五棺桶島 / 17



 酷い二日酔いの時の様な気分だった。
 頭は痛むし、ひたすらに不快な吐き気がする。どのぐらいの間板張りの床の上に寝転がっていたのかは解らないが、節々も何だか無理をした後の筋肉痛の様に軋んでいる。
 その上記憶を辿ってみれば、ここ数時間ばかりの憶えが曖昧になっていた。昼に農作業を手伝わされて、夜に土方が来て話し合いをした事まではその内容までもはっきりと憶えているのだが、その先から今までに至るまでの記憶がふっつりと途切れていた。
 家、と言うか宛がわれた例の掘っ立て小屋に居たのは確かだ。少なくともそれが銀時の最後の記憶だ。そして気付いた時には島民の一人が住んでいるのだろう家屋の中で布団も掛けずに転がっている状態で目覚めた。
 訳は解らなかったが思考をするにも億劫で。取り敢えず外に出たら何だか複数の灯りが移動しているのが遠目に見えてどうにも様子がおかしいと思い、焦臭さを感じつつも取り敢えず神楽の無事を確認しておこうと彼女の囚われている倉庫へと向かって──
 「………」
 「………」
 そうして今、二対の視線にじっと不審そうな目を向けられていると言う訳だ。全く以て訳が解らず銀時は困惑を示して眉を寄せた。表情筋を動かすだけで頭痛が酷くなる気がして正直それさえも億劫だった。何?と問う事でさえ面倒臭い。
 二人の内一人は新八だ。銀時の木刀を何故か構えてじっと、油断無くこちらを伺っている。
 もう一人は土方の部下の地味顔だ。確かこの島では初対面だった気がするが。こちらは刀こそ抜いていないが警戒の度合いは新八のそれより強いのか表情が険しい。
 ……警戒。その言葉を痛む頭の狭間で咀嚼すると、銀時は首を傾げた。はてさて、何故この二人に警戒などされなければならないと言うのか。己の空白の記憶に関係がある事なのだろうか。症状としては泥酔に近いとは思うが酒を飲んだ憶えなぞ無いし、他に記憶が飛んで仕舞う様な理由にも思い当たりが無い。
 「……えーと…?コレ何、どう言う状況なの」
 頭痛の僅かに収まるタイミングを見計らってなんとかそう独り言めいた疑問を口にすれば、新八は問いを発した銀時ではなく、やや背後に居る地味顔の方をちらりと伺ってみせた。だがそうする間も銀時の方へと向けた警戒心を途切れさせる事はない。木刀の切っ先はぴたりとこちらを向いた侭だ。今までに憶えの無い状況に流石に銀時も異様さを感じるが、取り敢えず動揺の気配はおくびにも出さずに二人の反応を待つ。
 「………銀さん?、ですか?」
 やや開く奇妙な間。そんな長いのか短いのかも知れない熟考の後、新八がぽつりとこぼしたのはそんな問いかけだった。問いの意味と理由とが解らず、銀時はずきずきと鼓動の度に思考を妨げる頭痛に合わせて口端を下げると地味顔の方を見遣った。そちらの方が何かしら詳しい事を語れるのではないかと、何となくそう思ったのだ。
 「新八くん、」
 然しその山崎が呼ぶ名は、はっきりとした警告を促す響きを伴っていた。油断するな、とか、騙されるな、とでも言いたげな。どう言う事なのか益々以て解らず、銀時は困惑の侭に肩を竦めてみせる。誰か説明してくれ。心底そんな心地だった。
 「銀さん以外の誰に見えんだよ。何お前ら夜遊びを咎められたガキみてーな事になってんの。大体ソレ咎めるの銀さんの仕事じゃないからね。お巡りさん寧ろてめーの方だからね?」
 二対の視線は真剣な緊張感を孕んでこちらに向けられており、銀時はそこから彼らの本気の警戒心を嗅ぎ取っていた。故に態と軽く巫山戯た調子で言ってみるのだが、両者の態度から慎重な猫の様な固い緊張が消える事は無かった。
 矢張りこの警戒に至る理由を見つけるか思い出すかしなければ、まともなコミュニケーションにすら至れないらしい。が、そう言った所で銀時の頭痛に支配された脳には思い当たりは疎か何か気の利いた問いかけすら浮かばない。
