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 実のところ、最初から怪しいとは思っていたのだ。
 ここに来て全く途絶えていたぐれむりんの情報を、しかも開発途上で放逐されたいわゆる物騒でひとけの無い様な地域での目撃談として提供された。遅々として進まない事態に対して降って湧いた様な幸運と思った気持ちは生憎と一割未満。残りの内訳は概ね疑いの一色。
 スロットで7と7とが並んで、最後にもう一つ7が滑り込むその刹那に一気に全てがケタケタと笑う死神の姿に変貌すると言った様を銀時がぼんやりと想像した時には、暗がりから物騒な鈍器を携えて飛び出して来た男を、抜き放った木刀が打ち据えていた。
 どん詰まりの事態を打開する光明。負けの込んだ手札を引っ繰り返す様な幸運。自陣の追い詰められた盤上で不意に思いつく良手。そんな旨い話がそこここに都合良く転がっている訳も無いし、転がって来る道理も無い。
 それでも、「やっぱり怪しいと思っていた」と言ちつつも銀時がそんな『怪しい』情報に乗ったのは、一縷の望みにでも縋ってみたい心地にあったからである。同じ様に『怪しい』と思った所で、土方でも他の誰でも己と同じ行動には出ただろうと言う確信もあったが、こうも見事に空振り──どころかあからさまで解り易い罠が用意されているとなると、流石に気分の良いものではない。
 溜息をつきつつ、銀時は己の周囲に累々と転がる屍──もとい、伸びている悪漢たちをぐるりと見回した。ぐれむりんの──妙な姿をした猫の目撃情報を得て、ひとけの無い場所まで出向いた所で有無をも言わせぬ突然の襲撃を受けたのだ。天人も混じっていたが、所詮はただのチンピラじみた連中だ。元より怪しんで警戒していた銀時の敵では無い。
 (いきなりの目撃情報ってのも充分怪しいが、何しろ場所が場所だしな。新八と神楽は連れて来なくて正解だったか)
 朝も早い内に町中で情報を伝え聞いたのは銀時一人だった事もあって、子供ら二人には未だ終わりそうもない鉄子からの依頼の方に向かって貰っている。何しろ『怪しい』と言う感覚が事実ならば、こちらは全く儲けにならないどころか危険しか無い大外れの『仕事』だからだ。
 天人が江戸に降り立ち始めた頃、急速に発展を始めた江戸にその発展速度を更に高める為の生産力として、工業地帯を整備し大量の人手を募ろうとした事があったと言う。だが結局その計画は地方での戦の火が沈静化した事で頓挫した。土地の狭さや働き手の人数、災害などのリスクを考えると、地方に新たに工業施設を造る方が効率的だと判断されたのだ。
 結果、江戸近郊の港湾部付近には未だ放逐された侭のビル群や工場の跡地が残された。取り壊すにも費用がかかるからと、朽ちる侭に放ったらかしにされたそれらの地域は今ではすっかり物騒な連中の吹き溜まりの様に成り果てている。暴走や抗争の舞台に度々なっては取り締まられて静かになって、また忘れられた頃に戻って来ては騒ぎ立てる。警察側から見ても大層に面倒で厄介な場所と言う他無いのだが、幕府が多大な資金を使ってそんな危険地域の整備を行ってくれない以上はどうにもならないのが現実の様だ。
 ともあれ、そんな物騒で危険な地域だ。幾ら依頼の期限に追い詰められて、ガセとあからさまに知れている情報にでさえも縋りたい程だとは言え少々軽率だっただろうかとは思わないでも無い。幾ら銀時が腕に自負する所があるとは言っても、現状が正しくいつか土方の懸念していた『危険』である事に変わりは無いのだ。
 『情報』に、殆ど無い望みを託してこんな所まで出向いて来たのは、銀時がその情報の精度を疑うより先に咄嗟に、乗って仕舞おう、と思ったからだ。罠とは解っていても、或いはこれで何かが──この『依頼』に纏わる何かが、進む、ないし、変わる、と言う期待があったからだ。情報が本当かも知れないと言う一縷の望みよりも、変化を好機の様に取った本音が、こんな(土方曰く)軽率としか言い様の無い行動を銀時に選ばせた。
 万事屋が真選組の依頼を受けている、と言う事は公の話では無い。実際に捕獲したぐれむりんは真選組の手柄として城へ返却されている。依頼が真選組副長の個人的なものであった事にも依るが、公文書にも当然万事屋の名前は一行たりとも記載される事は無い。
