JULIA BIRD / 6 そろそろ昼下がりから夕刻に傾く頃合いだろうか。トラックの停車回数が増えた。走行中の速度が遅い訳ではないので渋滞ではないだろう。幌の外から聞こえるのは車の走行音が殆どで、町中らしい喧噪は遠い。 と、なると、高速を下りて市街地に出て来たのだろうかと銀時が呟けば、土方は少し思案する表情を作りながら口を開いた。 「『そうこうきょり、と、カーブの、ほうがく、から、すると、』……ってスゲーなお前。そんな特技あったの」 思わず感嘆──と言うより何故か呆れめいた響きになったが──して言う銀時へと土方が指折り挙げたのは、江戸湾に面した港湾部の幾つかの地名だった。 高速に乗るまでの方角さえ解れば、あとは乗車時間と走行距離で想像はつくだろ、と事も無げに続けられるが、日頃主に原付で江戸市中を走る程度の銀時にそれが解る筈もない。逆に高速道路にさえ乗らない一般道に限ってなら、江戸のどの辺りに居るかぐらいは、まあ真剣に取り組めば解る、かも知れないが。 銀時とて一般車輌の運転が出来ない訳ではないが、基本的に歩行時以外では慣れた土地でも土地鑑は余り働かない質なのだ。車なぞ滅多に乗る事自体無く、要するに──慣れない。方向感覚は長けている方だとは思うが、余り有効活用された試しは無い。 『まあ、別に特技でもなんでも無ェし解らねェ時は解らねェ様な不正確なもんでしか無ェし、生憎と役に立つ事もそう無い。文明の利器があるからな』 そう『言って』、土方は携帯電話の仕舞ってある銀時の袂を指さした。成程、GPSや地図表示を始めとして、携帯電話は円滑な捜査活動とは切り離せないものと言う事らしい。 (携帯電話でその携帯『電話』の所以の機能が使えねェってのも、何か皮肉みてェな話だな) 文明が進もうが、電信のコミュニケーションが四六時中取れる様になろうが、結局のところ人間の最も原始的で最たる意思疎通の方法は、音声言語であると言う事なのだろう。 何にしても、密閉空間に延々と閉じ込められていた身には外部の情報など殆ど持ち得ないのだから、感覚判断だろうが文明の利器だろうが有り難いものである事に変わりはない。そうは思うが、土方の勘や感覚を賞賛した所でどうせ真正直には受け取られない様な気がして、銀時は反射的に浮かべかけた否定の言葉を呑み込んだ。 「…で、高速を下りて、先には海しかない。大体の行き先が見えて来たって事は」 問いておいてなんだが、流れる様に移した会話の矛先に土方は素直に向いた。口角を持ち上げる、にやり、としか言い様のない笑みを形の良い唇で作ると、銀時の着物の袂を軽く引っ張る。 『違法な取引も密輸入も、人気の少ない港ってのがセオリーだろう?』 「……そーね。ついでに、何か如何にもヤバそうな連中とドンパチやる羽目になってもおかしくなさそうな場所と付け足すんなら、申し分無く条件通りだな」 笑んだ侭で『言う』土方の物騒な表情とは対照的に、何となく肩を落としながらも銀時は引っ張られた袂から携帯電話を取り出した。正解とばかりに土方が頷くのを見てから、発信履歴を開き、山崎と言う名に発信する。 《状況はどうですか》 ワンコールもせぬ内に、もしもし、も無しに問われ、銀時は窺う様に土方の顔を見た。土方は軽く顎を引いただけであったが、まあ大体こんな所だろうと勝手に判断し、 「そろそろ到着しそうだとよ。んで現在地点は土方ジャイロスコープでは大体、」 先頃土方の挙げた港湾部の幾つかの地名を挙げる。すれば山崎は電話の向こうに他にも居るらしい人員と短く遣り取りをした後、《了解です》と簡潔に答えてから続ける。 《副長の携帯の発信地点の直径範囲を見ても大体間違いは無いと思います。付近には幾つか候補の埠頭や倉庫街がありますので、正確な地点の特定には時間がかかりそうですが…、出来るだけ速やかに応援部隊を向かわせる様に努めますから、バックアップの確認が取れるまでは、くれぐれも無茶な行動だけはしないで下さい》 「まあそれは俺に言うのもどうかと思うけど。つーかさ、お前ら警察だろ?高速道路のカメラとかオービスとかでこの車輌の捜索とか出来んじゃねェの?