五棺桶島 / 9



 ど、と背中が硬い壁に押しつけられる。
 「っ、おい、」
 身を捩る土方の身体を壁との間に挟み込んで、制止には答えず銀時の唇が降ってくる。両頬を熱い掌に捉えられ、その指は百足か何かの様に蠢いて土方の皮膚を甘く撫で回す。
 そんな性急な動作は言葉より通じ易かった。重なり合った口唇に躊躇ったのは寸時で、味わい慣れた粘膜の温度と滑る舌の交合とに土方の意識は望んで陥落を受け入れていた。深い口接けの合間の呼吸が互いに荒くて熱くて何だか可笑しくなる。
 (くそ、)
 それでも、それに抗わず流される己が情けないと思えた。押しつけられる硬い下肢の熱に背筋が震えるのが愚かだと思った。
 銀時に手を引かれた土方が連れて来られたのは、村内にある一軒の家だった。他の家屋と何ら変わりの無い、木造と土壁の掘っ建て小屋めいたものだ。
 「空き家だから」と銀時に言われた時にはその意味がよく解らなかったのだが、真っ暗な家屋の中へと連れ込まれ、戸が閉まるなり玄関すぐ横の壁に背を押しつけられて土方は漸く事態を理解した。
 そして理解した時には手遅れだった。
 「っん、んん、」
 襟足を撫でていた手が、次には鎖骨をまさぐって袷を乱して行くこそばゆさに喉が断続的に音を鳴らす。口は舌をはしたなく絡ませ合うのに夢中で、例えば抗議や例えば疑問や例えば憤慨と言った意味のある言葉を紡いではくれそうもない。
 背を抱えられ引き寄せられると身体がぐるりと反転した。体重を掛けられる。憶束ない足下が崩れる先には土間の床があって、気付いた時には硬い床の感触に後頭部が触れている。薄らと目を開いた土方と視線が絡まり、銀時は唇を離した。土方の舌は名残惜しげにそれを追う。
 ふつりと途切れた唾液の糸が紅潮した頬に落ちて夜風にひやりと冷える。土方は数回息を整えると、己を空き家の土間の上に組み敷いている男の姿を憤慨とも羞じともつかぬ感情の侭に見上げた。
 「ッてめ、こんな…、今の状況、わかって、」
 「うん、解ってんだけど、…なんか、歯止め、効きそうも無ェ、」
 見上げた銀時の眼には、表情には、闇の中でも誤魔化せぬ程にはっきりとした熱情が宿っていた。果たして今までにこんなものに憶えがあっただろうか、興奮した熱い吐息が至近の皮膚を擽り、欲に焦がされた眼と荒い息遣いと押しつけられる下肢の熱とが土方を明確な一つの意味と目的とを以て見下ろしている。
 「何でだろうな、久し振り…だっけ?……や、それ以前に、未だ銀さんも若かった?とか?」
 「言ってんじゃ、ッん、く、」
 硬く張り詰めた下肢をぐりぐりと脚に擦りつけながら喉元を甘噛みされて、土方は久しい劣情の気配に飲んだ息を結局吐き出せず反論にも詰まった。
 山崎が戻っているかも知れないとか、誰か人が通るかも知れないとか、敵のテリトリーの中だとか、仕事中だとか──理由は幾らでも浮かぶのにそれらは目の前の男を制止し押し退けるだけの効力を持っていないのだ。
 それ程意志が弱いとは思わない。仕事とプライベートとを分ける分別もある。だが、そう幾ら繰り言が脳内に浮かべど言葉にも行動にもなって出ない理由も解りきっていて、土方はぐずぐずと崩れ出す理性が熱の中で虚しく溺れて行くのをただ待っていた。
 どの道、こんな状況だと言うのに銀時に止める気配が無いのだから、後は己が突っぱねるか諦めるかしか取れる選択は無い。そして前者を思う理性が役立たずになって仕舞えば、残るのは、、、
 「よろず、やッ、」
 くそ、から始まる罵声を飲み込んだ喉は媚びたらしい声を上げて、床を彷徨っていた腕は銀時の頭髪を掴んで寄せた。そうして得た至近の視線の交錯は一瞬にも満たない。然しその空隙を逃さずに獣の本能に躊躇う眼は瞬時に牙を剥いて土方に食らいつく。