 「旦那、今まで一体どちらに?副長は何処にいるんですか?」
 不意に山崎が詰問調子で放ったそんな言葉に、どうしたものか、と頭痛に辟易する思考をなんとか巡らせていた銀時はぱちりと瞬きをした。「へ?」と間の抜けた声がぽかりと開いた口から出ていく。
 今まで何処に居たか、と言うのにはそこらの民家の一軒だと答えられるが、もう一つの方には思い当たりがまるで無い。問いを幾度か反芻してみた所で己の記憶から答えは返らない。否、答えがあるにはあるのだが、それは別段普通のものであって、こんな風に責め調子と警戒調子とで問われる様なものでは無い。筈だ。
 「何処にも何も、普通にアイツ帰ったよな?新八、おめーも一緒に見送っただろ?」
 困惑の侭に巡らせる思考を遮る様にがんがんと響く頭の痛みを、こめかみを揉んで堪えながらも銀時がそう返せば、新八と山崎は顔を見合わせて唸った。そうして暫し、再びこちらへと戻って来た二対の視線は、次には警戒から疑念を孕んだものへと変わっていた。それはある意味で先頃よりも厳しい質で、銀時は思い当たりの無い筈の途切れた記憶へと狼狽を憶える。
 (内容からして、土方が行方不明?とかそんな感じか…?で、俺は記憶飛ばして誰の家とも知れねェ民家で二日酔い気分でお目覚め。
 ……え、何、ひょっとしてまたいい年こいて我慢効かねェみてーな感じで送り狼さんになっちゃった挙げ句アイツの帰りが遅れちゃってるとかそう言うアレなのかこれ?)
 だらだらと冷や汗の流れる顔を俯かせてこっそり自らの下肢の様子を伺うが、果たしてどうなのかよく解らない。セックスの後の気怠い疲労感は無いし、スッキリ……してるかどうかはこの二日酔い気分では判然ともしない。
 第一記憶を飛ばす程に飲んだり致したりすると言うのは流石に無いだろう。それどころかそう思って行動した事まで忘れて仕舞うとは流石に考え難い。
 そもそも、何だか堪えが効かなかった昨日もヤッているのだし。だからこそ今日はそんな気にはなるまいと、土方を普通に帰らせた筈だ。
 つまり銀時の結論としては、憶えは無いが多分自分は潔白だと言う状況だった。土方が行方不明と言うのは無論のこと聞き捨てならない話だが、少なくとも目の前の彼らの向けて来る疑念の答えを銀時は持っていないのだからどうしようもない。
 「つぅか最初っから順序立てて説明が欲しいんだけど。俺今さっきまでそこらの民家で寝てて、何がどうなったのかとか今何が起きてるのかすら解ってねェんだよ、軽く浦島太郎状態なんだよ、いい加減誰か説明してくんない」
 いてて、と思い出した様に響く頭の鈍痛に目を細めて言う。すれば新八と山崎はもう一度顔を見合わせた。今度は先程よりも間は短く、新八の顔がくるりと銀時へと向き直る。
 「この島の人たちは皆寄生虫みたいな奴に操られているんです。で、銀さんもそれに寄生されている疑いがあるんですけど…」
 「は?」
 「山崎さん、僕はこの銀さんはいつもの銀さんだと思います。もしもあの人たちみたいになってたら、もうとっくにここに仲間が集まって来てもおかしくないですよ。やっぱり銀さんは初めから寄生なんてされていなかったのかも…」
 「……いや。今の話が本当だとしても昨晩副長に会ってから今に至るまでの記憶が不自然に途切れてるみたいだから、残念だけどまだ黒だと言わざるを得ない。一時的に『本体』に干渉されていただけだとしても、もしもまだ寄生しているものが脳に残っているんならまたいつそれに旦那が乗っ取られるか解らない」
 ぽかんと口を開く銀時を余所に、新八と山崎は何やらここに来て初めて聞く様な突拍子もない単語を交えてひそひそと話を始めて仕舞う。
 「ちょっと待て、何、寄生虫?え、頭に?この頭痛ってまさかそう言う奴とか?」
 鈍い痛みを訴え続けている頭に触れてみるが、それで何か解る訳でもない。ただ寄生虫などと言われると矢張りまずイメージするのは腸内に棲んだり腹を痛くする長細いアレなので、想像だけでも気分が悪くなる。
