五棺桶島 / 14



 土方から聞き出しておいた家屋はすぐに見つかった。倉庫なのか家屋なのか疑わしい外観だったが、動いている人間の気配が中にあったので、山崎は躊躇わずにこれもまた予め聞いてあった符丁のノックを鳴らす。
 僅かの緊張感と共に反応を待つ。然し、がたがたと開かれた戸の隙間から顔を覗かせたのは山崎の予想とは違えて、眼鏡を鼻の頭に乗せた少年、新八の方だった。互いに顔を合わせてなんとなく「やぁ」「こんばんは」と挨拶をして仕舞ってから、今はそんな事態ではなかったと我に返り、取り敢えず中に入れて貰う。
 「副長、来たよね?旦那は?もしかして一緒?」
 「あ、はい。土方さんは来ましたけど一時間くらいかな?前に帰りました。けど銀さんは多分一緒じゃないです。その三十分ぐらい後に、ちょっと用事があるって一人で出て行っちゃって」
 矢継ぎ早に問えば、新八は考える仕草をしながら答えた。時計が無いのがもどかしいのだろう、癖の様に壁へ時計を探す様な目を向けては目を閉じてうーんと唸っている。
 「…それだけ時間が空いてれば確かに一緒って可能性は低いか。旦那は今までも度々一人で出て行ってた?」
 「え…、はい。神楽ちゃんの様子を見に行ったり、辺りを探りに行ったりは何度か」
 「……そう」
 白湯ですけど飲みます?と言いたげな仕草で擡げられる椀と中身のお湯を見てかぶりを振って、山崎は玄関先で棒立ちになった侭俯いた。推論がここに来てどんどん不審の形になりそうになるのを堪えて、ちらりと新八の方を伺う。どこか困った様な表情で椀を片付けているその姿は、いつも通りの光景を確かに思わせる。土方がそれに油断すると言う事は確かに有り得るだろう。
 完全に疑念が消えたと言う訳では無かったが、今は暫定的な明るい可能性に縋るほかない。思い直して山崎は慎重に口を開いた。
 「副長に報告してから、明日にでも改めて新八くんにも話そうとしていた事なんだけど」
 そう前置いてから、向けられる真剣な表情に圧された様に表情を正す新八に、口元に指を添えながら小声で告げる。
 「俺と副長はこの島に逃げ込んだ天人を捕まえる為に来ている。で、そいつは『神様』って名乗って好き放題してるらしいって話だったから、人間やそれに近い姿形をしたものなんだろうって勝手に思ってた。でも、そもそもそこから間違えていたのかも知れない」
 唐突に始まった言葉に、「え」と言う疑問の形を口で作る新八に向けて、猶も山崎は続ける。
 「質問なんだけど、この島の人間たちの『神様』への信仰をどう思う?」
 「え」と再び形作られた一音は、今度は困惑に近かった。新八は腕を組むと言葉を選ぶ様に目を游がせたが、ややしてから言い辛そうに途切れ途切れに答える。
 「さっき土方さんにも言ったんですけど…、突然…その、お祈り?を始めたりして、ちょっと、ええと…、気持ち悪いかな、とは。銀さんも、宗教に絶対服従してるみたいだって呆れてましたし」
 基本的に人の善い少年には、一方的な感想だけで相手を判断したり批難するのは宜しくないと思えたのだろう、言葉は歯切れが悪い。然し擁護するつもりがある訳では無いのか、意見そのものははっきりとしたものだった。
 その事に何となく安心して、山崎はここに来ていよいよ形になった違和感の正体を口にした。
 「で、さ。ひょっとしたらこの島、女性や新八くんぐらいかそれ以下の年齢の人間が一人もいないんじゃないかな?」
 「……あ!」
 風船でも目の前で割れた様に、はっとなった様に吐かれた今度の一音ははっきりとした驚愕の響きを滲ませていた。そんな新八の態度からも、山崎は己の得た違和感の正体である推定事実を確定事項へと引き上げる。
 実際山崎が見たのは数件の家と数名の住人だけだ。それだけで島中に女子供が一人も居なかった、とは到底言い切れないだろうが、島に数日早く辿り着いて島民の間に暮らしていた新八もそれに同意するならば、それは限りなく確定に近い事実の筈だ。
 「そ、そう言えばそうです、女の人や子供を、僕ら一度も見てない…!神楽ちゃんが居たから、なんだか女の人が居ないとかそう言う気が全然してなかったけど…、」
 「島の外部の人間に迂闊に接触させない為、って言う可能性もあるけど、それこそこんな狭い島で女性や子供だけが隔離されて隠されているって、ちょっと無理があるよね」
 「はい、昼間も男の人しか見てません。女の人でも出来そうな仕事は沢山あるのに。でも何で…」
 疑問と怖れとを浮かべる新八の姿を見ながら、さっきまで己も似た様な表情をしていたのだろうと思いながら山崎は、あの社の壁の裏に隠されていたものたちを思い出していた。
