愛する人よ(真実は)誓わずにいよう / 03 『これ』が、十四郎が江戸に出て来て、刀を手にした理由であった。目的は夜盗ではない。夜毎の辻斬りだ。金を頂戴するのは、物盗りと思わせる目的と、単純に手間賃の様なものだと考えている。日々糊口を凌ぐのにも金はかかるのだ。 まあ何と言い繕った所で、所詮ひとごろしはひとごろし、と言われればそれまでだが──少なくとも十四郎は己の行為をひとごろしだとは思ってはいない。思えもしない。 何故ならば、辻斬りと言っても、狙いは人ではなく天人だからだ。 江戸の町にさも当然の様に溢れかえった、一昔前であれば妖怪や物の怪と言われてもおかしくない、面妖な姿の『人々』。軍属の者らは占領軍の様な我が物顔で街を闊歩し。一般の者らは江戸と言う田舎の開拓地に商売の可能性を見出したり、或いは物見遊山の旅行者だったりするかと思えば、移住し働く事を望む者も居る。そんな連中が『人間』の世界に平然と混じっている様は、何より如実にこの国の敗戦を物語っていた。 江戸に来たばかりの頃、十四郎が最初に斬った天人は、余りヒトに近くない姿のものだったが、数をこなす内に段々とヒトに近いものも断てる様になった。友や家族が居るかも、とか。そう言った考えや迷いも最初の内はあったかも知れないが、今となっては何の感慨にもなりはしない。 襲撃の仕方も、殺し方も、段々と慣れた。それと同じ様に、恐怖や罪悪感に似た畏れにも、どんどん慣れた。刀の汚れを拭う時も、盗んだ金で食べ物を買う時にも、何も感じない。物乞いのフリをして座り込んでいる所に誰か人間が声を掛けて来ても、適当な嘘を並べ立てやり過ごす事に躊躇いもないのだから、万が一『人間』が襲いかかって来る様な事があったとして、十四郎は平然と応戦出来るだろう。 まだ開発途上にあり、人と天人、文明と遺物との混在した江戸の町には隙も闇も歪みも、探すまでもなく幾らでも存在していた。そんな雑多な世界の片隅は、十四郎の様な流れ者にとっては、ただ潜み棲むにも、夜毎に天人を斬るのにも、実に都合が良かったのだ。 天人を狙った辻斬り、は攘夷志士の仕業ではなかろうかと、町人はまことしやかに囁き始めている。同心らも天人の多い区域に警戒として駆り出される事が増えているが、敗戦と言う複雑な心境もあってか、天人を護る、と言う点で彼らには然程に熱心さはない。多少警戒が厳しくなろうが、十四郎に衝ける隙も闇も未だこの町には、人間の心には、あちこちに溢れていた。 と、は言え。十四郎とてこの『辻斬り』がある程度の運で続いているものである事を理解していない訳ではなかった。不意打ちの襲撃と言う状況に、ある程度の力や体重、そして刃があれば命など容易く断てる。それは逆に言えば、それらの要素が少しでも欠けたら、もう危ういと言う事でもある。 そもそも、十四郎が天人を殺そうと決意した、そこには明確な目的は何一つ存在していない。 ただ、養父である兄夫婦を戯れに殺めた、名も顔も種族も知らない天人への復讐と言う一点だけが、十四郎の裡には刻まれていた。 十四郎にとって全てであった優しい夫婦(おや)を殺められた事は、彼から平穏な人生と言う可能性を奪った。居心地の悪い養家も、兄夫婦以外の家人も、何一つが十四郎の破滅的な感情の未練には到底ならなかった。 本当に、戯れの様だったと、今になっても思い出す紅い光景が胸の裡に在る限り。十四郎の魂は怒れる鬼の様に酷く荒れ狂い苦しみをもたらすのだ。そして、それは怨みと言う『手段』でしか報えない。報われない。 十四郎の目蓋の裏には今でも、優しかった兄と、その妻とが──辛うじてそう解るものが──血溜まりの中に沈んでいる、その無惨な光景が、まるで治りの悪い傷の様に、じくじくとした痛みを伴って消えず残り続けている。 