JULIA BIRD / 3



 「……まあ取り敢えず事情は解らねェけど解った。それはいいとして、何で今こんな事になってんのお前」
 つーか俺無関係だよね、と続けたくなる語尾は何とか呑み込む事にして。銀時の発したそんな至極真っ当な問いに、土方は矢張りまず癖なのか口をぱくぱくと動かして返答しようとしてから、苛々とした表情で舌を打った。もどかしげな仕草でボールペンを握りはしたものの、文字を書く手間も惜しいと思ったのか。
 「??」
 積荷を指さし、自分を指さし、運転席の方を指さし──そこで、疑問符を連ねる銀時の方を見て、ジェスチャーだけで伝えるのは不可能と判断したのだろう。顔を盛大に顰めながら携帯電話を取り出すと素早くかちかちと操作し、銀時に向けて放って寄越した。
 「え?何、??」
 薄暗がりの中でぼんやりと明るく点灯している携帯電話のディスプレイ。如何にも電波を発信していますと言いたげな、ちかちかとしたアニメーションの表示の下には『発信中』の文字。更にその下に小さく表示されている、山崎と言う名前。
 真選組に、と言うよりは土方に纏わる人名で山崎とくれば、銀時の脳裏には見覚えがあるんだか無いんだかよく解らない地味な印象の顔がぼやりと描き出される。まあ人相は別段どうでも良い、この携帯電話の向こうにいるのが何者なのかが解ればそれで。
 銀時のそんな思考の着地とほぼ同時、僅か1コールもしない内に、『発信中』の表示は『通話中』へと切り替わった。
 《副長?何かあったんですか?!》
 途端、もしもし、も無しに迫る様な声に、銀時は一旦耳に近付けかけた携帯電話を少し離しながら顔を顰めた。その侭の表情で土方の方を見遣れば、またしても、とん、と己の喉を軽く指す仕草が返る。
 (……あー…、そうか。喋れねェっつぅんなら電話なんざ無理か)
 何となく、だが、土方のこの一連の無茶な行動──捜査だと言い張るだろう──の一因、或いは原因そのものが知れて仕舞った心地になった銀時は、溜息をひとつ呑み込むと軽く咳払いをして携帯電話を耳に当てた。
 「もしもしィ?」
 まあ厄介で面倒そうな事には変わりない。口から出たのは、音量こそ潜めたものの、そんな内心が滲み出た実に億劫そうな声であった。すると、受話器の向こうで一瞬、虚を衝かれた様に息を呑む音。
 物騒な武装警察の副長の所持品である携帯電話。仕事用かプライベート兼用かまでは解らないが、それを使用するのが持ち主や仲間以外である事は通常、無い事だろう。この電話の受け取り手として、土方以外の人物が出る事などは寧ろ有り得てはならない筈だ。
 誘拐や負傷や死亡。山崎がそんな幾つかの可能性を模索するのは銀時にとって別に予想外な話ではなかった。……のだが、印象は地味だが能力はそれなりにあるらしい監察は、思いの外に記憶力が確かだった様だ。
 《副長…じゃないですよね?ひょっとしてその声、万事屋の旦那ですか?あの、副長は、》
 「そ。お宅の副長サンなら俺の横で寝てるよ。嘘だけど」
 声音であっさりと身バレした事になんとなく不満や反発心が起こり、銀時は憮然と冗談を投げてみる。が、直ぐ様に土方が拳を振り上げる素振りを見せたので、携帯電話を持っていない空いた手だけでホールドアップのジェスチャーをしてみせた。
 (俺だって厭だわ、朝起きたら見知らぬホテルで隣にババアが寝てるのよりキッツい画になんだろソレ。小綺麗な面してよーが何だろーが野郎は野郎だよ?)