 体重を掛けて押し開かれた瞬間に憶えるのは恐怖にも似て、然し酷く心地がよい。
 「っんん!」
 ただ互いに空いた隙間を埋めるべく、唇の求めた交接の狭間で銀時の手が土方の下肢をまさぐって臀部を鷲掴みにする。完全に尻が浮く程に身体を折られ開かれている体勢は苦しい筈なのに、両脚に力を込めて堪える。その不自由さに縋り付く事で余計にこの行為に夢中になる。
 「っくそ、煽り、やがって…、もうほんと、止まってやれねェからな!」
 「抜かせ、端ッから、止まる気なんざ、ねぇ癖、に、っ」
 離れた唇の合間で、互いの膚を擽る息遣いの荒さと熱さとにぞくぞくと腰が震えた。銀時は己の着流しを乱暴に肩から落とすと剥き出しになった膚を合わせて小さく笑う。
 「異常事態とか生命危機の中にあると、人間興奮するって良く言うけどよ、」
 そう言うやつなのかね、と無理に作った様な理性的な声で続けると、銀時は土方の口中に指を差し入れて舌を摘んで弄んだ。「ン、」苦しさと不自由さに出掛かる抗議も封じられて、土方は大人しく咥内を犯す銀時の指を舐め上げ吸い付いた。夥しい唾液が口中に溜まって、飲み込む事も出来ず口端から溢れて行く不快感に眉が寄るが、感じるのは気持ち悪さばかりでも無い。
 「ふ、ん…ん」
 上顎を指の腹で擽られて溺れそうになる。鼻から漏れる息が切なげな声を喉から伝えれば、銀時の指は漸く満足した様に咥内から出て行く。
 「そうでなくても、おめーほんとエロ過ぎて、も、ヤベェっつぅの…」
 何だそれは、どう言う意味だ、と浮かぶ反論や疑問はあれど、舌を指の間に挟まれ弄ばれれば言葉になぞなりようもない。
 口中を蠢くそれと逆の手が土方の下着を脚からずるりと抜けば、もうすっかりと形を成して仕舞った己のものが狭い所から解放されてぷるりと揺れるのが嫌でも目につく。
 まともに触られた訳でも無いのに、既に完全に勃ち上がって仕舞っている己の浅ましさに顔が熱くなるが、銀時は珍しくもそれを揶揄したりはしなかった。と言うより恐らく己も同じ様な状態なのでは無いだろうかと思い至って、土方は羞恥心と歓喜との入り交じった感情にひととき困惑した。
 明け透けに互いを見せ合う、などと言う事に土方はいつまで経っても慣れないし、どうしたって己の劣情を目の当たりにされる事には羞恥を憶えずにいられない。酔って理性が馬鹿になっているとかなら兎も角、素面で居るなら真っ当な人間としての恥じらいぐらいは保つべきだと思う。男同士なんだから今更、と思う所も確かにあるのだが、それでもわざわざ他者に見せたい有り様でも無いのだ。
 銀時は常々下ネタを平然と口にするし、行為の最中にも卑猥な物言いを態と選ぶ節がある。それは土方の理性的な部分を知った上での一種の戯れだ。羞恥心を馬鹿にするのではなく、殊更に煽る事で生じる羞じらいや土方の反応を楽しんでいるのだ。
 いちいち真っ当に反応するから、からかわれるのだと解ってはいる。だが悲しいかな、理性が強ければ強いだけ、それを揺する羞恥と言うのはより浅ましい快楽のスパイスになって仕舞う。
 認め難いが、今己は久しい銀時の熱に餓えて、焦がれて、生じた性的欲求を身体に正直に表して仕舞っている。未だ前戯と言う様な行為さえしていないと言うのに。
 そして今の銀時もそれと同じなのだ。触れ合う互いの膚の間がじりじりと疼く。はやく、とお互いに声にならない声を上げているのが、具に解って仕舞う。
 「っみ、てんじゃね、」
 「いやいや、見なきゃ出来ねーでしょうが」