 想わず頭と腹とを掌でさすって仕舞う銀時に、やがて山崎の地味な顔が何やら考え込む様な仕草と共に言う。
 「旦那、この島に来てから何か大きな蜂の様なものに刺されたりしませんでした?」
 「蜂?いいや。……何、寄生虫って細長いって言うよか蜂の子的な奴なの?」
 細長いものからずんぐりとしたものに想像が転じた所で矢張り虫は虫だ、そんなものが万一にでも体の中に入り込んでいるなどとは考えたくもない。挙げ句最終的にはどこぞの宇宙生物のパニック映画の様に腹を食い破って成体が生まれたりなんて真っ平御免だ。
 「じゃあ島民に何か食事とか怪しげな物を振る舞われたりは」
 「……初日にクッソ不味い茶ァ飲まされたぐらい?」
 想像に顔を顰めつつも同意を求めて新八の方を向けば、彼は開いた口を片手で覆って「まさか、あの時のお茶が」と呻いた。
 そんな新八の態度から銀時の証言の正しさが一応肯定されたのだろう、山崎は疑念を隠さず銀時へと向けていた眼差しを寸時だけ逸らした。眉を寄せて唇を噛む、解り易い懊悩の態度だと思う。
 やがて違反を見逃す警察の様な葛藤の表情を浮かべながらも、彼は反対する意識か何かを振り切る様に大きく息を吐いた。
 「…………現状、旦那が操られている可能性はどうやっても否定出来ないんですが、一つだけ、多分俺が信じられるとしたらこれしかない、と言う確信があります。だから緊急事態だと思ってそれに縋らせて貰います。
 ……旦那。土方さんを助けてくれますか?」
 「そんなの──、」
 「どうですか。土方さんを助けるには旦那の力が必要だと俺は思っています」
 念を押す様に言われ、身に付いた癖で咄嗟に誤魔化しかけた言葉を飲んで、銀時は游ぎかかる視線を地味顔の男のそれに固定した。
 銀時と土方との関係を一言で言い表すのは難しい。強いて最も近い言葉を選ぶのであれば、セックスフレンドと言うものが浮かぶが、そう言い切りたいとは余り思えない。だが、そんな曖昧な関係を表す適当な言葉を他に銀時は知らない。
 行きずりや酒の過ちの様な体を装ってうっかりと重ねて仕舞った情は、当初から銀時に後悔と言う苦く酸い感情しかもたらさなかった。
 恐らくはお互いに同じ感情を持っているし、それは最初からそうであったのだろうと銀時は確信している。そうでなければ、どれだけ酔い潰れて判断が鈍っていたとしても、男を抱こうなどとは思わないだろうし、抱かれようとも思わないだろう。それ程までに下半身が緩く形振り構わない様な人間では無いだろう、特に土方は。
 故に、致した行為の理由として同じ感情を互いに抱えていただろうに、それから酔いも無しにずるずると爛れた関係を懲りずに続けて、お互いにその理由は疎か本音も感情も何一つ出そうとはしなかった。
 否。──していない。残念な事に進行形だ。それでも何も言わぬ侭に、確認もせぬ侭に、互いに恐らくは『付き合って』いると言える程に様々な事を許し合っている関係性にあるのだから、曖昧、以外の言葉にはなるまい。
 土方が、立場と言う理由あっての事か口を噤んだ侭でいる事を選んで仕舞ったから、銀時も何も言わない事にした。時間が経って慣れた関係になる度に、土方にとっては『そう』である方が楽なのだろうとそんな解答をも抱いた。
 何も言わぬ癖に、心に秘めたる確信がある癖に、互いに進みも引っ込みもせずに猶予を先延ばしにしている関係は、端から評すればやはりセックスフレンドでしか無いのだと思う。
 そしてそんな事実を思い知る度に銀時は酷い後悔の念に襲われるのだ。最初から何かを告げていれば、向けていれば、何かが変わったのかも知れない、と。……仮令、それが今の土方の望んではいない形であったとしても。
 そんな二者の関係を、果たしてこの地味顔の部下は知っているのだろうか。そう思って銀時は口を一旦上下させた。土方は事実を伏せたがっているのに確定した答えを己だけが放って良いのだろうか。そんな躊躇いが口を重くさせるが、然し。