家の中の金品や物品に手を付けられた形跡はまるで無く、明らかに人間の力では不可能な損傷が遺体には残されていた。そして──後々に十四郎が個人的に知った事であったのだが──事件のあった日の翌朝、近くに旅行目的で訪れていた天人の何某が滞在予定を急に変更し江戸へと戻ったと言う話。 一方的な暴虐の様に行われた殺人は下手人すら解らない侭とされた。容疑者も逮捕も何もない。ただの茶番の『捜査』をした奉行所の──幕府の法の──物語る所は、天人には逆らえぬ、そんな世界の縮図でしかなかった。 結局、十四郎の怨みも哀しみも憎しみも、全ての天人へと向けられるしかなかったのだ。 仇を取りたいと切に願って、刃を手にしてがむしゃらに戦って腕を磨いた。そうして今ではこうやって日々闇に潜んで、通りすがる天人を殺す、ひたすらに効率的に殺す、その手段だけを積み重ねて其処に居る。 その『先』に何もない事など、十四郎は既に知っている。 生きている限り怨みは尽きず、刃を振るって不毛の日々の無聊を慰める。死にたくはないから戦う。生きている限りは奴らを殺して戦う。何もな無い、復讐の意味にすらなっていない、確約されたのはそれだけの生。無意味な、無為な人生。 それなのに──朝、目を醒ましてみれば、腹が減る。歩きながら、隣を通り過ぎる天人の殺し方を考える。昼には人の話から情報を得て、夜にはまた獲物を待ってただじっと置物の様に蹲る。 腹さえ減らなければ、ただの武骨な刃でいられるのに、と。そんな事を埒も意味もなく考えていた十四郎はふと我に返って足を止めた。素早く家々の隙間に身を潜め、抱えていた蓆を頭から被る。 町中とは違い、この辺りはまだ夜闇を常に照らす、街灯と言う不躾な灯明は未だ無い。況してや今宵は提灯がないと足下も危うい様な曇り空。物陰に身を潜めて仕舞えば、ゴミの様な蓆を引っ剥がしでもしない限りは、そこに潜む十四郎の存在になど気付く者はいないだろう。 家々の狭間の狭い道だ。そこを歩いて、複数人の声と足音とが近付いて来ている。人間や同心であれば黙って身を潜めていれば気付かず通り過ぎてくれるだろう、と思った十四郎だったが、然し寸時の間の後には刀の鞘を音も立てず静かに抜き、身体の下に抜き身の長物を隠していた。 歩いてくる者らの足音は人間のそれとまるで違いが無かったが、細々と交わす言語はこの国の公用語では無かった。そして大凡異国の言葉とも思えはしない声──否、『音』だった。人間と言うイキモノの紡ぐ声や言葉ではない、まるで虫の出す様な原始的な音声。 天人だ、と十四郎の経験測がそう判断する。声と足音からして、相手は三人と言った所。今日は既に一人斬っているが、刀の汚れは拭ってある。血は早く拭わなければ忽ちに刃を駄目にして仕舞うから、『辻斬り』の後には真っ先に刃を手入れする様にしている。今夜は取り敢えず拭い紙を走らせた程度だが、切れ味に問題は無い筈だ。 (三人、か) いよいよ目前に見えた人影の数を数えて、十四郎は汗ばむ手で刀の柄を探った。 一日に何人かをこうして斬るのは滅多に無いが時折ある事だった。そして何れも成功している。そうでなければ十四郎は今ここに立ってはいない。 だが、一度に複数人を相手取った事はない。 襲撃は、相手の意識が危機に対する防衛反応を目覚めさせるまでの、ほんの寸秒の間しか有効手足り得ない。一人は直ぐ様に討てたとして、もう一人がギリギリと言った所。最後の一人とは正面からやり合う羽目になる目算が高い。 況して昨今、天人を狙う辻斬りの噂は、天人の間にも警戒事項として知られている。