?→! / 10 万事屋にこの件を依頼する際に土方にはどうしても気にせずにはいられない事柄があった。否、この件であっても無くても、それは同じ様にあるし感じる。 警察と言う身である事、民間人や無関係の人間を護る使命を帯びる以上、望んで渦中に飛び込んで好き放題暴れる様な輩ならいざ知らず、単にそれに巻き込まれただけの人間に無用に累など及ばせたくは無いとは、土方でなくとも同じ職に在る人間ならば誰しもそう思っている事だろう。 巻き込みたくはない。警察の仕事と言う名の事件に、無用な危険に、叶うならば遭って欲しくはない。土方が万事屋に依頼を持ち込んだ際に在った懸念は、捜索対象であるぐれむりんが取り扱いを誤れば爆発なぞする代物であった事だ。関わる関わらないと言う点では既にそよ姫の依頼と言う形で万事屋は事件に片足を突っ込んで仕舞っており、手遅れであった。 故に、捜索を依頼した時にもその点にだけは注意する様言い置いた。具体的にどう言った『要因』で爆発するとまでは言葉では示していないが、銀時に見せた動画にその解答は全て提示されている。だから銀時はその事に対して注意はきちんと払う筈だ。可能性は低いが、偶発的な『事故』で爆発が万一にでも起きそうになったとして、それを察知し警戒する事ぐらい叶うだろう。特に新八や神楽と行動を共にしているなら余計に、だ。あの男はそう言う人間だと確信はあるし、そう思う己の心にも下した判断に自信もある。 だから土方が最も恐れていたのはぐれむりんの爆発にではなく、寧ろそれを狙う何者かとの衝突の方であった。ぐれむりんを狙う攘夷浪士が居るだろう話は既に伝えてある。万事屋に依頼をした段階では可能性の論でしかなかったそれも、ここ一週間の間で大分調べがついて来ている。今し方の山崎の報告の様に。 そんな連中と、銀時らが万一遭遇する様な事があったらどうなるだろう。目標とするものが同一のひとつであれば、その可能性が全く無いとは最早言い切れないのだ。 万事屋の連中がそこいらの攘夷浪士程度に後れを取るとは思わないが、無用な危険に晒す事になる事実は変わらない。民間人を頼った挙げ句その民間人に瑕疵を負わせた、など、警察としても、土方の心積もりとしてもあってはならない事だ。 気にはしても、心配はしても、最終的には『万事屋ならば何とかする』と言う確信の様なものが土方を何処かで安心させていた。いっそ傲慢な程に理解は深く、疑う余地なぞ端から全く無かったのだ。 それだと言うのに、今のこれは何なのだろうか。 「万事屋!」 何度問いても電話の向こうからは返事一つ返っては来ない。 (まさか、) 厭な予感が土方の裡でじわじわと輪郭を生じ始める。ぐれむりんを追い掛ける内に密売業者らにかち合ったりして何か危機的な状況に陥ったのではないだろうか。声は出せないが、何とか連絡を取ろうとしているのではないだろうか。 然しそんな土方の焦りとは対照的にも、一連の状況をじっと伺い見ていた山崎は酷くあっさりとした声音で言った。 「ひょっとして、誤動作で発信しちまったんじゃないでしょうかね。よくあるでしょ、使おうと思って開いたは良いけど、用事があってその侭ポケットとか袂に押し込んだりしちゃう事」 「………………」 瞬間的に土方の顔に浮かんだのは葛藤の表情であった。もっとその成分を詳しく分析するのであれば、大層に苦々しく、居た堪れなく、そして何より途方も無い後悔と自己嫌悪とが潜んでいただろう。 表情をばつが悪い葛藤の色に歪めて凝固している土方の耳に、タイミング良くも山崎の想像を裏付ける様な雑音混じりの遠い言葉が聞こえて来る。 《なにちゃっかり楽しようとしてるアルか、このマダオが!》 衣服に擦れているのだろうか、間断無いノイズの向こうからほんの僅か漏れ聞こえた気がするそんな声に、土方は凝固していた体をようよう動かして電話を切った。山崎の指摘通り、銀時がメールで報告でもしようと思った矢先に神楽に見つかって慌てて仕舞い込んで、何かの拍子に誤作動したのだろう。向こうの状況は全く解らない侭ではあったが、少なくとも土方が寸時しかかった最悪な想像に在る可能性はどうやら無さそうだ。 だが、寧ろ土方の表情が葛藤に似たそれに固まった理由は、胸をほっと安堵に撫で下ろして良いものか、と言う所にあった。