 「……当たり前だろーが」
 倦怠を纏った感情から押し出される様にこぼれた言葉には不思議と微笑が宿っていた。何を当たり前の事を訊くのだと、心底にそう思えたのだから仕方がない。
 関係の名前がどうあれ、あやふやで曖昧な形であれ、そこに抱く感情は変わり様がないのだ。
 「……そう、ですね」
 その答えが山崎の気に沿ったのかは解らない。だが、恐らくには不器用な男同士の意地の張り合いに近い様な関係性の事など、とうに知っていたか勘付いていたかしていたのだろう。少なからず、それを信じるに足る確信と言い切れる程度には。
 「旦那を不完全でもシロと扱うとなると、俺の最悪の予想が残念ながら的中する事になります。
 まず、記憶が不自然に途切れている事や新八くんたちまで違和感を抱けない程に擬態の精度が高いとなると、旦那は『本体』に寄生されていた可能性が高いです」
 寄生と言う言葉には顔が自然と固くなる。曰くの虫になど刺された記憶は無いのだから、やはり最初に島民に振る舞われたあの不味い茶が原因と言う事になるのだろうか。あれに混ぜて寄生体だか『本体』だかを呑まされたのだとしたら──、とは正直余り考えたくはない話だが。
 「…それで、今は普通だとすると、『本体』は何処に消えたと思いますか?誰に乗り移ったと思いますか?」
 トーンの沈んだ声に、銀時は思わずさすっていた喉元の手の動きを止めた。
 「…………だからあいつが行方知れず、だって?」
 ぞ、と、下がる血とは逆に背筋の毛が逆立つのを感じて銀時は拳を固めて俯いた。そうしないと酷い表情をして仕舞いそうな気がしたのだ。
 己があの異様な島民たちを操っている寄生体の『本体』とやらに操られていたのが事実だとして。
 この、理由に憶えのない頭痛や欠落した記憶がその所為だと何処かに理解があるとして。
 今は『本体』が乗り移っているのが、土方だとして。
 (俺が──少なくとも俺の姿形があいつを騙したり、害した事になるのか)
 愕然とした驚きに反した激しい瞋恚を向けたのは、果たして己にか、己の内に居た何かにか。固めた拳の中に、密やかな恋情よりも後悔の重苦しい感情を握り締めて銀時は歯を軋らせた。
 助けたいとか言う問題ではない。助けねばならない。感情より容易い理由としても、この責を取るも取れるのも己の他に居る筈が無い。
 「島民がここに来ていきなり新八くんと俺を襲撃した事からしても、『本体』がこの島に現れた五人の外敵に対して大掛かりな行動を起こし始めたのは確かです。旦那や土方さんに接触して自分が追われる存在であると言う事を悟ったからなのは恐らく間違いないですが、その事に自棄を起こしているのか、この事実を知る者たちを始末しまた逃亡を図るつもりかは解りません。
 が、兎に角今の状態で島の外に出す訳には行かない。それだけは防がないと。ですから願わくば土方さんを見つけ次第島を脱出したい所です。
 『本体』にとって寄生体の媒介虫を培養している山頂の社は重要な拠点なので、土方さんは──『本体』はそこに戻っている可能性が高いです。ですが、そこに辿り着くのも、『本体』を確保するのも、島民全てが敵になっている事を考えると困難でしょう」
 恐らく、山崎の願い出た事は、三人で目的地に向かおうと言う話なのだろう。だが、その裏に隠された本音は銀時には明け透けに見え、それは有り難い事にも己にとっての利害とも一致していた。
 山崎にしても銀時がもう寄生されていないとは断定出来ない為に、または土方が無事かどうかが知れていない為に、これは賭でしか無い筈だ。
 だが、もしも銀時の土方に向ける感情が、信じるに足る確信であるとそう言うのであれば。土方を助けたいと、助けなければと、銀時が義務感や責任感以上に強くそう思って行動すると言うならば。