 自らの口にした冗談を脳裏で描きそうになり、銀時は軽くかぶりを振って脳内をクリアにする。
 《その言い種、間違いなく旦那みたいですね。で、副長はどちらに…》
 「目の前」
 何がどう間違い無い根拠になったのかは気になったが、混ぜっ返しても仕方がない。何より話が進まない。答えながらちらと目前の土方の方へ視線を動かしてみれば、丁度件の土方はその場に立ち上がった所だった。幌が完全な遮光のものではないとは言え、視界の碌にきかない暗がりの中、手探りで積まれた木箱を検分し始める。後は勝手に話を聞いてろと言った所か。
 《……ああ、って事は、もう副長の『状態』についてはお解りで》
 目の前に携帯電話の持ち主がいるのに、代わりに発信し喋っているのだからそう言う事なのだろう、と確認させる様な山崎の口調に、銀時は「あァ」とお座なりに肯定した。土方の動向を視線だけで伺いながら露骨な溜息を落としてみせる。
 「そんな『状態』の副長サンが単独無茶行動の挙げ句に一般人を巻き込むたァ、お宅一体どう言う教育してんの」
 《……………やっぱり無茶してましたか。なかなか戻らないんで大方そんな事かとは思ってましたけど…。その、何と言いますか、旦那も何となく解るんじゃないかと思うんですが…、止めて聞く様なお人じゃないですし》
 銀時の言葉の刺に大人しく刺された山崎の声にほんの僅か翳りが過ぎる。歯切れも悪いがそれ以上に沈鬱なものを孕んだ調子だ。
 携帯電話の受話音量はそう大きいものではないから、山崎のそんな声は荷物を検分して回っている土方の耳には届いていない。なんだか内緒話や陰口を叩いている様で気持ちの良いものでもない。
 「止めて聞かないのを止めるのがお前らの仕事なんじゃねェの?何ならゴリラに引き綱でも持たせろよ、言っとくけどなお前、」
 もう少し危機感を持たせろ。そんな風に言いかけた言葉が途切れたのは、いつの間にやら戻って来た土方が銀時の真横に膝を付いたからだ。別に土方に対して悪態をついていた訳ではないのだが、本人を真横に本人の取り扱いに対する説教をするのも馬鹿馬鹿しい話だ。
 すれば土方は前触れも断りもなく、銀時の携帯電話を持つ手とは逆の手を掴むと、その掌を拡げさせて自らの人差し指を乗せた。顔だけは銀時の方をじっと見つめながら、唇の動きで紡ぐ一音と同じ一音を、指で掌へと描く。薄暗い中では紙面に手書きするよりも解り易いと言えば易いだろうが──なんだかこそばゆくて落ち着かない。
 「…『とりひき、の、げんば、を、おさえる』?」
 一音一音を区切ってゆっくりと紡がれた言葉を反芻すれば、こくりと返る土方の首肯。
 《え?取引って…、えーと…、ひょっとして先日の薬物密売の…──》
 延々続けられそうな文句の途中で、急に沈黙した銀時の様子から状況を察していたのか、暫し沈黙していた山崎から出たのは躊躇いの──と言うよりは困惑そのものと言った問い。ひょっとしたら咄嗟に『何の事件』か思い当たらなかったのだろうか。
 いきなり何を言い出すかと思えば。そう続けられそうだ。
 土方には山崎のそんな困惑或いはドン引きの言葉は伝わっていない。仕方ないので銀時は山崎の言葉をその侭土方に伝えてやる。とは言え声の調子までは真似する気にはなれないので、淡々と。
