JULIA BIRD / 7



 倉庫と倉庫の狭間に潜り込んだ銀時が、所在判別の助けになればと周囲の視覚情報をメールで送信しているのを横目に、土方はトラックをここまで運転して来た件の二人組の入っていった倉庫の外周を窺って回っていた。
 正面の搬入口は大きなシャッターが下りていて、二人組は最初にその横隣にある職員用の扉から倉庫の中へと入って行った。扉は電子ロックで、四桁の暗証番号を入力するものであった。生憎とハッキングツールの類も指紋採取用のアルミ粉も持ち歩いていない土方は、その扉から内部に入る事を早々に諦め、次なる侵入の手段を模索していた。
 二人組はトラックから降りるなり、荷台を確認する素振りもなく談笑しながら倉庫へと向かった。トラックの狭い車体の下に潜んでいた銀時と土方もこれには流石に拍子抜けし脱力したが、無用な危険は無いに越した事はない。二人組の行方を目で追った後、周囲に他の人間の気配の無い事を確認して素早くトラックから離れて物陰へと移動して様子を見る事暫し。
 ややすると倉庫の正面のシャッターが開き、そこから再び出て来た二人組のうち一人がトラックに乗ると倉庫へとトラックを収めた。その後、シャッターは再び閉ざされ、以降全く内部の動きは窺えそうもなくなって今に至る。
 何とか内部に侵入して様子を窺いたい、と言うのが土方の目指す所だ。もしも内部で取引の類が行われていたとしたら、現場を直接押さえる好機は今しかないのだから。
 銀時は土方のその意向には余り気乗りではない様で、出来れば応援とやらを待った方が良いんじゃねぇの、と──土方の知る男にしては珍しく控えめな言い種で──意見を投げて来たが、土方の反射的に刻んだ眉間の皺を見るなり白旗を上げたらしく、それ以上は何も横槍を入れようとはして来ない。止めても、言っても無駄だろうと、この短時間で既に諦念の域に達していたのかも知れないが。
 ともあれ、止められようが止める気もない土方は、倉庫へ出来れば穏便に潜り込む手段を探し続けていた。ざっと見た限りでは地上部に扉は三つ。正面シャッターと入り口、裏口。窓の類は無し。
 正面のシャッターは内部からか外部のリモート操作しか受付けない類らしい。まあどの道シャッターをがらがらと開いて入るのでは最早潜入ですらなくなるが。
 その隣、正面の職員用出入り口は電子ロック。こちらも穏便に開けられそうもない。
 裏口は電子ロックではないものの扉の鍵が掛けられていて、扉にも簡易的なものながら警報機が取り付けられていた。これでは物音を立てずに開ける事は難しい。鍵を壊すのは簡単だが警報に鳴られたらお仕舞いだし、ピッキングの技術は生憎と土方の習得技能には存在していない。
 真っ当な扉の形をしたものから入るのはこの場合どう考えても容易くはない。と、なると次は。
 (………)
 ゆるゆると外壁に沿って視線を這わせていけば、通常の建築物なら三階相当の高さの所に、採光用なのだろう小さめの窓が幾つか並んでいるのが見えた。鍵の有無は下からでは到底確認出来そうもないが、近付く事が出来れば侵入とまでは行かずとも、内部を窺う用は為せそうだ。
 とは言え、外壁から窓に近付く梯子や階段などと言った親切なものが付いている筈もない。外壁を一通り見回した土方が続けて銀時の方へと目を移せば、メールを作成しながらも土方の動きをきちんと見ていたらしい彼は、無理無理、と言う様に首を左右に振ってみせた。よく言いたい事が解ったな、と思うが、同時に、一体何をどうあの男に期待したのだろうと言う疑問に行き当たり、土方は首を捻った。
 「雨樋や空調の配管はあるが、流石にそんなアクロバティックなのは無ェ、つーか無理だろ」
 小声でそう言うと、メールを送信し終えたらしい携帯電話をぱたりと閉じて、銀時は屋根から地面の排水溝へと続く雨樋を見て肩を竦める仕草をする。
 言われた通り雨樋を伝って屋根までを見上げるが、言われなくともそのプランは論外である事ぐらい土方にも解る。下りる時の足がかり程度にするならまだしも、登る為の手段として直径僅か十糎程しかない塩ビ製のパイプを頼りたいとは流石に思えない。