 床板も砕けそうな朽ちた社の中で、そこだけはしっかりと残っている様に見えた壁板を剥がしたその裏には、薬品棚の様なものがあった。と言って、ただ壁に板を張り付けただけの棚だ。然しそこに並んでいる物体たちが明かに奇妙なフラスコや液体の満ちた硝子瓶などであったから、それは薬品棚と呼ぶ他無いのだろう。
 並んで置かれた五つの小さなフラスコの内四つの中には極小の『何か』が息づいて蠢いていた。成長度合いのばらばらなそれは言うなれば卵、そして『虫』としか言い様が無い。近いものは蜂か蝶などの幼虫だろうか。それらは短く柔らかな体躯を、液体の満ちた硝子容器の中でじっと丸めていた。
 それがただのペットや昆虫観察では無い事は誰の目から見ても明らかだった。こんな風に隠して培養している生物が、見た目以上に異常な存在で無い筈が無い。
 何れの瓶にもフラスコにもラベルの類は無かったが、山崎はこう言ったものにまるで憶えが無かった訳ではなかった。攘夷浪士やら彼らと取引をする天人、宇宙生物。様々なものを相手にした仕事をすればこの類のものにも思い当たりがある。
 この手の人工培養を要する虫の類は、しばしば生物的な存在への病原体や菌の感染を広める道具ないし兵器として用いられる。メリットは生物兵器である故に防衛側がそれの侵攻を防ぎ難く気付きも難い事、デメリットは生育の困難さと苦労の割に合わない成功率だ。散布する細菌等に適応させ培養するのには手間も資金もかかる。それなら成功率が低くとも感染者一人を現地に何度でも送り込む事を選ぶだろう。
 尤もこう言ったBC兵器の類は連合の条約違反となる為に、用いた侵略行為を行ったが最後徹底的に叩き潰されるのだが。因って取り扱いの非常に難しい生物とされている。到底ペットや昆虫採集の目的では無いだろう。
 「……完全に推測でしか無いんだけど、この島に逃げ込んだ天人って言うのは、寄生型の生物だったんじゃないか、って。天人に寄生して、この島に潜んだ。
 で、そいつはどう言う訳か成人男性にしか寄生出来ない。女性や子供は邪魔だから、始末する他なかったんだろう」
 推測、とは言ったが半ば確信は得ていた。天人に寄生していればこの星のこの島に入り込む事は容易く可能だ。その後元々の天人の肉体を棄ててこの島の人間に新たに寄生し直し、媒介する虫を少数培養して用いて少しづつ密かに寄生体に喰われた下僕を増やして行く。これならば件の天人らしき姿を全く見ないと言う話にも辻褄が合う。非常に時間が掛かる事だが、この島の閉鎖された特異な環境の中ならば十分に可能だろう。
 こう言った寄生型の生物と言うのは本体となる『親』の手足となり従う習性がある。或いは『親』の脳と意思とに動かされているとも言われている。
 この島で見た人間たちの異常な行動を思い起こせば、状況は合致していると言えた。それを『宗教的行為』として誤魔化す事で、恰も寄生体などではない一人の『神様』が居ると思わせれば、この島を監視している幕府の目をも騙す事が出来る。
 「じゃあ、神楽ちゃんを生贄にするって言うのや、僕らが生かされている理由って言うのは、」
 「宗教的な儀式としての体裁と、今の新八くんには寄生出来なかったからじゃないかと思う。
 もしも寄生出来ないから処分したいと思った人間の仲間たちに反発されても、その仲間にも寄生して仕舞えば済む話だろう?きっと新八くんの年齢は寄生するには微妙な年頃だったんじゃないかな。或いは成功する確率が半々とか。でもこの隔離された島での寄生出来る素体は貴重だから殺す訳にはいかない。もう数年経って寄生出来る様になるならそれまで待つつもりだったのかも知れない」
 「そんな、」
 いっそ冷たい口調で言われて顔を青ざめさせ絶句する新八を見て、山崎は彼にも多少抱いていた疑念をここに来て漸く振り払った。これだけ表情をくるくると変えて反応してみせるのは、寄生し操っているか乗っ取っているかしている人間では難しいだろう。少なくとも新八の様子は島民たちの異常な姿とは明かに掛け離れている。
 因って山崎は(半ば賭けだったが)新八をシロと見なした。"恐らくあの寄生型の天人が、女性や成人未満の男性には寄生出来ない"のは確定と見て良いだろう。
 果たして寄生体の生物を天人の犯罪者として手配した連合が、『寄生体』としてこれを探していたのか、それとも寄生された天人の姿で犯罪行為を行い、それが手配犯となっただけなのか。手配犯と言うのにその罪状や容姿と言った仔細が知れていなかった以上、前者である可能性は高い。そうなるとこの星の生態系に少なからず異常をもたらす存在に対する報告を怠った事は、連合の明かな手落ちだ。万一損害効果を狙ったとなると戦争の火種にもなりかねない事態だ。寄生型の天人(生物)はしばしば病原体などと同一視される程に危険な存在だ。善悪の区別なく拡がるその被害は猖獗を極める。
