JULIA BIRD / 4 簡単な菓子や茶などを興す小さな茶店だった。 店内は手狭で、厨房と会計処の一緒になった、省スペースな作り。店の前には野点傘と緋色の毛氈を敷いた縁台の席が幾つか。大通りからも外れた辺鄙な立地だが、近隣に点在する工場の勤め人たちの程良い休息所になっているらしく、時間帯に因ってはそれなりに繁盛しているらしい。 軒先に下げられた暖簾の様な布に書かれた、『休み処 軽食あります』と言う文字が強い風に吹かれくるくる回って読み辛かったのを、土方は今でも何となく憶えている。 店の奥はその侭店主や従業員の居住空間だと言う。土地の面積を考えれば、寝室と水場と精々居間ぐらいだろうか。如何にも家族経営らしい店だ。 その店が、攘夷浪士たちの密かな取り次ぎ処になっている、と言う情報を掴んで来たのは山崎だった。件の連中は店で茶菓子を楽しむ風情で互いの動向を報告し合っているだとか、幕府の何某の使者と密会をしていただとか──目撃情報は幾つか出てはいたが、正直なところ報告を受けて店の様子を通りすがりに見に行ってみた土方としては、余りに『普通』の様相に肩透かしな感さえ憶える程であった。 だが、一応は監察として有能な山崎産の話ではあるし、以前その店の近くをうろついていた攘夷浪士が務め先で爆発物を密造していた罪状で逮捕された経緯もあった。場所柄、と言い切るのは少々問題だが、まあまるきり荒唐無稽な話ではあるまいと、土方の判断する材料としては一応十二分に足りてはいたもので。 結局、報告を受けた数日後には、土方は件の茶店の縁台に腰掛けていた。見廻りの途中の一服と言う風情で、注文を取りに来た娘に濃い目の茶を頼むなり店の様子を具に観察する。 連れで歩いていた沖田に事の仔細は話してはいなかったが、わざわざ辺鄙な店に土方が立ち寄ろうと提案した意図からも、偵察めいた目的と言う想像は易かったのだろう。何でも無い様な横顔で外壁に貼られたメニューを見てはいたが、傍らに置いた自らの得物から意識を外す様子は無かった。 「土方さんの奢りって事で良いんですかィ?」 「……今日だけはな」 軽い問いに渋々と土方が頷くのを見るなり、沖田は店内に向けて善哉を一つ追加注文した。あいよ、と返る店主の声は別段固くはない。わざわざ名指しで土方の名を口にした効果は取り敢えず無い様だ。 (問題は、店側が荷担しているかどうか、だな) くわえ煙草を唇の間で軽く揺らしながら、土方は店内へとちらりと視線を走らせた。店が勝手に攘夷浪士の溜まり場になっているだけなのか、店ぐるみで協力しているのか、それだけで対応も罪状も全く違って来る。 四十代絡みの店主は、片足が不自由な様だった。手狭な厨房内の移動にもひょこりと不自然な動きをしている。袖を捲った腕にも幾つもの古傷が散見出来る事から、攘夷戦争にでも参加していたのだろうと思われた。少なくとも昨日今日負った新しい傷では無さそうだ。 半信半疑だったのが、すっかりと疑い探る目に変わっている。厭な職業だと余所事の様に考えながら、土方は続けて視線を店内へと移動させた。 山崎の報告では妻子はいるらしいとの事だったが、少なくとも狭い店内に妻らしき姿は見当たらない。注文を取りに来たのは若い女性だった。これは恐らく店主の娘なのだろう。湯が沸くのを待ちながらも今時の若い娘らしく携帯電話をいじって、店主(父親)に軽く小突かれている。 さて、攘夷戦争の参加者であれば、現役攘夷浪士ではなくとも、彼らに恭順し協力すると言う蓋然性は高い。今、店内と外の縁台には作業着を着た勤め人風にも見える男たちが客として居る。店内に四人、外には五人。 時刻は丁度昼下がり。彼らの注文している品も甘味の類ではなく、蕎麦などの軽食だ。工場の昼休みと考えればごく普通の光景だろう。 ふ、と吐き出した紫煙の向こうで、男の一人と目が合う。