 すれば土方は再び頷いた。銀時は顔を顰めた侭携帯電話に向かって「そうだ、だとよ」と返してやる。
 (何このクッソ面倒臭ェ伝言ゲーム)
 いっそ適当な事を伝えてやろうかと寸時考えるが、真横で真顔を作っている土方の様子を目の当たりにして仕舞えば何だかそれも憚られたので止めておく事にした。一方で電話の向こうからは大きな大きな溜息。
 《副長ぉ…、どうしてアンタはそう無駄に事件とか厄介事を拾って来ちゃうんですか…。どうせまた、歩いてたら偶々怪しい連中を見つけて尾行する内に…、とかそんな感じなんでしょコレ》
 「俺が知るかよ。兎に角、原チャ置きっぱだし勝手に巻き込まれてるしで散々なんですけど?どうつけてくれんのこの落とし前」
 《俺に言わんで下さいよ》
 「お宅の上司の返事が無ェんだからてめーに言う他無ぇんだろうが。……ん?何だよ、」
 双方共に不毛な押しつけ合いをする中、本来それを受けるべき当事者である土方に再びぐいと掌を開かされ、銀時は唇を尖らせながらそちらを向いた。掌に指で文字を書く土方の表情は酷く真剣で、一音一音をまるで懇願する様に紡いで行く。その様子から、チンピラ警官だの何だのと世間に評価されながらも、本当に職務には忠実に当たっているのだろう土方の真摯な有り様を垣間見て仕舞い、銀時は段々と己の内から毒気が抜かれて行くのを感じていた。
 「『とらっく、の、ちかく、の、…びる、に、めも』?……あー。トラックの停車してた所にあった解体中っぽいビルね。シータの降って来た。で、そこに何か伝言を残したとかそう言いてェんじゃね?」
 再度反芻しながら、銀時的な翻訳を添えて通話口に向かってそう言えば、土方はどこか満足そうに──と言うよりは安堵した様に──頷いた。矢張り意志の疎通が容易で無い事は、喋り手にも聞き手にも相当の負担になる様だ。
 シータ?と不思議そうに呟いている山崎を無視して、銀時は件のビルのある場所を伝える。
 願わくば原チャが無事でありますように。キーは刺さった侭だがエンジンがかからない原付なぞ好んで盗む奴もそう居ないだろうが、そうならそうで粗大ゴミ扱いされても困る。
 《解りました。調べておきます。………で、旦那、その『巻き込まれた』って具体的に今どんな感じなんです?》
 「具体的も何も具体的に巻き込まれ中だよ。何か如何にもそれっぽい荷物積んだトラックで運搬され中だよコノヤロー」
 何だか酷く回りくどい回り道の末に漸く当初の問題に到達したので、銀時は一度だけちらりと横の土方の様子を伺ってから思い切り捲し立てた。
 土方が糞真面目に職務に当たるのは別段構わない。寧ろ公僕としては結構な事だろう。だが、他人様、しかも(大凡ごく普通とは言い難いが)一般人を悪気なぞ欠片もなく、気付いていない侭にさらりと巻き込んで仕舞うのは如何なものかと思うのだ。
 己の進む士道(みち)を何の躊躇いもなく貫く様は、傍から見る分には何の問題も無いし寧ろ好ましい質のものだが、それに纏わるトラブルを拾わされるのだけは勘弁願いたいと、何かと厄介事に好かれる体質の銀時としては思う所である。割と切実に。
 (ホラ結局こうして厄介事に巻き込まれ……いや、拾っちまってる訳だし…?)
