五棺桶島 / 12



 陽が沈むのを待って、二人は再び行動を開始した。土方は集落の方へ、山崎は山頂の社の方へ。仮眠は一応とったが、慣れぬ環境と緊張感ともあって夜同様に碌に眠れてはいない。とは言えそれ程疲れている訳でも無いから、今のところ活動に支障は全く出なさそうだ。ただこの状況が長く続くと言うのは矢張り望ましくないだろう。神楽の身の安全と言う、期日の定かではないタイムリミットもあるのだから、矢張り目標を速やかに発見し迅速に事を解決したい。
 森を出て集落に近付いた所で土方は手にしていたフラッシュライトを消した。高台に位置する、山崎曰くの不気味に過ぎる宗教的儀式(?)の行われていた件の家には相変わらず篝火が焚かれており、視界の効かぬ夜の風景の丁度良い目印になっている。
 夜に火を焚いておく意味とは何だろうかとふと考える。常識的な範疇で幾つか思い当たりそうな理由を考えてみれば、一つは不用心を避ける為。一つは目印の為。などがまず浮かぶ。
 一つ目は、主に対人を想定したものだ。夜闇に乗じた何者かの犯罪行為などを避けたり防犯目的で明かりを灯す。もしも人ではなく獣を想定するならば、門前に一対しかない篝火よりも寧ろ幾つもの焚き火や原始的な罠を用意するだろう。
 二つ目は、灯りに因ってその建物が重要なものであると示す為。だがこの可能性は低いだろう。何しろ島民全てが顔見知りと言って良い規模の村落なのだ。改めて火など焚いておく必要があるとは思い難い。
 三つ目は、主にその二つの複合目的だ。普通に考えればこの島に於いて必要無いだろう筈の火が、権威のありそうな者の建物へと掲げられているのだ。火を焚く以上は燃料の消費も出る事になる。何か意味があるのかも知れない。
 (……まァ、『普段』の島って奴を知らねェ以上は推論以上の事は言えねェが)
 結局の所はそこか、と土方は溜息をついた。あの建物の中に標的である天人が祀り上げられていると言う事ならば話は早いのだが、山崎の報告ではそれらしいものは発見出来ていないのだ。物事はなかなか思う様にはいかない。
 刀振り回して乗り込んで解決、となるのが一番手っ取り早い。だが、事は無血での解決を要されている。この島の現状を放置した侭、異物である標的だけを排除するのが飽く迄幕府の目指す結果なのだ。
 …と、言う割には明らかな組織選と人選のミスを訴えずにいられない所だが。
 こんな歪な宗教だか何だかに凝り固まった世界を放っておくと言うのも薄気味悪い話と思わずにいられないが、そこの所を考えるのは江戸の一警察の役割ではなく将軍や、その取り巻きの古狸たちが本来しなければならない仕事だ。そしてその彼らが静観を決め込んでいる以上はどうにもならない。望むは易いが訴え出るは困難だ。政治的な駆け引きの世界は土方の戦場ではない。出来る事はと言えば精々、戻ってから松平に苦言と言う名の進言をしておく程度だ。
 件の篝火を横目に、土方は昨晩憶えた銀時と新八とに宛がわれている倉庫、もとい家屋へと足早に向かった。相変わらず静かな行動とは言い難かったが、静寂の村の中に何らか動きが出て来る気配は無い。余程に島民の夜が早いのか、或いは──、
 (島民全員が、あの得体の知れねェ『お祈り』でもやってんのか)
 思いつきは想像以上に背筋を冷やし胸を悪くするものだった。思い描く事さえ禁忌の様な心地を憶えて、頭を切り換える様に土方は建て付けの悪そうな戸を手の甲で叩いた。昨晩伝えた符丁の通りに二秒間隔で三回きっかりと。
 すれば、ややあってから扉ががたがたと開かれる。隙間から顔を覗かせる、気の緩みそうな見慣れた面に向けて土方は、取り敢えず無言で手をひらりと振ってみせた。
 