男はそそくさと土方から目を逸らすが、何でこんな所に武装警察が、と言う疑問符をその表情にあからさまに浮かべていた。 「お待ちどおさまです」 追う土方の観察眼を遮る様に、店内から出て来た娘が盆を縁台へと置く。丁寧ではあるが洗練された仕草とは言い難い。緊張した様な動きは一目見て幕臣と解る者を前にしているからだろうか。良くも悪くもごく普通の町娘と言った風情だ。 茶と善哉の乗った盆を置いた娘が店内へと戻って行こうとして──然し次の瞬間に「きゃ」と小さな悲鳴を上げた。 「……で、どうしますかィ」 「善哉食う分くらいは働け」 溜息混じりに煙草を消した土方が湯飲みを取り上げるのとほぼ同時に。善哉の器を手にした沖田はやれやれと言った仕草を見せながらも、器と共に無造作に摘み上げていた匙を投げた。 「がっ」 大凡、平凡な人間の反応速度では捉えきれないだろう速度で一直線に飛んだ匙は、娘の首を捕まえていた男の眉間へと鋭く吸い込まれる様に命中していた。どれだけの衝撃なのかは当たって知るべし。ぐらり、と傾ぐ男の身体。 それとほぼ同時に器を置いて立ち上がる沖田に向けて、土方は短く一言、 「まだ正当防衛や公務執行妨害以前だからな。斬るなよ」 そうとだけ告げて店の方を振り返った。焦りの表情で縁台から腰を浮かせる二人の男。店内の客は未だこちらの動きに気付いてはいない。娘の身に起こった事を瞬時に理解出来ず、目を瞠らせる店主。その様子から、どうやらこの突然の闖入者と店は取り敢えず無関係だろうと判断する。 「やれやれ。人使いの荒ェこって」 苦笑にも似た声を残滓に、抜き放たれた沖田の刀の峰が、縁台の席から立ち上がった男たちを軽く一薙ぎしていく。刃ではないとは言え、鉄製の鈍器で打たれる所を打たれれば大の大人も昏倒ぐらいはする。 外の席に居た二人組と、向かいの路地からやって来た男三人、合計五人。こんな所に無防備に現れた武装警察──の副長と一番隊隊長──に喧嘩でも売ろうとしたのだろうが、そのプランは開始される前にあっさりと破綻していた。僅か数秒足らずの間で。 当事者だが、今は傍観者でもあった土方に言わせれば、相手が悪い。あらゆる意味で。 あわや人質にされそうになった娘は、自らを捕らえようとした男が地面に倒れても、未だどこか呆けた様子でその場にへたり込んでいる。その眼前で沖田が手際良く、正に秒殺でのした男たちを捕縛していく作業に移ったのを見届けると、土方はもう一度店の方を振り返ってみた。店内店外共に、襲撃を目論んだ男ら以外の客たちは何が起こったのか理解出来ずぽかんとしていた。誰何にも似た土方の視線を受けてではないだろうが、店主は娘の身に起きかかった危機に漸く気付いたらしく、杖をつきながら外に出て来る。 「で。これはこの店の余興か何かか?」 意地が悪いと己で思いながらも土方が店主へとそう問えば、店主はぶんぶんと首を左右に振った。絡む調子を潜ませた問いに、とんでもない、と顔を蒼くして言い切る。 「確かにこの辺にはその、なんと言うか…血気盛んな連中も多いですが……、うちもお客さんを選べる程景気が良い訳でもありませんし…、近所から来るお客さんは皆お得意様みたいなもんで…いや、庇い立てをしているとかそう言う訳じゃあねぇんですが、」 幕臣を前に強がれる程には剛胆ではないらしい店主は、少しばつが悪そうに小声で弁解を始める。 大体は解っていた事である。弁解をしたい気持ちは解らないでもないが、聞く意味は残念ながら無い。構うな、と続きを仕草だけで遮ると、土方は手に持った侭だった湯飲みの存在を思い出し、茶を一口だけ啜った。濃い目にと頼んだ通りの苦さが咥内にじとりと拡がるのに目を細めて、五人の内最後の一人の背中に無造作に腰を下ろした沖田の方を見遣る。 市井には、大っぴらに攘夷思想を唱えるでなくとも、その在り方を未だ密やかに支持する者は多い。