 《えー……、ちょっと、あの…、余り危険な事はしないで下さいね…?連中は火器で武装している事でも知られる密輸グループで、》
 「俺だってしたくねェわ!巻き込まれた、ってさっきから何度も言ってんだろーが!オイオイこりゃもう慰謝料チョコレートパフェぐらいじゃ誤魔化されねェぞ土方くゥん?」
 ぼやりと思考を脇道へと流し始めた所で、まるきり他人事の様な山崎の親切な忠告が耳と神経とを逆撫でして行くのに、銀時は辛うじて怒声は堪えたものの、露骨な苛立ちも顕わに吠えた。横で大人しく座っている土方を非難の意を込めてじろりと睨め付ける。
 すると、何か思わしげな様子で積荷の方をまた見ていた土方は小さく肩を竦める様な仕草を見せると、今度は俯いて銀時の掌へと指を動かした。一つ一つの文字をゆっくりとそこに紡いで行く。
 「『くるま、が、とまった、ら、……にげろ』…?」
 僅か顎を引くだけの首肯。居心地悪そうに目を伏せた、俯き加減の唇が苦々しさを噛み砕きながら、いつもの様な『言葉』をぽつりと『呟く』。
 まきこんで、すまない。
 声でも文字でも紡がれなかった筈のその『言葉』は、何故か銀時にはっきりとそう聞こえた。
 「……」
 厄介事を、『拾った』。そんな心地こそが相応しいと、銀時は自らでそう思えた。
 トラックの上に降って来た人間を見に行ったら、突然トラックの荷台に押し込まれ運ばれている。何をどう控えめに表現した所で、通りすがっただけなのに巻き込まれた、それ以上のものではない。
 巻き込まれた。確かに、その通り、だが。
 口が利けていたら、土方は銀時に『すぐ離れろ』なり『その辺りに隠れてろ』なり告げて、自分だけでトラックの荷台へと乗り込んでいただろう。銀時がそれに大人しく従うかどうかはさておいて。その程度の常識も分別もある男だ。
 咄嗟に説明も警告も発せられなかった。だから、一緒に潜むしかなかった。それは土方にとっては咄嗟の事とは言え、苦渋の決断だったのだろう。
 巻き込んで済まない。だから、落ち着いたら逃げろ、と。
 「…逃げろ、って?」
 銀時が決まり悪く顔面一杯に渋面を拵えながら問い返すその間に、土方は言葉を続けて書く。
 「…、『つみに、を、おろす、まえ、に』」
 否。『言って』、文字を紡いでいた指先が、とん、とトラックの床を軽く叩いた。取引現場とやらにこのトラックが到着したら、積荷の下ろしが始まる前に車体の下に潜り込んで、隙を窺って逃げろと言う事、なのだろう。が。
 「…………」
 そんなメッセージの紡がれた自らの掌をなんとなく見下ろしてから、銀時はぐるりと薄暗い車内へと視線を這わせた。頑丈そうに釘打ちされた木箱がひとつふたつみっつよっつ…。山崎の口にした通りの薬物だとしたら、その量はかなり多い。カモフラージュの荷物も幾つかあるかも知れないが、火器なぞ所持していると言う点から見ても、その辺りのチンピラや小者の『取引』では到底ない事は明白だった。
 尤も、そうでもなければ武装警察の副長が、曰く『偶々見かけた』のだとしても、危険を冒してまで取引場所への潜入を図ろうとする事自体あるまいが。
 《取り敢えずですが応援の手配は出しましたが、取引の現場を押さえるなら易々手出しは出来ませんし、そもそも直ぐ駆けつける事も難しいです。出来るだけ急ぎはしますが…、その、…余り無茶な真似は…》
 言い辛そうに、然しどこか自嘲の気配を潜ませた山崎のそんな言い種の正体を、銀時は正しく受け取った。これは土方への伝言と言うより、土方を抑止出来る可能性のある銀時へと向けられた切実な頼みだ。
 当の土方は、物騒な横顔を木箱の方へと向け、何かをじっと考え込んで動かない。その事からも解る通り、この『内緒話』は聞こえていない。もしも聞こえていたとしたらさぞ憤慨していた所だろう。その感情を顕わにする『声』がないとしても。
 トラックは混雑した町中の道を抜けたのか、信号で停止する気配も無く、時折車体を揺らしながら結構な速度で進んで行っている。高速道路にでも乗ったのかも知れない。
 既に易々と引き返せる段には無く。電話の向こうには、そうとはっきり明言はしないものの、助けを請う響きのある頼み事。
 声の出ない男は、取引の現場とやらに辿り着いたとして、そこでひとり何をする心算だったのか。