 三階の窓に並んで一つだけ非常口があったが、踊り場から下ろす非常用梯子は当然上に畳まれている。窓と同じ高さに非常口があると言う事は、窓の向こうにはキャットウォークの様な通路があると見て良いだろう。
 三階の非常口か窓、は侵入するには最も適したプランではありそうだが、そこまで登る事がまず問題だ。
 と言って、幾ら一米ほどしかない狭い狭間とは言え、倉庫と倉庫の間を両手両足を突っ張って登っていく、などと言う手も現実的では無さすぎる。
 どうするか、と目蓋を下ろしたのは暫時。辺りは徐々に夕暮れの様相を見せ始めている。取引などが行われるとしたら、大概双方共に人目を嫌うから夜に行うのがセオリーだ。積荷の量を見れば、中身が薬物だけ、兵器だけ、とは限らないが、相当数になる。取引の規模はそれなりに大きいと見て良い。そうなると日没が約束の時間と言うのも、トラックの到着時刻から見ても充分に考え得る。
 そこに来て、丁度この埠頭倉庫の作業員達の就業時間も終わる頃らしく、数軒先の倉庫でも荷の積み下ろし作業を終えようとしている姿があった。
 時間が無い。思考がその結論へと辿り着くや否や、土方は目的の倉庫から離れて歩き出した。驚いた様に慌てて付いて来ようとする銀時を振り返り、
 『様子を見ていてくれ』
 そう簡潔に投げ、続けて土方は四つ隣に併設された倉庫の前に停めてあったトレーラーを指さした。何をするか察したのかしないのか。銀時は口の端をひん曲げながらも、『無茶すんなよ』と囁く様な小声で言って寄越した。
 それは保証出来かねる、とわざわざ返すのも間の抜けた話だろう。土方はそれきり振り返らず、倉庫の壁に貼り付きながら、置かれた荷物などを遮蔽物にしてトレーラーへと近付いて行った。
 荷下ろしは既に済んでいるらしく、開かれたシャッターの前とトレーラーとを行き来していている筈のフォークリフトはトレーラーの荷室の前に駐機されていた。職員は倉庫の中で何か遣り取りをしているらしく、荷室の後部を開けた侭人の戻って来る気配はない。
 目的の倉庫よりも一回り小さな倉庫だが、内部は冷蔵機が入っているらしく、機械の駆動音が屋上の方から聞こえた。この辺りの倉庫は本来ならば輸入されて来た品や輸出品を一時保存する為のものなのだろう、港の方角から長い道路が整備されている様だ。
 この騒音と言い倉庫群全体の様子と言い、老朽化の憂き目を見ている地区と言った所か。取引や密輸入にうってつけの人の少なさも頷ける。
 倉庫の入り口に隠れながら暫し窺うが、中の職員たちがまだ出て来る気配も、こちらを見ている様子でもない。土方は素早くトレーラーと倉庫の壁との間に移動すると、駐機されていたフォークリフトによじ登り、そこからトレーラーの荷台の上へと手を掛けて屋根に乗る。
 鞘をぶつけない様にしながら腰を落とし、足音を立てずにトレーラーの屋根を横切ると、雨樋を留めている樋受けの金具に爪先を掛け、一息に体重を預けると二階部分にある踊り場の手摺りを飛び上がる様にして掴む。
 ぎし、と金具が厭な音を立てたが、雨樋が外れて落ちる様な事にはならなかった。小さく嘆息しながら、土方は懸垂の要領で思い切りよく踊り場の上へと身を持ち上げた。
 倉庫内からしか出てこれない二階の踊り場からは、直ぐ横に取り付けられた外壁の梯子に何とか手が届く様になっている。冷蔵・冷凍機が置いてあるのを見ると、排熱や送風の機器が屋上に置かれているのだろう。それらのメンテナンス用だ。
 慎重に踊り場の手摺りの上に登ると、突き出した庇を掴んでバランスを取りながら刀を外し、先に屋上へと乗せる。それから腕を伸ばして梯子を掴んで移るとさっさと屋上へと上がって仕舞う。老朽化で梯子が落ちたりしたら笑えない所だったが、それもなんとか杞憂に終わった。
 目算通り何とか屋上へと上がると、先に上げておいた刀を佩き直し、土方は屋根伝いに隣の倉庫の屋上へと飛び移った。埠頭のクレーンなどが稼働していたら容易く発見されて仕舞った所だろうが、クレーンの類は既に一日の仕事を終えたのか、遠くで静かに佇んでいるばかりだ。赤い塗装のクレーンの群れの狭間から、一日の終わりの残照がちらちらと水面に照り返しているのを目を細めて見つめながら、土方はスタート地点でもありゴールでもあった、目的の倉庫の屋上に乗った。