それらを一人一人しょっ引いていたのではキリがないし意味もない。実際に危険思想から犯罪にまで手を染めるのはほんの一握りの人間だけなのだ。大衆の感情が、強き法である幕府側ではなく、弱き正義である攘夷側に向くと言うのは、江戸の人間としてはさりとて珍しい傾向でもない。 だから土方には店主を無用に問い詰める心算はなかった。この襲撃者たちは恐らくは偶々に、自分たちのシマに見慣れぬ武装警察姿の二人組が現れた──しかもそれが攘夷派にとっては憎きと言っても良い人間だった──事で、手を出そうとした。そんな所なのだろうから。 どの道帰って聴取すれば解る話だ。この襲撃が山崎の情報にあった、この店を繋ぎにしている連中と関係があるかどうかは解らないが。 他の客たちもこの騒ぎとは無関係らしい。関係があったとして、手を出して来ない以上は警察に出来る事は何もない。適度に『遊べ』た沖田は兎も角、偵察と言う出端を挫かれた土方としては少々複雑なものがある。本当にこの店が取り次ぎ所になっていたとしても、これでは取り逃がして仕舞う可能性の方が高くなるだろう。尾行や偵察、そう言った役割は己には不得手なのだと改めて思い知らされた気がして、土方は湯飲みを盆に戻すと立ち上がった。 沖田が気絶させていなかった残り一人の男に、襲撃と言う行為で昂ぶった感情のある内に何か迂闊な証言を吐かせたい所だと、飴と鞭との算段を巡らせながら口を開きかけ、 「 、」 え。と思わず声が漏れそうになった。漏れはしなかったが。 目を瞠る土方の顔を見つめていた沖田がぱちりと瞬きをする。その下で藻掻いている男はこちらを見てすらいない。 「──」 息を呑んだ。少なくともその心算で、土方は素早く振り返ろうとして、然しそこで横からどんと突き飛ばされて数歩蹌踉めいた。予期せぬ角度からの衝撃に咄嗟に踏みとどまれず、踏鞴を踏んだ脚のぶつかった盆の上の茶や善哉が地面に落ちて音を立てる。 「土方さ、」 「弥助!逃げて!」 土方を突き飛ばした娘がそう叫ぶのと、思わず腰を浮かせた沖田が、自らが下に敷いていた男から注意を逸らすのはほぼ同時だった。 弥助と呼ばれた男なのだろう、捕縛されかかっていた襲撃者の最後の一人は、娘が叫ぶ迄もなく、沖田の意識が土方の方へと向いたその瞬間に何とか立ち上がって走り出していた。 「 、 、 」 罵声と怒声とを思いつく限りありったけに吠えながら、体勢を取り戻した土方は娘の肩を掴んで地面にその身を引き倒していた。相手が若い女性だとか、民間人だとか、真近にその親が居るとか、そんな事は頭から吹き飛んでいる。そのぐらいに困惑し、そして激昂していた。 沖田は逃げた男とそんな土方とを一瞬見比べたが、さして逡巡するでもなくその場に留まる選択を取った。 「お初!」 泡を食った様に声を上げる店主を無言で制すと、沖田はその場にしゃがみ込んだ。懐から出した手布を拡げると地面に転がった湯飲みを指で直接触れない様にして取り上げる。 それからちらりと視線を遣った先には、土方が片腕で押さえつけている娘の、引きつった様な笑顔。 本来刀に向かっていてもおかしくない、土方の空いた手は、自らの喉を押さえていた。震えている手指がその感じている困惑を沖田に気付かせる。 「……親父ィ。悪ィがアンタの娘は攘夷浪士と通じてるみてェだねィ」 詳しく話を訊く必要がありそうだ、と、底冷えのする様な笑みで辺りを見回す沖田に、事態を把握しかねていた店主も、無関係の客も、薄ら笑いを浮かべる娘も、思わず言葉を失った。 反論も、指示も、或いはそれ以外の何もが、全く出て来る事のなくなった喉を震わせている土方も含めて。 * 聴取の結果、お初と言う名のその娘は、身につけた薬学の技能を用いて、自らの恋人の所属している攘夷浪士グループにて薬物の密造と密売を行っていたと知れた。