ニクラウスの告白



 お前の作る飯は嫌いじゃない。
 そう言ってくれた男も、今となってはもう何処にも居ない。
 
 「今日は秋刀魚が安かったから、焼いてみたんだけどよォ」
 
 目の前には綺麗で精巧な人形。
 銀時の着せつけた黒い着物を纏って、四肢を投げ出して壁に寄り掛かって座している。
 その片方の眼窩にあった黒瞳は、銀時の手の内の小瓶の中。たったひとつだけ残された、土方が『人間』であった頃のパーツの侭で防腐剤の液体に揺られて、ころりころりと揺蕩っている。遺品の様に。
 まるで、その代わりの様に眼窩に再生された瞳は、左右共に硝子球の様な光沢で。世界を、銀時を、じっと見つめている。
 
 「醤油、ちっと掛けすぎたか?帰って焼く時には気を付けねェと、新八に文句言われちまいそうだわ」
 
 沖田や山崎には顔を顰められたが、この侭残った形を壊して仕舞うのは忍びなかったから、土方の身体はその侭にする様にと頑として通した。
 もしも、治す方法が見つかれば、元に戻るかも知れないだろうと、可能性以下の期待を言い添えて。
 
 「最近新八の奴よォ、生意気に飯の品評しやがんだぜ?味が濃いと体に良くないだの砂糖入れすぎだの。てめーの姉ちゃんに比べりゃなんぼもマシだろうによォ?」
 
 己の食事を突きながら、銀時は向かいに座った人形に話しかけ続ける。
 それは、まるで歪な人形劇。
 
 「………な。早く食わねーと、冷めちまうだろ?」
 
 黒く綺麗な、硝子玉の様な眼球にはなにも映っていない。見つめている癖に、何処をも見ていない。
 薄く開かれた唇が、言葉を何か紡ぐ事はない。
 見ているのに。聞いている筈なのに。その中には確かに土方十四郎だったものが残っていると言うのに。
 
 「………………食わねーの?」
 
 だから土方は、ころしてくれと恃んだのだろう。
 こうなる未来を恐れたからこそ。
 
 「……なぁ、」
 
 物言わぬ亡骸の様に、腐敗しない。きれいな人形。
 今にも動きだしそうで、今にもまた笑ってくれそうで。
 実際、その眼には何かを映している様で何も映してはいないのだろうけれど。
 実際、その脳は何の思考も紡いではいないのだろうけれど。
 
 「もう、美味ぇって笑ってくんねェの……?」
 
 これはもう、死んだ人間。
 こわれた人形。
 こうなる前にころして欲しいと恃まれて、それを受け入れられずに残された、残骸。
 手の中に遺された、小さな破片だけが、これが嘗ては人間だったのだと思い出させる唯一の名残。
 
 「…………ひじかた、」
 
 それでも、銀時にはそれが出来なかった。
 人形となった男の存在は、忘れるにも、壊すにも、余りに綺麗で、余りに大きかった。
 
 「土方」
 
 思い切って伸ばした手が、冽たい頬にゆっくりと触れて。そして──







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