闇から飛び出し一人を殺めた者が『それ』であると気付けば、余程日和見にしていない限りは彼らの反応も早くなるだろう。十四郎がその間に三人を無事に殺すと言うのは、正直リスクが高すぎる話だ。 「………」 返り討ちの可能性も五割近くはある。辛うじて一人を殺めて、残る二人に手傷を負わせて逃げ延びたとして、今度は下手人の目撃者を残す事となるのだ。口元に布を巻く事で人相は隠しているが、物陰から襲撃してきた髪の長い男だった、それだけでも充分に捜査の手が及ぶ可能性も、懸賞金を掛けられる可能性も高い。 (……だが、) だが。ここで目の前を行く天人を見逃した所で。それで何だと言うのか。 そこで生きさらばえる事に何の意味があるのか。 天人にひたすらに恨みをぶつけたくてこんな愚行を繰り返す。明日になればまた腹を減らし、盗んだ金で物を食べて、夜になればまた天人を斬る。そんな無為の日々を繰り返す事に。 (美しく散る、かどうかなんざ、知らねェが……、) 死にたくないなら斬ろう。生きたくなくとも斬ろう。それしか、もう己には残されていないのだ。刃の様な、そんな無惨な生き様以外の選択肢など疾うに失われて仕舞った。 十四郎自身が、仇と言う憎悪を刃で慰める事を選んで仕舞った以上は。それは最早変え難い事だ。それが昔の『侍』に言う、美しく散る、戦って討ち死にする、そんな形に当て嵌まるかどうかなぞ、どうでも良い。 ボロ布の覆面を口元まで引き揚げると、十四郎はたった今目の前を通り過ぎようとしていた天人の男の一人、他の二人よりほんの半歩ほど遅れて歩いていた男を標的に、いつもの様に音もなく飛び出して背後から斬りかかった。 男はまるで無頼の侍の様な出で立ちだった。三人とも概ね似たり寄ったりの姿をしていたが、それが人間では無いと言うのは、斬り付けた瞬間に既に知れた。 「……?!」 衣服と皮膚とを裂いた筈の刃の手応えが、酷く柔らかい。まるで、蒟蒻にでも斬りかかったかの様な違和感に、十四郎の判断は速かった。 普通ならばとどめを刺すべく向かうのだが、咄嗟に距離を置いた。 ぐにゃ、と眼前で溶ける様に崩れる男の輪郭に、十四郎は追い縋るのも確認するのも諦め、後ずさりながら路地裏に駆け込む事を選ぶ。理解出来ないものからの逃避は本能的な忌避感の起こさせた咄嗟の反応だった。 また無為に生き続けるのか。今度は無様と言う言葉をそこに添えて。 遁走を選んだ己にそう何処かで思ったが、最早それは理屈ではない。このイキモノは危険だと生物の本能が訴える。疾く逃げろ、と。 「な、……──ッ?!」 だが、路地まであと僅か、と言う所で、十四郎の身体は酷く無造作に宙を舞っていた。急激な動きに因る空気抵抗と反転する視界とに身体が硬直する。 気付けば世界は逆さまになっていた。見遣れば、片足に何かが巻き付いて十四郎の身体を宙吊りにしている。それを斬ろうと咄嗟に刃を足へと向ければ、首にも何かが巻き付いて、ぐん、と上体を逆さまに引き戻される。 足と首とに巻き付いているものは、蛸や烏賊の足にも似た形状の、ぶよぶよとした物体だった。その出所を探ろうと頭を巡らせれば、十四郎が最初に斬り付け、とろけた様に地面に崩れた男の輪郭──だったもの──から伸びている事が解り、背筋にぞっと怖気が走った。 「 」 意味も発音も知れない音声で、残る二人が何やら十四郎を指さし、続けて溶け崩れた仲間の残骸を見る。すれば地面に拡がったぶよぶよとした塊──先頃までは『人間』の様にしか見えなかった、男だった『モノ』が、それに応える様にぶるぶると身を震わせる。 「 」 「 」 理解出来ぬ言語の会話らしきものに、得体の知れない物体で出来た身体。