店に取り次ぎに攘夷浪士が訪れると言う噂も、薬物の取引の仔細を直接彼女が管理していた所から生じたものだったのだ。 店主である父親は娘が良からぬ連中と付き合っている事に気付いてはいたが、自分の足が悪く碌な稼ぎも出来ぬ負い目もあって何も口を出せなかったと言う。 娘の薬学の技能は、病気の母親の看病をする内身に付いたものであった。その母親は病状が良くならぬ為に現在は入院中だそうだ。無論、その費用も娘が薬物の密造と密輸と言う所行から捻出したものなのだが。 ともあれ。彼女の店に真選組の危険人物二人が姿を現した事で、偶々その様を目撃した恋人──弥助と呼ばれた男だ──らが、何かを勘付かれたのではないかと逸った事が襲撃の引き金となった。未遂で終わるどころか、逆に自分たちの首を絞める羽目になったのだから、全く彼らにとっては笑えない話だろう。冗談も揶揄も抜きで、土方の思った通り『相手が悪かった』のだ。 なお、逃げた弥助は工場の片隅の薬物生成現場で、仲間と共に証拠隠滅に奔走している所をあっさりと取り押さえられている。薬物密売と警察官への襲撃とで到底有罪は免れないが、今頃は留置場の中で沙汰待ちだ。 だが、弥助らと取引をしていた闇商人の中でも、大物は危険の気配を察知し直ぐになりを潜めて仕舞った。証言からは幾つか、真選組としても聞き捨てのならない名前も出ていたのだが、今回の偶発的な摘発からそれらを全て引き摺り出すのは難しい話と言えた。 お初は自らブレンドした薬物を生成する他にも、密売人の天人から幾つか、地球では未認可の薬品も所持していた。転生郷以上に危険な麻薬を始めとして、体内から検出され辛い毒物やら、小匙一杯で人間の理性を破壊する劇薬やら──声の出なくなる薬やら。 捕縛された時、お初が所持していたそれらの薬物を、土方はまんまと盛られ口にして仕舞ったと言う訳だ。襲撃が起きた時点で現場は現場なのだから、店の事を無関係だからと除外などせず、何も口にしないのが賢明だった。それは間違い無い土方の失態(ミス)である。致死薬が盛られた訳ではなかったのは、運が良かったと言うほかない。 お初は弥助の思いついた襲撃の手筈をメールで受け取り、殺すまでとは行かずとも、少しでも混乱させてやろうと思って、偶々手元にあった薬物を盛ったのだと言う。それが本心か嘘かは知れないが、土方にとっては『それ』に因って声が出なくなった、その結果だけが全てであった。 薬物は鑑定に出しているが、地球外の代物であり、宇宙でも密売品として余り扱われぬものだった。『音声を奪う』薬など、奴隷階級の者などに与えるほかにはさしたる使い道も無い為、売り文句のない失敗作とみなされ製造も流通も殆どされていない。 本当の意味で口封じをしたいなら、言葉ではなく命を断つか、脳を壊して仕舞えば良いのだから。音声だけを奪う意味なぞ、利の意味では全く無い。 そんな背景と、またお初自身がその薬物を用いたのが始めてだったのもあり、土方に顕れた『症状』に対する対処法も手探りになるほかなかった。何しろ、一過性のものかと思われていたのだが、何日経っても何をしても土方に『声』が戻って来る事は無かったのだ。 極秘に医師にも診て貰ったが、身体の機能としては『声を出す』事に何ら問題は生じていないと言う。聴覚にも問題は生じていない。薬の効能が身体か脳かはたまたもっと別の所かに異常をもたらした故の現状なのは間違い無いのだが、今の地球の医療知識では手も足も出ないのは確かだった。 沖田の回収した湯飲みに残っていた僅かな成分と、お初の所持していた中身の無い薬包紙から成分の分析と対抗策とを研究中ではあるが、少なからず今に至るまで何一つ事態を打開する様な朗報は無い。何せ知識以上にサンプルが少ないのだ。お初も件の薬品はおまけ程度に取引相手より譲り受けたものであると証言している為、入手経路を押さえてサンプルの大量確保とも行かない。 