 *
 
 「昼?農作業の手伝いだよ。ま、働かざる者食うべからず、って言われりゃ反論も出来ねーし?」
 日中は何をしていたんだ、と言う土方の問いに、銀時は掌を向けてそう答えた。農作業と言う慣れない仕事の所為なのか、向けられた掌には胼胝や細かな傷が出来ていた。体力面では仕事に問題がなくとも、刀を振るうのとは矢張り勝手が違うのだろうか。
 「普段碌に働きもしねェ奴の台詞とは思えねぇな」
 銀時が農作業に従事させられている間、土方はと言えば洞穴で身体を休めていたのだから何となくばつが悪い。それを誤魔化したくてからかう様に言えば、銀時は唇を尖らせて何か言いたげな表情は浮かべたものの、反論の類を口にする事は無かった。
 常の銀時ならば何かしら勘付いた嫌味ぐらい無駄に回る口でして来そうなものだが、と半ば反撃を覚悟していた土方は予想外のそんな態度に、やり辛い、と正直にそう思った。
 銀時とて慣れない農作業やこんな環境に恐らくは疲れているのだろう。何しろ土方たちより前にここに流れ着き、タイムスリップでもしたのではないかと言う異常な状況に置かれていたのだから、無理も無い話だが。
 ともあれ、徒労しか得られぬやり辛い舌戦を態と繰り広げたいとは思わない。土方は話題を切り替えるべく軽く息をつくと、新八の入れてくれた白湯を口にした。
 茶の類はこの島では野草を用いた薬草茶しか無く、慣れない者にはちょっとえぐみが強いからと、湯を入れながら新八は申し訳なさそうにそう言い、土方は気にしなくて良いとかぶりを振って答えた。
 僕らも最初に島の人に拾って貰った時に振る舞われたんですけど、と言いながら舌を出す様子からして、件の茶とやらは相当に酷い味なのだろう。新八に視線を振られて銀時も思い出しでもしたのか嫌そうに顔を歪めてみせた。
 別段茶の有無など気にしていなかった土方だったが、そこまで酷評される飲み物となると逆にどんなものなのか少々気にならないでもない。が、今は飲んでもいない茶についてを論じるよりも先にしなければならない話がある。
 「で、何か解ったか?」
 余り期待はしていないと言う口振りが態度に出たのか、銀時は件の茶を思い返した苦味の強い侭の表情で「何も」と飾らず正直にそう言って寄越した。端から期待が無いからか落胆もなく、土方はそうかと言っておくのみに留める。
 島民から見れば銀時らは未だ異邦人だ。日中に仕事を宛がわれていたとなれば自由などそうそう効かないだろうし、彼らを見張る者が全くいないとは思っていない。天人の少女を人質に取っているとは言え、島民たちは──神様を名乗る天人は最大限に警戒をしていると見て良いだろう。
 そんな状況で銀時らが明るい情報を何か提供出来るとも思っていない。だから土方は己の知りたい情報を自ら訊ねる事にした。銀時らの目にしたものや何気ない話が必要な情報に結びつかないとは言い切れない。
 「島民の、宗教的な活動とやらは具体的にどんなものか解るか?祈ってるとか言う内容は解ったが、どんな偶像を崇めてるとか、何かを供えているとか」
 「いや?まァでもその『神様』とやらに絶対服従って言うか…、教義か行動そのものかは解らねェが、相当大事にしてるみてーだな。ただ、余所者の俺らにまで強制をしたりはして来ねェから、具体的に何がどう、って事までは」
 「まあ普通に宗教とかお祈りとか言えば、日々の糧を感謝、とかですよね。ここの人たちがそうかどうかは解らないんですけど…。男の人たちが皆突然仕事の手を休めてお祈りとか始めるんで、そう言う感じは正直しないですね」
 「は。カミサマにお祈りしてるだけで飯が食えりゃ苦労しねェわ」
 人差し指を立てる新八に、銀時は小馬鹿にした調子でそう吐き捨てる様に言う。どうやら心底に呆れでもしているらしい。確かに宗教的な思想とは縁の無さそうな男だが、と思って、土方は同意を示して軽く頷いた。
 然し、と纏める程の思考があった訳ではないが、土方は白湯の入った器を手の中で弄んだ。土の素焼きの素朴な器だ。食器の作れる土も貴重なのか、器は飯の椀も兼ねている様な形をしていた。