今までは比較的に『人』や『動物』の様な姿形のモノばかりを殺めるばかりだったが、この星の外には未だ人間の理解の追いつかぬ様な構成物で出来た『人間』が居るのだと──これが『天人』なのだと、十四郎は漸く理解をした。 ゼラチンの様にぶよぶよとして、自由自在のアメーバの様な身体を持つ知的生命体。江戸の人間の姿を模倣していた所を見ると、町中に不自然ではなく混じる必要性があると言う事を理解し行っている知性があると言う事だ。そしてそれは、こんなモノが江戸の町のその辺りに紛れていて、それに誰もが気付かない、そんな可能性の恐怖を憶えずにいられない事実でもあった。 ぶん、と足を吊り下げた物体が揺すられるのに、逆さにされた十四郎の身体も揺らされる。それはさながら、鼠の尾を捕らえた人間が、その処遇をどうしようかと尾を戯れに揺するかの様な仕草。 生殺与奪を完全に獲られた形になった十四郎は歯を食い締めながら、下方に引っ張られている首を何とか持ち上げ、再び刀で足の戒めを斬ろうと藻掻いた。すれば、黙れとでも言う様にぶんぶんと乱暴に足を持って振り回され、弾みで身体が辺りに転がっていた、積まれた木材の山へと強く叩きつけられる。 「ぐ……、」 鈍い痛みに意識がぐらつく。打ったのは右肩だった。その衝撃で刀が右の手から落ちて行く。偶然打ち付けたのではなく、狙って行ったのだろうか。きっとそうなのだろう。木材の破片でも刺さったのか、ぬるりとした血の感触が肩口に染み出した所でそう思う。 頼りにしていた刀は無い。首と足とを押さえられて逆さに宙吊り。どうやってもこの侭では勝ちの出目なぞある筈もない。十四郎は己の死をぼんやりと実感し、覚悟した。そんな、ひととき大人しくなった獲物を、ゆらゆらと揺らしながら連中は己の手元へと引き寄せる。 (斬られて死ぬならまだしも、こんな得体の知れねェイキモノに捕食されるなんざ、) 捕食、と。そう自然と思ったのは、逆さ吊りの哀れな十四郎(えもの)を引き寄せるゆったりとしたその仕草と、その先で待つ残り二人の『人間らしい』形を作っている連中の、餓えた眼差しに因るものだった。 ああ、なまじ人間の様な形を模倣しているから、その仕草や表情から何を考えているのか想像が容易くて胸が悪い。 そしてその予想を肯定する様に、十四郎を捕らえている『腕』の根本が──イキモノの本体が──、まるで花弁を開く様な動きを見せた。 それは彼らにとって恐らく摂食の為の『口』で。そこに呑み込まれ、ゼラチンの様な物質に全身を包まれて仕舞えば、後はただ死んで消化されるだけなのだろう。 辻斬りなぞを始めた時から、死に様なぞは選べやしないとは思っていた。だが。 「…ックソ!離せ、離しやがれッ!」 引き寄せられながら十四郎は藻掻いた。無駄だと解っていながら。生き延びる為に。生きてもその『先』なぞ何も無いと言うのに。食らわれるのなど御免だと、本能が忌避を示して叫ぶ。 そんな獲物の抵抗なぞ、捕食者にとっては活きの良い餌だと言うだけの楽しみしかないのだろう。暴れようが藻掻こうが何一つ運命は無情にも変わる事なく、十四郎の身体はゆっくりとした動作でイキモノの『口』まで運ばれていた。 窒息死するのか。圧死するのか。それともゆっくりと身体を溶かされるのか。何れであっても結末は一つだがぞっとしない。 ぱっくりと開かれた『口』のほぼ真上に吊され、十四郎が一際藻掻いたその時。 ぽん、と言う軽い衝撃と共に、十四郎の身体を逆さ吊りにしていた物体が、断ち切られていた。十四郎は一瞬、己の抵抗が何か功を奏したのかと思いかけたが、急な自由に困惑した身を、落下する寸前に何かに受け止められて、直ぐに違うと思い直した。 「ッ?!」 「ちっと黙ってろ。