、高杉は退屈そうに三味線を爪弾いた。荒い息遣いと濡れた音と喉奥から漏れるあえかな喘ぎ声に、船が風を切る音と、楽にもならない弦の音とが気まぐれに混じっていく。 「悪ィな、高杉。話は後で聞くわ」 「…………ま、そうなるたァ思ってたぜ」 大きく息をつく十四郎の体を畳に横たえ、その上に跨りながら銀時が流しを脱いで言うのに、高杉は呆れた様な表情で、然しどこか面白そうに笑うと、三味線を床の間に置いた。 「一時間後だ。それ以上の延長は無しだ。てめェらが最中だろうが何だろうが、時間通りに話し合いは始めるからな」 精々楽しめや、と肩を聳やかし笑って言うと、高杉は部屋から出て行った。 「夜の話なんざしやがって。煽ったのは寧ろテメーだろーがよ」 閉ざされた襖に向かってそうぼやくと、銀時は眼下で迷惑顔をしつつも、抵抗する気のまるで失せている十四郎の後頭部に手を回した。端正なつくりの顔のあちこちに唇を落としながら、畳に拡がった長い黒髪をいとおしむ様に指で掬っては撫でる。 「それに、決戦の日がいつ来るとも知れねェ時だぜ?何時最期になるかも知れねェなんて言われりゃ、惜しまずにいられるかよ」 流れる様な黒い髪を掬い上げて、「なァ?」そう口接けながら同意を求める様に言う銀時の声には、然しその内容ほどに破滅的なものはない。その事に少し安心した十四郎は両腕を伸ばし、お返しの様に、あちこちに跳ねている銀髪を指に絡めて引き寄せた。 「…銀時、」 「解ァってるよ。時間、無ェからな。まァ俺は連中全員に見せつけてやっても全然構わねーんだけど」 「…………こンのドSが。時間惜しむくれェなら、少しは俺の事も惜しめよ」 とんでもない事をさらりと言う銀時に、十四郎は流石に赤面した。仲間や部下の前で醜態を晒されるのは流石に御免だと、口を尖らせ抗議する。 「惜しむ必要なんざ無ェよ。端から、お前の全ては、お前を拾った俺のもんだ。誰にも譲る心算も、取られる訳もありゃしねぇよ」 だから晒しても平気だとでも言うのか。真剣な笑みに、「相変わらずガキみてェな独占欲だな」と苦笑を返し、十四郎は再び降って来た口接けを受け入れた。 「……くれてやるから、好きにしろよ」 呼吸の合間にそう言えば、 「当然だろ」 酷薄な声音がそう応えた。 嗤う声の心地良さに、十四郎は慥かな充足感を得ていた。 後は流される侭に受け入れるだけ。それで──全てを明け渡す儀式は、おしまい。 タイトルまたアレですいません…。 ← : → |