 大きく脚を開かせられた土方の下肢を暫し舐めつけると、銀時は唾液でとろとろに濡れた指で尾てい骨から会陰までをぞろりと撫で上げた。途中で触れた後孔をひくりと竦ませれば、銀時は軽く舌なめずりをして孔の縁を指でなぞりながら徐々に指を侵入させてくる。
 「〜っ、、」
 久方ぶりの感触だがまるで忘れて仕舞ったものでもない。土方は詰めそうになる息をなんとか吐いて、切れ切れに呼吸を繰り返しながら銀時の指の蹂躙を許した。ローションの類も無いから少し苦しいが、ここで抵抗すると後がより辛いだけだ。
 指は些か性急な動きで二本目、三本目と入って来る。時折前立腺を押し上げられて土方は悲鳴の様な声を上げて背を撓らせた。強すぎる快感と腑を拓かれる不快とに翻弄されて何とか銀時の姿を見上げれば、彼は顔にも肌の上にも汗を滴らせて、本能的な衝動に堪える様に口端に力を込めていた。
 はやく、と言う言葉をまたしてもそこから読み取って仕舞い、土方は背筋を駈けた疼きに任せて全身を震わせた。解される体内を、内部の指の動きや形までが解る程に搾り上げながら、己の一番気持ちの良い所を内側から刺激される強い性感に、感極まって声を上げていた。誰かに聞こえるのではないかとか、こんな状況なのに、と訴える理性は無理矢理に振り捨てて、ただ。夢中になって。
 「っンぁ、あ、っはやく、よろずや…っ、も、、」
 はやく。俺を早く欲しいと思っている、お前を、早く、ここに、くれ。
 「──ッ」
 言葉にはならない、然しこれ以上なく明確な訴えに銀時が息を飲んだ。きっとこの瞬間互いの背筋を走って皮膚を灼いたこの感覚は同質のものなのだろうと確信はあった。
 指を抜くなり、銀時は熱を持ちいきり立った一物をひくひく蠢く土方の後孔へと宛がい、一息に腰を沈めた。
 「ひっ、ぁ、あッ!」
 脳までを貫く様な衝撃はびりびりと酷い快感を伴って土方の背筋を痙攣させた。熱を突き入れられた腰が甘く痺れてがくがく震えている事で、土方は己が達して仕舞っている事を知るが、余りに強烈な快楽に何かしら明瞭な思考が戻って来ない。
 「…ぁ、あぁ…っ、あー…、あ、」
 震える顎が閉じられずに痴呆の様な呻き声を上げて、呼吸を欲して上下する。後孔が貪った性感の侭に銀時の性器をきゅうっと引き搾って吸い付いているのに、銀時がかすかに笑った気がした。
 「あぁッ!あ、んぁッ、あ!」
 びく、と仰け反る土方の背を床に押しつけ、腰を持ち上げた銀時が動き始める。押しては引く動きに身体を揺さぶられて、その乱暴な律動の度にとろとろと精液を溢していた土方の性器から出し切れていなかったものが辺りに飛び散る。前立腺を押されて肉筒を擦り上げられる快感に、土方はここがどんな場所なのか、今がどんな状況なのかも忘れてただただ溺れた。初めて目の当たりにした、餓えた獣の様に己を求め組み敷く男の欲が、熱が、ただただ欲しかった。
 ひじかた、と銀時が荒い息遣いの中何度も囁いて、腰を振る。土方はそれに応えたくて、ぐずぐずになった下肢に力を込めて括約筋を搾っては、その都度叩き落とされる快楽に啼く。
 「っく──、」
 噛み締めた歯の間から息を漏らして、銀時が土方の体内深くへと腰を押しつけた。ぶる、と背筋を震わせて精液を吐き散らして行く本能的な動作を、土方は脚をその腰に絡ませて享受しながら自らも再び達していた。
 一時の熱情が退けば後に戻って来るのは理性的な時間だ。銀時は果たして満足したのか、土方が戻ってきた理性にただ羞恥と後悔とを募らせる中、そっと身を引いて腕で汗を拭って大きく息を吐き出した。
 はぁはぁと荒い二人の男の息遣いだけが、暗闇の静かな空き家の中に暫くの間響いていた。




賢者のお時間。

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