何しろ山崎の態度と言ったら、みっともない程に動揺していた土方を別に馬鹿にするでもなく指摘するでもなく奇妙に思うでもなく平然とした侭で居るのだ。或いは上司の気付かなかった事を指摘したと言うだけの事で、本当に何も思っていないのか。部下の事ながら山崎の思う所の全く知れない辺りが土方には何とも居心地が悪い様な気分にさせられる。 単純にミスを恥じて居た堪れないだけ、と言う風に見えれば良いのだが。そう思って土方は態とらしい咳払いも、電話の向こうの無事を喜ぶ言葉や態度を示すでも無く携帯電話をそっと仕舞い込んだ。 「万事屋の旦那たちの活躍ぶりのお陰でほんと随分助かってますよね」 そんな上司の姿を横目にぽつりとこぼす様に山崎が言う。どうやら藪に手をわざわざ突っ込む程無粋では無かったらしい。土方は密かに胸中で嘆息しつつ煙草をくわえて火を点けた。たっぷりと息を吐く間を取ってから、 「本職みてェなもんだからだろ」 そう殊更にぶっきらぼうに返す。 「普通に迷子になっていた大半が発見されたって言うのは幸運でしたしね」 「そうだな」 自然と短くなる相槌から、これ以上藪の近くを彷徨くのは危険と判断でもしたのか、山崎は編笠を深く被り直すと「そろそろ仕事に戻らんと」と切り出した。時間が無いと言い置いていたのを思えば無用な足止めになって仕舞ったかと思って、土方は視線をやや逸らしながらも正直に言う。 「引き留めて悪かったな」 「いいえ、気になさらず。あとこれを。他の出入り業者の中で俺が怪しいと判断した連中のピックアップリストです。詳細を調べておいて下さい」 「ああ、解った」 飴程度の大きさの小型のフラッシュメモリを山崎から受け取った土方はそれを取り敢えず胸ポケットへと仕舞った。「それじゃあ」と足早に立ち去る部下の背を暫しの間見つめてから、ばつの悪い表情を隠さず作って大きく溜息をついた。幸いコインパーキングの周辺を歩く人間はおらず、駐車された車中にも人影は無いから、誰も土方のその大きな、些かに情けなさそうな溜息を聞いた者はいなかった。 不覚に因る恥じめいた感情は未だ胸中に自己嫌悪の名を借りて居座ってはいたが、土方はふと思いついて携帯電話を再び取り出した。少し考える素振りをしてから、宛先を万事屋にしたメールを打ち始める。 (てめぇが誤作動なんざ起こすから、) 涌く悪態を少し形を変えながら短い文章にして、送信ボタンを押し込む。紙飛行機のアニメーションが液晶画面の遠くに消えてから、土方は今度こそ携帯電話を閉じて仕舞い込んだ。不覚にも感じさせられた不快ささえ伴う感情も共に見えない所に仕舞い込んで仕舞えれば良いのにと詮無く思って、今にも舌打ちせんばかりの苦々しい表情を時間をかけて元の表情へと戻して行く。元の、と言った所で仏頂面には変わりないのだろうが、今の顔には己の内面が滲み出ている様な気がして堪らなかったのだ。 結局何分かの間その場に留まり煙草をふかせてから、土方は真選組屯所に向かって戻るべく動き始めた。 屯所に戻ったらまず山崎の言っていた事柄を調べねばなるまい。密輸業者などの手にぐれむりんが落ちて仕舞っていたら、そちらの捜索も討ち入りも万事屋の仕事ではなく真選組の役割の負うべき所になるのだ。銀時には、そう言った連中が居る事の説明と、連中に関わる事には幾ら依頼の範疇でも手は出さない様にと伝えた方が良いだろう。 単純にぐれむりんを『商品』として扱うつもりであれば別に構うまい。だが、暫定ぐれむりん泥棒の犯人と思しき人間は真選組に恨みを持つ輩と来ている。事と次第に因ってはその危険性は計り知れないものになる可能性を秘めている。 (まずは奴さんの捜索だな。監視カメラの分析と近しい人物への当たりを取る人員を組まねェとな。並行して山崎の持ち出したリストからそれらしい人間を焙り出して──、) 一度心の端に事務的な思考を浸して仕舞えば忽ちに頭はそれ一色にどす黒い斑に染まって行く。やっぱりな、と何処かで皮肉めいて自らを嘲った土方は、己の本分の正しさを知る。恋に浮かれるより、そんな失態を嘆くより、この方が余程己らしくて、そして正しいのだと。 (…進んでない様にしか見えないですが一応前振り的なー…? ← : → |