 操られていたり、他の誰かには決して模倣など出来ない、銀時にしか取れぬ選択(こたえ)でそれが示せると言うのであれば。
 「新八。オメーはこの地味顔と一緒に神楽を救出して一旦安全な場所に逃げてろ。どうせ緊急用の救難信号的な奴持ってんだろ?」
 前半は不安顔でこちらを見上げて来ている新八に、後半は地味な面相を固く強張らせた山崎へと向けてそう言うと、銀時は社のあると言う山頂の方角を見遣って、
 「俺は、あっちへ向かう」
 そう躊躇い無く告げる。深夜の、星のくっきりとした夜空を黒く覆う山のシルエットは正しく威容の様であったが、畏れも怖じ気も無い。その下に寄生され操られた島民(化け物)が蠢いていようが、それは変わらない。
 「……念の為持って来てたんですが」
 言って、山崎は自らの腰に差していた刀を外すと銀時の方へと差し出した。「俺より旦那が持っていた方が使えるでしょ」そう冗談めかした表情を固い表情の上に僅かに乗せて。
 そこにあるのは恐らくは──分類するならば多分に信頼であった。だが、武器を差し出し己の敬愛する上司の命を預けると言う事に対する不安や不審は拭い切れていないのだろう。捨て鉢ではないが、傍目非常に勝率の悪そうな賭に出た男の表情はどうしたって浮かない。
 だから銀時は「いや」とかぶりを振ってその申し出を拒否した。この地味顔とて己の護る何かの為に刀(それ)を手にしている筈だ。それを託される程に至っていないのならば、それを受け取る資格は無い。
 化け物かも知れない者達を相手にそれは強力な助けにはなるだろうが、銀時の流儀に添わない。
 「そいつはお前らが手前ェの身を護る為に使っとけ。俺はいつも通りこいつで良い」
 言うなり銀時の差し出した掌を見つめて、新八が顔を輝かせた。携えていた木刀を銀時の掌へと躊躇わずに渡して来る。彼の信頼は山崎とは全く別種のものだが、きっと説得力はそれ以上にあるのだろう。苦笑めいた表情を形作った山崎は刀を元に戻すと、納得を示してそっと頷いてみせた。
 土方まで寄生されたと想像されるこの状況下では、山崎は感染や寄生の危険が及ぶ前に内地へと戻るべきなのだ。だが、それを決するには躊躇いが余りに大きすぎる。
 それこそ、信頼に確実に答えて、危機的状況下にあるだろう上司を救うなり行動不能にするなりして連れてこれるだろう、今この島に居る中では唯一の人間に、あやふやな関係性だけを信じる理由に無理矢理に当て嵌めた不確実な賭をしなければならないぐらいには。
 上司と一般人とを見捨てて逃げ出すも同然の最良の決断は、組織にとっては最良であっても彼個人にとって最良の結末には成り得ないのだろう。故に葛藤も躊躇いも棄てきれないのだ。
 そして銀時は新八と神楽の安全を取り敢えず確保出来る対象に任せておきたい。それは、まだ寄生されているかも知れなく、これから最も危険な場所へと向かわねばならない銀時には決して出来ない仕事だ。
 故の利害の一致。山崎は決して口には出せない本音を、苦渋の決断で飲み下すと銀時に向けて深々と頭を下げた。
 「土方さんの事を、宜しくお願いします。回収地点は逆側の山です。救助がそちらに来ますので、事が済んだらそこで落ち合いましょう」
 「ああ」
 銀時は手に馴染んだ木刀を軽く振ると腰に下げて頷いた。
 「あと、島民たちですが…、あの様子だともう助けられる可能性は恐らく無いです。脳に寄生し侵食しているのは死んでいるも同然なので、変な手心とか掛けて危険に陥るのだけは避けて下さいよ。
 ……五人揃って生きて戻る為にも」
 忘れず刺される釘に、銀時は取り敢えず何も返さずにおいた。その部分には矢張り信頼は無いと言う事なのだろうし、嘘をついてまで応えねばならない必要性も多分無かった。






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