 (松平のとっつぁんが詳しい話を副長にしなかったのも、真選組がこんな明かに畑違いの任務を与えられたのも、何かそう言う政治的な駆け引きの目的があったのかも知れないな…)
 至った可能性に山崎は苦々しく呻く。武力面では定評のある真選組が恙なく問題を解決しつつ、かと言って極秘では終われない結果を持ってくる事で、連合の手落ちやい號離島特区の問題が世間に漏れる効果を狙ったなどと言う話は有り得そうだ。
 土方の代わりに上官のサングラスを叩き割る妄想を巡らせていた山崎を現実に引き戻したのは、新八の口からこぼれた震え声だった。手の中で今にも割れそうな硝子瓶の様に脆く乾いた声。
 「じゃあ、銀さんは…」
 完全に色を無くした顔を強張らせる新八に、山崎は重たい仕草で頷いてみせた。
 「こう言った寄生タイプの天人の特性として、蟻とか蜂に似た社会性を形成するって言うのがあるんだ。元々そう言った生物の進化したものなんじゃないかって話もあるしね。彼らは本能的にコミュニティを形成して『本体』でもある親を護らせ、『兵隊』を増やして行く。『本体』が存続し続ける限りは、次から次に『兵隊』に乗り換えて生き延びる」
 主たる一個体に支配され社会的活動を行うそれらは、大概の場合は本能通りに種の保存を目的として集い強くなって行く。だが、今回のケースの『本体』は明らかに本能ではなく知性を持って活動している。寄生型の生物であっても、自ら種を増やせない為に自らを護る事を目的とし、『兵隊』を集めているとしたら、『本体』を追い詰め捕らえるのは非常に困難だ。
 「そんな奴だからね、この閉鎖された島はさぞかし都合の良い環境だっただろう。
 寄生された人たち──『兵隊』が、もう自分の意思を持っているかは正直怪しい。そこそこに人間に擬態は出来ても、君らの見た島民たちみたいに、どこか奇妙で不自然になる」
 これが新八の疑問の直接の答えにならない事は承知だった。だが新八も敢えて重ねて問おうとはしない。恐らくお互いに、その可能性を模索する事が最悪の、最も忌避したい事実になると解っていたのだろう。
 「山頂の社で培養されてたのは寄生体を他の生命体に寄生させる為の媒介だと思う。多分蜂だけど、見た限りでは四体しかいなかったしまだ全部幼虫か卵だった。それが成虫になるにはまだ時間がかかる筈だ。幼虫のサイズからして成虫は拳ぐらいはあるかな。その『蜂』が卵を人間に産むとかして『兵隊』を少しづつ増やしてるなら、取り敢えずこれ以上増える事は暫くは無い筈だ」
 けど、とそこで知り得る事実を淡々と告げる言葉を切って、山崎は視線を逸らした。この期に及んで、誤魔化したい、考えたくない、と何処かで思う己が滑稽だと思う。
 銀時や新八がこの島に来たのは山崎たちの訪れよりも前だ。そして寄生出来ない上に危険な存在である神楽は捕らえられ、寄生出来なかった新八は一旦放置された。
 寄生できる年齢の銀時が、一人無事で居る筈など無いのだ。況して敵の『本体』は、寄生出来ない対象である新八や神楽を注意深く見張る必要があった。
 口にはしない。だが確定事項として胸に鋭く軋る刃物で刻む。
 恐らく銀時は既に寄生されている。それも、新八や神楽や土方が怪しむ事なく普段の彼と何ら変わりなく行動出来ていた事を考えると、知性を失い命令に従っている島民たちの様な『兵隊』ではなく、知性を持ち宿主に上手く擬態出来る『本体』に寄生されている可能性も高い。
 その上で。もう一つ懸念が山崎にはあった。こう言った状況で本来ならば最も頼りになっただろう男の損失よりも、寧ろそちらの方が山崎にとっては重要だった。
 「……幼虫の入ったフラスコには、空っぽのものが一つあった。五つのフラスコを全活用して媒介の蜂を順々に培養していたなら、それには多分成虫が入っていた筈だ」
 恐らくそれが、とは続けられず、軋る様に呻く。
 「さっきも言ったけど、夜、副長と別れたきりなんだ」
 「銀さんは一体何処へ」
 互いに震えた声を重ねて顔を見合わせれば、その向こうには更に最悪の結果が透けて見えた気がしたが、かと言ってどちらもそこから目を逸らす事が出来なかった。




虫とか苦手な方すいませ…。なるべく表現無しでマイルドにいきます。

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