 下の隘路から銀時が見上げて来ているのが暗闇の中に見えたので、軽く手を挙げる仕草をしてやりつつ、土方は目的地である三階部分にある踊り場へと屋上の縁にぶら下がりながら極力無音を心掛けて飛び降りた。この倉庫には冷蔵機能は付いていないらしく、屋上に機械の類が設置されている事もなかった。つまり屋上へと上がる梯子も取り付けられていないので、どうしたって飛び降りる以外に踊り場への屋上からのアクセス方法は無い。
 かつん、と、金属の足場に靴音が鳴ったが、内部から物音を聞きつけ人がやってくる様な気配は無かった。大きな倉庫であった事が幸いしたのかも知れない。ほっと胸を撫で下ろした土方がもう一度下を窺った所で、踊り場の真下に立った銀時が小声で呼びかけて来た。
 「梯子、降ろせねェ?」
 「……」
 囁く様な遠い声に促され、土方は足下に収納されている梯子を見下ろしてはみたが、これを無音で降ろすのはどうやっても無理だろうと判断し、かぶりを振って返す。
 『音が出んだろ』
 三階からの梯子などを下ろしたら、相当な音が響く筈である。至極真っ当な土方の無音の意見に、銀時は不満そうにしつつも一応は納得したのか同意の仕草を示しながら、ふらりと裏口の方へと歩き出した。別の侵入口を探す気なのだろうか。出来ればその侭大人しくじっとしていて欲しいのだが。
 「……、」
 問いたくとも、咎めたくとも、どうせ声は出ない。音を立てて注意を惹くのも危険が伴う。虚しさにも似た諦念を一層深くなった眉間の皺に刻みつつ、土方は銀時の背中から視線を外し、踊り場のすぐ隣にある窓を見遣る。
 窓は施錠されていたが、中を窺う事は出来た。どうやら二階三階部分は想像した通りの、キャットウォークの様な足場で構成されていて、一階をぐるりと囲う吹き抜けの造りになっている様だ。正面のシャッターから入庫したトラックの幌屋根らしいものが一部見えるが、他の様子は判然ともしない。ただ、取り敢えず近くに動くものはいない。
 非常口の鍵はドアノブと一体化している簡単なものだった。裏口の扉とは異なり、警報装置の類も確認出来ない。非常口と言うだけあって、いざと言う時に直ぐ様開けられなければ何の意味もないと言う事なのだろう。念の為に捻ってみたが、流石に開け放しの訳もなくがちりと引っ掛かる手応えが返った。
 音を立てない様に、と胸中で念仏の様に唱えながら、土方は躊躇いなく刀を抜いた。この手の鍵はノブを直接壊すなり外すなりすれば一発なのだとは知っている。
 まずはノブの握玉部分を捻り回して扉との間に僅かの隙間を空けると、そこに刃を振り下ろし、ノブを無理矢理に切り落とす。落下しない様に完全には両断しなかったそれを土方は手でもぎ取る様に壊し、納刀するとそっと扉を押し開けた。
 長らく誰も使った事の無さそうな非常口だが、扉は軋む音ひとつ立てずにすんなりと開いてくれた。安心するより早く内部に入ると扉をそっと閉じ、身を屈めて辺りを窺う。
 三階は主にメンテナンス用途とこの非常梯子へ出る為のスペースらしい。ぐるりと倉庫内の外周に沿って鉄板の通路が出来ており、そのところどころには機材や木箱など、如何にも置き場所を持て余した風情のものが放置されていた。階段は一つ。二階の同じ様な通路へと真っ直ぐに続いている。
 二階部分の丁度反対側には倉庫内のクレーンを制御するボックスがあったが、使われなくなって長いのか、クレーンは錆び付いて仕舞っている。
 (……階下から、話し声)
 また益体もない様な暢気な会話の主が、ここまでトラックを運転してきた件の二人組であると知ると、土方は小さく嘆息した。これだけ無造作で警戒も何もない連中相手に、ここまで緊張し全力で相対しているのも何だか馬鹿馬鹿しくなろうものだ。
 テレビや流行りものや女。そう言ったもので構成された会話を愉しみながら、二人はトラックから荷を下ろしている作業の真っ直中の様だった。矢張り全部の箱が取引の物品と言う訳では無かったらしく、この箱だったっけ、などと手元の資料──荷台にあったあのファイルだ──とを照らし合わせながらああだこうだとやっているので、進捗はお世辞にも良いとは言えなさそうだ。