舌噛むぞ」 落下した己の身体を受け止めた、それが人間の、男の腕であると認識した瞬間、十四郎は藻掻いてそこから抜け出そうとしたが、それを制する様にぴしゃりと強い調子で制される。有無を言わさぬ鋭い声に、十四郎は叱責された子供の様にびくりと動きを止めて仕舞う。 十四郎の身体を受け止めた侭で着地した男は、逆の手に持っていた刀を振るい、今し方『手』を斬られた事に狼狽し、泡を食った様に他の『手』を蠢かせる天人を振り返り様に斬りつける。 「──」 十四郎の持っていたなまくらとは違う、冴えた色の刃が何故かはっきりと闇の中に見えた気がした。同時に、刃と同じ色をした男の頭髪も。 (銀、色) それは酷く鮮やかな。鋭く冴え冴えとした、刃の耿りだった。 男の手先の動きでその色と同じ刃がざっと一閃し、綺麗に真っ二つに断ち斬られた天人は、その場に血の色をした体液を撒き散らしながらぐにゃりとその場に再び崩れた。 残る二人の──二体の──天人が、同じ様に人間の姿形を忽ちに崩して襲いかかって来ようとするのを、男は予期していたかの様に、素早く躱していく。そうして二体とも続け様に、綺麗に片手だけで断ち斬って仕舞う。 「……………、」 思わず息を呑んで、十四郎は茫然と男の姿を見上げた。男の片手に抱えられた侭の鮮やかな、ほぼ一瞬だけで終わった命の遣り取り。その結果は男の身を彩る天人の赤い、返り血にも似た体液と、じゅうじゅうと音を立てて溶けて行く亡骸達が物語っている。 「立てるか?」 問いはしたが答えは解っているかの様に、男は十四郎の身体を地面に下ろしながら続ける。 「この連中は人間をこうやってちまちま夜毎捕食してたみてェでな。ってもそんな天人はコイツらだけに限らねェし、危険なのは天人に限った事じゃねェんだ。あんま人気のない夜道を一人でふらふら歩くのはやめとけよ?」 どうやら男は、十四郎を人外の天人に襲われていた被害者とでも勘違いしている様だ。 覆面は逆さ吊りにされた時に地面に落ちて仕舞っている。十四郎は口元を袖で覆う様にしながら、弾かれた様な動きで男から距離を取った。得物の長さだけを見れば一応間合いの外ではあるが、先頃男の見せた動きを思えば、そんな距離など幾ら空けた所で無意味に違いない。何しろ男は、殆ど丈の変わらない十四郎を抱えた侭であの天人三体を倒す程の剣の使い手なのだから。 「………テメェ、何者だ…?」 「いやソレ逆に俺の台詞じゃね?」 十四郎が、手放して仕舞った得物を視線だけで探りながら問えば、男はあっけらかんとした調子で言って肩を竦めてみせた。その侭くるりと身を翻して、十四郎に背を向けて少し歩くと屈み込んで、なまくらの刀を拾い上げる。十四郎の探していたそれだ。 ほい、と無造作な手つきで十四郎の方へとなまくらの刀を放って寄越すと、男は返り血(?)で赤く斑に染まった面相をそこで思い出した様に自らの袖口で拭った。 真っ白な着物と、刃の色をした髪。そこに纏うのは真っ赤な色をした、天人の命を断った名残。十四郎と年の頃は然程変わりない。だが、十四郎と決定的に異なるのは、その圧倒的な強さ。 この男は普通の──大凡考え得る『普通』の人間ではない、と、十四郎の勘と観察眼とがそう結論を告げている。 危険で、目の前の天人の亡骸同様に得体の知れない存在。 直ぐに身を翻して逃げるべきだと意識の何処か冷静な部分が囁くのに、然し十四郎はその男を前に動けずに居た。 恰も魅入られたかの様に。今し方目の前で見知った『強さ』の前に、興奮と緊張とで、まるで子供の様に鼓動が高鳴る。 そんな十四郎の前で、男は自らの刀を鞘に収めるとへらりと笑いかけてきた。 「俺は坂田銀時。ま、通りすがりの正義の味方でも構わねェけど」 クリオネとかクラゲの捕食的な。 ← : → |