そうすりゃ位置の特定ぐらい簡単に出来そうなもんだけど」 《勿論車輌特定システムは存在してますけど、今回は正規の作戦行動でもないですし、そこに来て副長の単独行動、しかも現段階で歴とした証拠が出てる訳でもないでしょう。帳簿の画像は分析中ですが、これも当該車輌にかける嫌疑として直接の証拠に当たるものでは無いですしね。そんな状態で他部署に協力要請を出すと言うのは少々厄介なんです。 ……まあ要するに、アレです。昨今じゃ警察組織にも利権の都合だのを始めとした縄張り争いみたいなものがありましてね。対テロ特化とは言え、真選組(うち)もその権利を振り翳してばかりもいられんのですよ》 山崎の返答は苦笑めいてはいたが、余り笑えてはいない状況だと心底に思っているだろう事は明かであった。加えて、余り深くは問わないで欲しいと言う懇願の気配をそこから聞き取った銀時は、幌の外の様子を伺う姿勢でいる土方の姿を横目に窺いながら、極力自然な口調で流れを切り替える事にした。 「お役人ってのァ何で色々面倒そうな組織構造にすんのかね。ってそうだ、管轄違いって言や、俺の愛車はどうなったの」 《あー。放置車両として撤去されかかってた所をうちで確保しました。見たところ盗難被害には遭ってない様です。動かないのは元からですよねどうせ》 「なにその最初から壊れてるのが当然みてェな言い種。まあ実際壊れてたんだけどね?壊れてたからこそあんな道を歩く羽目になった挙げ句こうなってるんだけどね?」 《……修理費用、報酬として捻出出来る様掛け合ってみますよ。ところで、》 銀時の嫌味めいた抗議に、如何にもうんざりとした風情で答えてから、不意に山崎が声音を切り替える。少しトーンを下げたその調子から、厭な予感に背筋を撫で下ろされつつも銀時は土方の傍らに寄った。軽く手招けば、直ぐに察したのか土方は携帯電話に耳を寄せて来た。 スピーカーにすると運転席の二人組にバレる恐れがあるし、同じ理由でこれ以上受話音量を上げる訳にも行かないのだから致し方ないのだが、薄い携帯電話を挟んで銀時と土方が片耳を互いに寄せ合う形になる。狭い中に押し込まれた相性の悪い二人の更なる接近に、然し事態が事態だからか土方が躊躇ったり不満顔を見せる事はなかった。 意外、では最早無い。土方は銀時の認識した通りの仕事馬鹿で、今は物事の是非をどうこう言う余裕も無いと言う事だ。 (……だから、危なっかしいんだよなあ…。自覚が本人にある分余計に歯止めが効かないっつぅか) そんな溜息は呑んで、土方が少しでも聞き取り易い様に受話部を傾けてやるのとほぼ同時に、山崎の固く潜められた声が続く。 《副長の残したメモに記されてた車輌ナンバーの照会をしてみたんですが、持ち主は警察関係の組織への納品を行っている武器工廠の一つでした。車輌自体は業務用のもので、五日前に盗難届が出されています》 ぴく、と土方の肩が僅かに跳ねた。と思ったら手をぐいと引かれ、無理矢理開かせられた銀時の掌へと、土方の人差し指が素早く指が文字を刻んで行く。成程、受話部を耳に付けた侭では口パクよりもこちらの方が良いだろう。 「えーと…"偽装の可能性は?"と、"積荷はあったのか?"」 掌に書かれた言葉を声にして電話の向こうの山崎に伝えれば、山崎はそれが声の主たる銀時ではなく、土方からの問いであると直ぐ様理解したらしい。書類を捲る様な音の後、努めて慎重そうな声が返る。 《今の状況から見ると判断は極めて難しいと言うしか無いですね。盗難届を出したのは当該車輌を使用し通常業務に当たっていた工廠職員です。盗難された時の積荷は兵器の完成部品の一つですが、それ単体には殺傷能力は無いので、通常通りの捜査はされていた様子ですが…》 「ナンバー偽装も無しに高速にまで乗ってる所を見ると、立派な職務怠慢だねェそりゃ」 とん、と指先で荷台の床を神経質そうに叩く、土方の内心の代弁ともなるだろう感想を銀時が吐き出せば、全くです、と山崎もそれに同意してみせた。 「…"部品の種別は?"殺傷能力があろうがなかろうが、盗難被害に遭ってる訳だし、被害届とかそう言うのに書いてねェの?」 