 はっきり言って不自由な生活だろうとは思う。尤も島民がその不自由さと対極にある、現代の便利さを知らないからこそ可能な暮らしなのだろうが。
 もしも、田舎体験、の様なつもりで都会からこんな島に来たとすれば三秒で根を上げるだろう。田舎暮らし、と、前時代的、と言うのは似ている様で全く異なる。
 幾らカミサマを名乗ったからと言い、天人を元より忌避していた筈の連中が島の『外』から来たものに対してそう易々恭順したとは思えない。
 と、なると宗教行為自体は昔から結束固めの為に島にあったものなのかと思えるが、それにしては奉じるべき社の壊れ具合など矛盾する事がどうにも目に付くのだ。
 もしも、『神様』のもたらした教義が劇的に島民たちを変化させたのであれば。
 何か、それを崇め奉る事を生活の一部として盲信し受け入れるに至った原因があるのだとすれば。まだ、話は解り易いものになりそうな気はする。
 (……クソ、幾ら考えても肝心な所が抜けてる以上は全体像が出来そうに無ェ)
 半端で不安定な足場に立っている様な心地は落ち着かない。対処法が解らない危機は怖れて然るべきもので落ち着かない。向かう敵が明確に定まらないのも落ち着かない。
 苛立ちを隠したくて土方は歪む口元を掌で軽く覆った。顰めた顔の意味が、煙草が無いから不機嫌なのだとでも見えてくれれば良いのだが。
 「崇める対象が突然現れた天人だったとして、連中は一体、『何』に祈ってるんだ?何の意味があって?その神様とやらが何かの保証でもしない限りは崇める理由なんぞ無いだろう」
 覆った手の下から思わず漏れた言葉は独り言に過ぎない呟きだったが、銀時も新八もうーんと唸って考え込んで仕舞った。自らの愚痴で他者を悩ませている様な申し訳ない事をした心地になって、土方は己に羞じを憶えて頬を熱くした。強くかぶりを振って誤魔化す。
 天人が島民の知らぬ様な機械や能力を持ち込んだとして、それが島民にとって何かしら奇跡的な所業や畏れるべきものとして映った事は確かだ。
 そしてそれが、あの妄信的な島民たちの異常な行動に繋がる様なものだとすれば、それは一体どの様な所業だったと言うのだろうか。
 目下の問題は、『それ』が神楽と言う天人を平和的に処分する為に、『生贄』などと言う役割を持ち出した事にある。新しい血を入れる為に銀時らの方は生かしておこうとした所で、そんな事をすれば反発は必至だと言うのに。
 (或いは…、その反発ですら抑え込める自信がある、って事か…?)
 銀時らは盲目で世界を知らぬ島民たちとは違う。標的である天人は(罪状は知らないが)自らを犯罪者として捕らえようとする連合から逃げ回ろうと狡猾に立ち回る様な奴だが、島の『外』から来た人間たちまでそれと同様の無知であるとは普通は思わない筈だ。
 それならばいっそ神楽を殺さず人質として保つ事で銀時らの反発を防ごうとする方が、余程利には適っている筈なのだ。或いは三人とも処分する方が。
 (万事屋たちに何か利用価値でもある、とか…?)
 ああだこうだと考えや村の様子を話して寄越す銀時らに相槌を打ちながら、土方は俄に涌いたその嫌な予感を振り払うのに苦心させられる事になった。
 
 *
 
 やっぱり、と言う呟きは声にはならなかったが思わず漏れた。ここに定期的に人が訪れていたと言うのには意味があったのだ。
 暗闇の社の中、光量を絞ったフラッシュライトの細い線の照らす先には、壁板を剥がして現れたものたちが煌めく光を反射させて並んでいた。
 閉鎖された孤島には決して有り得ない、それらを見つめて山崎は自らの裡で嫌な予感が明確な形になって行くのを感じていた。もしもこの想像が正しいとしたら、早く解決と確信とに至る情報を掴んで此処を立ち去るべきだ。少なくとも夜道は余りに危険過ぎる。果たして己の身さえ正しく守れるかどうか。
 本能的に忌避し振り払いたくなる衝動を堪え、山崎はそこに向き合う。この島に入ってからずっと拭いきれずにいた違和感の正体の答えも、標的の目的も、此処に全てが在るのだから。




大概死亡フラグになるパターンのやつですが。

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