喉の動きで音声を分析し機械音声を発する機器の研究や、入力した文字を機械音声にして出す端末なども、近年では土方の様な突発的な症状に限らず聾唖者の為に進められている。あとは、手話。それらの導入も考えた方が良いかも知れないと遠回しに言って寄越した医師は、正しく『お手上げ』の様子ではあった。 この侭ではいけない。だが、この侭の現状を抜ける方法が誰にも解らない。『お手上げ』なのは誰もが同様に考える事だった。 無論、当事者である土方とてその例外ではなく。 * 声を出せない、と言う事がどれだけ不便な事であるかと言う事実を、この一週間少々で土方は厭と言う程に思い知らされていた。 まず一人で外に出る事が容易くない。飲み屋、食事処、コンビニでさえコミュニケーションに難儀する。通常、見廻り業務は二人一組(ツーマンセル)を義務づけられている為、その間にそれらの不便が生じる事はそう無いが、部下に直接口頭で指示を出せない事は矢張り枷になる。 何より、真選組の鬼の副長は、有能な指揮官である事でも知れている。その指揮官が指揮を行う手段を失ったと言う事実は、軽々しく外部に漏れて良いものでは決して無い。 声を発する事の出来ない土方からは、命令も、注意喚起も、交渉も、救難の悲鳴さえも失われている。その事実が知れる事は、引いては土方自身の生命危機にも、真選組と言う組織に於いても関わる弱味になりかねないのだ。 薬の効果が最初に出た現場では、土方は狼狽したが逆に沖田は落ち着いてその事実を上手いこと隠し果せた。また犯人であるお初も声高に己の所業など語りはしなかったので、あの場に居た人間が『そのこと』に気付いた可能性はまず無い。 故に問題は『それから』隠し通す事にこそ寧ろあった。土方は歩行での単独行動を大幅に制限される事になり──局長命令と言う事になっている──、一日の殆どは机仕事を単身こなす事に費やされる事となった。見廻りは警察車輌を用いて、沖田や山崎などの聡い人員とのみ行う事と定められ、意思の疎通にはメモ帳や携帯電話からのメールが主と成り得た。 当然だが、会議にも出れない。書類などの作成では従来通り対応するが、近藤とその補佐人員を選出し送り出して結果を待つ事しか出来ないと言うのは実にもどかしく歯痒いものだった。会議とは言えある意味でそれも『現場』だ。直接肌身に触れて議場の空気や相手の態度、遣り取りの味を知らなければ、具体的にどう言う動きがあるのか、何をどう求められて、どう駆け引きをしたらよいのか、その把握が難しい。 これらの事で、土方に鬱屈が溜まらない理由は無い。そして事態を誰よりも不甲斐なく思うからこそ、躍起になって薬物の密輸や密売絡みの事件をひたすら洗い、見廻りでもいつも以上に周囲に目を光らせる様になっていた、故の現状と言う訳である。 五日ほど前に、尋問した弥助の仲間から出た、違法薬物を密売している組織の名に漸く行き当たっていた土方は、特に確証がある訳でも何でも無かったが、その仔細を延々と調べていた。重火器で武装し、危険な天人組織相手とも取引を行っている、組織全体としては結構に大きな犯罪シンジケートである。 件の組織が今回無茶な捜査行動で乗り込んだ、このトラックと関係があるかなぞ、実の所全く知れた話でも無ければ勝率としても限りなく低いのだが、怪しげな連中が火器を所持して何かを運ぼうとしている、それだけの推定事実だけが土方の背を押していた。無謀な行動である事と、近藤の出した『局長命令』を無視した事とを、己の愚かしい短慮であると実感しながらも。それでも。 不承不承認めれば、土方は酷い焦燥感に苛まれていた。声の出ない現実。己の失態の招いた現状。それが真選組にとって確かな負担と枷になっている事実。 その重さが、酷く堪え難い。 己の無力さが、それを伝える手段さえここには無い事が、酷く苦しい。 。 ← : → |