土方の筆記の問いに重ねて続ける。その遣り取りの合間にも、土方は酷い苛立ちからか眉間に険しい山脈を形作っていた。 他者を間に挟んで交わす問答が、況してや筆記から成るのだから、相当にまどろっこしいだろう。それは解る、が。 宥める様に、掌を貸している手指を折り畳んで土方の人差し指を軽く摘むと、反射的にか払う様に解かれた。嫌悪ではなく苛立ちだろうな、とは気付いてはいたが、銀時としては余り面白いものでもない。小さいが聞こえる様に嘆息する。 銀時のあからさまな嘆息に、土方は暫時躊躇う様に指をその場で泳がせ、結局床で拳を作った。感情もそれを表す言葉も、探すにも紡ぐにも億劫だったのかも知れない。 《通常の火器に取り付けるアタッチメントです。通常の弾倉にアンプル付きの弾薬もセット出来る様になると言うもので、自動拳銃用と自動狙撃銃用とが積まれていたらしいですね。見た目も機能も通常の弾丸はセット出来ない弾倉な訳ですから、確かに危険度は無いでしょう。改造して実弾用にする手間を掛けるぐらいなら、既存の密造拳銃を買う方が手っ取り早いですし》 山崎の説明から想像するだに、自動拳銃用と言う事は、弾倉を丸ごと、通常弾入りのものとアンプル付きとやら入りのものと交換して使うのだろう。 以前、江戸城での城盗り騒ぎの時に佐々木に撃たれたものを銀時は真っ先に思い浮かべた。恐らく間違ってはいないだろう。あの類に違いない。警察への納品と言うのだから、通常は麻酔弾か何かを用いるものなのかも知れない。 土方に問えばそんな疑問の答えぐらいは得られるだろうが。世間話めいた遣り取りをするには現状は余りにも複雑で、気まずくて、億劫であった。 銀時の疑問の直接の答えにはならなかったが、土方は山崎の言う品に即座に思い当たりがあったらしい。軽く頷いた後何かを考え込む様に難しげな表情を作っている。 と、その時トラックが不意に曲がった。思考に陥っていて反応が遅れたのか、バランスを崩しかかる土方の肩を銀時は咄嗟に捉えた。その侭二人して慣性に堪えながら硬直していると、速度を遅くしたトラックは再び、今度は逆方向へとハンドルを切る。 土方がはっと顔を起こすなり間近にある銀時の顔に向けて口を開いた。今回ばかりは『言われ』なくても解る。現在地が何処かなどと把握出来ていなくとも解る。銀時は素早く通話口に向けて、 「目的地に着いたらしい。以降、連絡は出来る時だけで。まあ基本無理させ、……しねェ様にするわ」 一方的にそう告げるなり終話ボタンを押し、沈黙した携帯電話を袂へと放り込む。奇妙な言い換えに気付いたのだろう、土方が眉間に刻んだ皺をまた僅か深めるのが見えた。 だが、それは一瞬のこと。直ぐ様に表情を仕事用に切り替えた土方は、荷台後部から無理矢理結んでいた幌の紐を手探りで探し出して掴んだ。それを解きながら銀時の方を向き、『停車したら車体の下に入れ。先に』そう口早に、然し確かな調子で言って寄越す。 銀時は無言で頷くと、土方の横、荷台の出入り口を塞いでいた幌の隙間を挟んだ向かいに待機する。 幌の隙間から土方と並んで外を窺うが、辺りは既に夕闇が迫って薄暗く、コンテナや倉庫の立ち並ぶ風景の中には人間の動く姿は多くは見受けられない。これなら人目につかず荷台から下りる事に問題はそう無さそうだ。 トラックが停車してから、運転手達が降車し、場合に因っては荷台を確認しに来る。その僅かの間が勝負となる。 有事の際を想定しているのか、土方の左手は刀の鞘をしっかりと掴んでいた。見つかったが最期、血路を切り開く気しかないのが、刃の様に研ぎ澄まされた緊張感を纏った気配から伝わって来る。 そんな観察の中、トラックはゆっくりとブレーキを踏む。同時に、土方が幌の紐を引き、出来た隙間から銀時は素早く車外へと滑り出した。 WJ本誌の土方の心情変化と、大変烏滸がましい話なのですが微妙に被る展開がこの先あったので、この際だからと無理矢理オチ変更再構成中です…。な、尺取りのターン。(業務連絡 以降大分書き直しが続くので辻褄合わせ奮闘中。ゲフゥ。 ← : → |