 だが、幾ら馬鹿だろうが無能だろうが無造作だろうが。この場所でこれから如何な『取引』が行われるのかと思えば、土方の裡からは警戒も緊張も解けそうになかった。
 トラックは元々盗難された代物だった。車輌盗難の目的が、『取引』の為に用意された偽装車輌であるとは土方は端から思っていない。一応工廠の名前が書かれていた部分には架空の運輸会社の名前を上書きしてあったが、それは飽く迄盗難車輌であると易々気付かせない為の工作だ。然しその癖にナンバーなどはその侭と言う為体。加えて運転手たちの余りに適当な仕事ぶり。
 トラックに積まれていた積荷の方こそが目的で、盗難車輌はその侭使用されただけ──それが土方の推測した結論だ。つまり、『取引』されるのはその積荷に違いない。
 積荷は銃のアタッチメント。アンプルにした薬物を『撃つ』為の代物で、見廻組では既に試験配備を開始している装備だと土方は以前に松平から聞いている。
 アンプルなぞを撃ち出す以上、銃としての性能や威力は殆ど見込めず、弾速も通常の実弾に比べれば遅い。が、元々その兵装に求められた用途は、遠距離から安全且つ確実に犯罪者を殺さず確保する為の──動物用の麻酔銃の様なものだ。それが人体を殺める事にはならない事が第一である為、弾速が遅い事は威力としては問題にはならない。寧ろ弾速の遅さで弾道が変わって仕舞う為、射撃の際最も気を付けるべきは狙いの補正だ。
 その練度にはまだ不安が多い為、まだ件の銃器が実戦で使われたと言う記録は公式には残っていない。どこぞの、銃器を標準装備しているエリート局長辺りなら既にこっそり何処かで使っていてもおかしくはないが──何れにせよ確かなのは。
 (その兵装の事を知る者はそこらの一般人にゃいねェって事だ)
 見た目は銃らしきもののパーツと言うだけの代物だろう。盗難した所で、武器目当ての犯行だったとしたら肩透かしも良い所になる。それを薬物を撃ち出す専用の部品である、と看破出来るものはそうはいない筈だ。少なくとも薬物の密売を専門にしている犯罪シンジケートの耳に、普通は入る様なものではない。造った工廠の人間か、……はたまた、警察関係の幕僚(お偉いさん)か。その身内、か。その部下、か。
 仮に警察に事が露見したとしても、ある程度なら『無かった事』に、される、出来る、可能性の高い人物を幾人か想像して、土方は僅かに頭を振って溜息を殺した。そうだとすれば、彼らの余りに無造作過ぎる態度にも説明がつく。端から捕まる事も警察にマークされる事も想定外であり、捕まったとしても直ぐに釈放される見込みがあると聞かされてでもいれば、それは『ボロい』仕事だと思う事だろう。
 工廠から盗難された、パーツそのものは確かに山崎の口にした様に無害だが、然るべき使用法を心得ている者の手に渡ると言うのならば話は別だ。
 アンプルを殺傷能力のない銃器で撃ち込むと言う事は、要するに薬物を対象の体内に強制的に投与する事でもある。そして『敵』の人間とは殺すよりも生かして捕らえる事の方が大概の場合に於いては困難だが、得るメリットは真逆になる事もある。
 つまり、腕に憶えのある人間を捕らえる、或いは厳重に警護された人間を殺さずして捕らえねばならない場合とは、そのメリットこそが目的と言う事になる。
 情報や身代金や、はたまたもっと下劣な事の為に。遠距離から安全に薬物を投与し出来ると言う『武器』は、殺さず対象を無力化するには最適であると言わざるを得ない。
 吹き矢と言う古典手段は、対象のかなり至近距離に接近する必要があり困難。また、狙いも定め辛く、縦しんば当たったとしても針の先程度のものは衣服などで防がれて仕舞う可能性がある。
 空中散布は手間がかかる上、無用な者や味方まで巻き込む危険性が高い。
 食器や嗜好品に塗布する、混ぜる、などの手段もまた、対象の近くに接近しなければならず、実行犯の逃走も難しい。
 拳銃の間合いとほぼ変わらぬ距離から狙い撃てて、僅かでも当てる事が出来ればそれで良い。そんな『武器』の存在を知ったなら、欲する者はさぞかし多い事だろう。