 音声通話が出来ずともメールと言う手段もあるのだし、本当に無計画で動いたと言う訳ではないのだろう。だが、銀時から見れば土方の行動は些かに軽率で、そして必死すぎる様に思えるのだ。
 声が出ない。或いはそれだからこそ躍起になっているのだろう、その理由は恐らく、この携帯電話の向こうにいる山崎が幾度も見せた『心配』にある。だからこそこの頼み事は、銀時だけが聞いたものでなければならない。
 受け取るも、拒否をするも。
 大仰に嘆息すると、銀時は携帯電話の向こうの山崎に向けて言う。
 「……俺の原チャ、駐禁取られる前に確保しといてくんない。で、こっちの場所はGPSとかでどうせ解るんだろ?」
 そんな事を口にした時に、迷いや悩みや──面倒くさいと思う心がするりと晴れるのを感じて、銀時は殊更に億劫な態度を意識して取った。がしがしと頭髪を引っ掻き回す。
 《そっちは任せて下さい。ええと、居場所ですが、大まかな位置程度なら測定出来ます。最近のスマートフォンとかだったら具体的な緯度経度まで解るんですが…》
 流石に監察と言うべきか。それとも単に図々しいだけか。山崎は露骨に喜色を示す事もなく、淡々と銀時の要求──諾の意でもある──に応じた。
 土方に渡された携帯電話は、改めて検分するまでもなく、仕事用なのか少し型の古い一般的なものだ。GPS機能なぞ搭載されてはいないだろう。最寄りの基地局から発信された電波を拾って位置を測定する方法になれば、その捜索範囲は結構に広くなる。応援とやらが必要に応じて直ぐ駆けつけるのは少々難しい話かも知れない。
 つまりそれは、この積荷とそれを運ぶ者らの武装とに相応の危険が伴う事になると言う事でもある。
 取引の現場を押さえるなどと言うのだ。現行犯で捕まえなければ意味はない。
 そして土方の事だ、単なる短慮だけで動いていた訳ではあるまい。それらのリスクや自らの無謀とを正しく把握している。だからこそ銀時に『逃げろ』と言ったのだろうから。
 (…………落とし物は拾ったら、警察へ、ってな)
 それで返礼に三割は返るのだったか。その内容も是非も問われたものではないが。少なくとも碌な『三割』にはならなさそうではある。平日の長閑な昼下がりには全く相応しくなどない類の。
 諦めではなく呆れでもなく。真っ向からそうと告げるには余りに心ないだろうと解っているから、銀時は『そう』と土方に突きつける心算はない。
 だが、はっきりと言って、今の土方は冷静な癖に焦燥感を胸の底に潜めている、危なっかしい状態だ。それこそ山崎が心配する様に。ワンコールで電話を取る程に。
 土方自身が『それ』を正しく認識出来ているからこそ、余計に歯止めが効かなく、足りなくなるのだ。本人や、部下の思いや言葉では、決して。他の『何か』でなければそれには代われない。
 銀時は己の考えの馬鹿馬鹿しさに気付きはしたが、それがきっと正しいのだろうと思って苦味のこもった笑みを土方の方へと向けた。電話の向こうの声が届いていないとは言え、銀時の声から消えた刺々しさの様なものを聡く嗅ぎ分けたらしく、土方は訝しむ様にこちらをじっと見ていた。
 部下を叱りつける声も。投げつける喧嘩腰の声も。謝罪の様なものを落とす、何かに苛まれ削れた声も。無い。
 危険があったとして。それを誰かに伝える悲鳴も、無い。呑み込み損ねた後悔さえも誰ひとり知れない。
 或いは、死ぬ時に遺す言葉さえ。
 案じられるからこそ焦燥が募る。伝える手段が少ないからこそ、己の『声』の届かぬ範囲を怖れる。こうなったのがいつからなのかは銀時には知れない。数日前なのか数ヶ月前なのかも解らない。だが、兵を指揮し鼓舞する『声』の無い指揮官の無力さを、土方は既に知っているのだ。
 だからこそ生じる焦りは、然しきっと良い方法を誰にも選ばせない。そう言うものだ。
 「……応援が来るまで、だからな」
 土方にか、山崎にか。或いは自分自身にか。そう言い聞かせる様に銀時は呟いた。
 ──要するに。この『厄介事』を到底見捨てられはしないと、実感して仕舞ったのだ。







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