 狙った標的を殺さず捕獲するに最適で、麻酔ではなく毒薬を盛れば銃創を作るより確実に対象を殺す事も可能。そんな代物が裏社会に出回る事となれば、真選組は勿論、警察組織全体に於ける大打撃となるだろう。何しろ対策も対処も全く従来の方法とは異なるのだから。
 (薬物の取引ルートを辿って、このクソ忌々しい『声』を奪った薬に辿り着ければ僥倖、の心算が、)
 思いの外に大事に成り得る可能性のあるものを拾って仕舞った様だ。とは思うが、土方は寧ろ挑戦的に口の端を歪めてみせた。
 憂さ晴らし、とまでは言う心算はないが。もしも警察関係の人間が関わっているとすれば、真選組の一人や二人が現場を押さえた所で、諾々とそれに従う筈も無い。寧ろ目障りな同業者を始末ぐらいはしようとする可能性の方が高い。少なくとも土方の知る今までの少なくないケースではそう言う傾向になっていた。
 どこぞの暴れん坊な将軍のドラマの様なものだ、と皮肉混じりに土方は思う。
 悪党とは往々にして自棄を起こすか開き直る。尤もそれはドラマの構成の上で、見所である安っぽい殺陣の為のお膳立ての為の判断なのだが、易々と犯人がそう言う発想に至るぐらい、真選組とは幕府内でも異端で嫌われ者の存在なのである。
 ……つまり。土方が多少なりとも『憂さ晴らし』と思うにはうってつけの展開ではあった。無論、同時にそれが非常に危うい状態であると言う事も承知だが。
 (……だが、少なくとも万事屋の野郎を巻き込むにも関わらせるにも向いてるとは言い難ェからな、)
 周囲に神経を向けながら、土方はじりじりと腰を落とした姿勢の侭で通路を移動していく。段々と暗くなった空とは逆に、倉庫内の電灯は皓々とより明るさを増している様にも見える。そして明るければ明るい程に動く異物は発見され易い。慎重に、然し無駄も油断もない動きで、土方は階段を下りて二階の通路に下りた。
 吹き抜けの下では、トラックから運び出した荷物を、ファイルを片手にチェックしながら並べている二人組の姿。
 と、ピリリリ、と電子音が倉庫内に響いた。簡素な着信音だ。二人組の片方が携帯電話を取り出し、それに応じる。土方は一階に下りる階段の方に近付いて、そこに置いてあった廃材らしき物陰に一旦潜んで耳を澄ませる。
 「はい、ああ。はい。しっかりと。今シャッター開けますんで」
 そんな応答の後、倉庫の入り口のシャッターががらがらと音を立てて上がっていく。どうやら、取引相手とやらが到着したらしい。
 当然だが、取引相手の到着には倉庫の外を未だうろついているのだろう銀時も気付いている筈だ。
 と、なると。
 (………野郎が、飛び込んで来る様な事が起こるより先、とっとと片ァ付けるか)
 倉庫の内部で騒ぎが起きれば、警報なぞ無視して、銀時が裏口から土方に合流しようとする可能性は高い。
 応援が来るまで、などと言っていたが、それならばいっそ応援を呼びに言ってくれた方が良かったのに。とは思う。銀時とて当初は協力する羽目になったとしてもその程度の事で済ませる心算だっただろう。どの道それは現場から離れるついでの事になるのだから。
 それでも、無茶な行動、と土方の事を窘め当て擦りながらも、付き合うと言った理由は恐らく──山崎が何か余計な事でも頼んだに違いないのだ。恐らくは土方の最も望まないだろう事なのは承知の上で。
 (護る対象の一般人に護られてちゃ、世話無ェだろうが……、クソ)
 相変わらず声を発しようとはしてくれない喉を押さえて土方は嘆息した。この為体では御用改めの宣言も出来やしない。
 取引が始まるなり、現犯で直接、有無を言わさず叩きのめしてふん縛ってから考えよう。そう自棄気味に考えた土方はそっと刀の柄に手を掛けた。
 客観視すればする程に、結論と行動とが短絡的だとは思う。焦っているのかも知れない。僅かにそう過ぎるが、手の裡の刃の緊張感に雑念と共に浸して仕舞う。
 焦りを憶えた、その最たる理由が。犯人らを取り押さえる事にではなく、『巻き込まれ』た一般人へと向けたものである事には気付かない素振りで。倉庫内に入ってくるトラックをじっと待ち構える。




今更ですが、この話全体をしてやりたかった一つは「ベッタベタ」な展開です(´ω`)

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