 それでも今日の『情報』は、真選組ではなく万事屋を直接、意図的に狙ったものだった。
 つまり、いつかの土方の懸念通りの事態が起きたと言う事だ。『猫』を探す民間人の行動が、いよいよぐれむりんを狙う連中の目に留まり、更には余るものとされた、と思って良いだろう。
 「……」
 携帯電話を開きかけた所で銀時は目を眇める。これが土方の懸念と警告の通りの結果なのは明かだ。と、なれば当然、『罠』と知ってのこのことこんな物騒な危険地帯に銀時が出向いたと言う事を責めるか怒るかはするだろう。
 「…………」
 考えれば口の端が歪んで下がる。今更土方に何を言われた所で怖じ気づく様な繊細な神経を銀時は持ち合わせてはいないが、また楽しくも無い口論や嫌味の応酬などをして厭な気分をわざわざしたいとは思えない。
 喧嘩めいた別れをしたあの日以来、ぐれむりん探しの進捗が宜しく無いのもあって銀時は土方に全くメールでの連絡報告を入れなくなっていた。それまでは挨拶一つでも気軽に打てたのに、『言えた』のに、心の中に蟠るぎくしゃくしたものが指の動きを鈍らせて言葉を紡ぐ事が上手く行かない。
 言葉を交わしても、今までに度々あった様な埒もない下らない口喧嘩では留まらない事は解っている。依頼と言う便利な言葉だが、『関わった』以上、その言葉には意味を伴う。無責任に相手を貶めたりする暴言や独り言では済まなくなる。
 ただの口喧嘩と同じ筈の言葉が、然し確実に相手を疵付けるものに変わる。同じひとつの目的に同意し関わった仲間であるのならそれは避けられはしない。
 こんな『依頼』を受ける前の、無関係に程近い有り様だったらどうだっただろうかと、銀時は寸時思った下らない考えを直ぐに放棄した。
 解りきっている。近付かない、交わらない、意味も無い口喧嘩の、相手を疵付ける事さえ出来ない無意味な言葉や拳の遣り取りに、どうやっても得られない満足を鬱屈として抱えて生きていただけだ。ひとりとひとりで、ただ己の薄らと自覚して仕舞った恋情らしき想いを持て余して過ごしていただけだっただろう。否、その通りだった。
 依頼と言うものが、互いの手の裡に同じ様に収まった携帯電話と言う器物が、同じ方向に互いを向かせてくれているのだと実感出来て、それがきっと余りに楽しかったから。
 『依頼』が終われば、途切れて終わる関係でしかなかったのだと、何処かで忘れて仕舞っていたのだろう。始めから、なにひとつ変わらぬ侭だった事を理解し損ねて仕舞っていた。
 容易く届いた言葉に、その満足感に溺れて色々なものを見誤って来ていた。故に、依頼と言う内容に於いて依頼主である土方の意に沿わぬ事に因る結果に、弁解の言葉一つ思いつかず、報告の文字一つ打てずに留まって仕舞う。所詮、その程度の言葉の堆積しか無かったのだと言う、残酷な理解と納得を自覚しながら。
 慎重に考えあぐねる様な素振りを止めて、銀時は携帯電話を袂へと放り込んだ。そうしてから周囲に転がる悪漢達を今一度見回し、リーダー格だろうとアタリを付けた男の懐をまさぐる。木刀に打たれて完全に伸びている男に覚醒の気配は全く無く、銀時は容易く目当てのものを指先に発見する。
 無造作に取り出す、薄く平たいそれは携帯電話だ。もとい、携帯電話以上の機能を兼ね備えたスマートフォンだ。最近漸く使うに慣れた携帯電話とは全く操作方法が異なるが、逆にパっと視覚で解り易いデザイン性になっているので勘で簡単に操作が出来る。
 そうして程なくして、開いたメールの履歴から"ブツについて嗅ぎ廻っている一般人を始末しろ"と言った内容のものを見つけ出して仕舞い、宜しく無い方角に予想通りの事態に銀時はこっそり頭を抱えた。ブツとは言うまでもなくぐれむりんの事だろうし、前後のメールを斜め読みして見れば、このスマートフォンの持ち主の仲間が、真選組の追っている密売屋かそれに繋がる人物を含んだ連中である事は明かだった。
 土方が見たら嬉々として討ち入りの準備でも始める所だろうかと溜息をつきながら、次のメールを開いた銀時の手つきがぴたりと止まった。
 添付された画像は建物の地図らしきもの。書かれた住所が銀時の頭の中の地図で検索され、直ぐに記憶と場所とが一致する。繁華街の中の工事現場。建設中に何かがあったか倒産でもしたのか理由は不明だが、長い事放置されている場所だ。
 "仕掛けろ"
 短い、一言だけのテキスト。そして地図。場所自体はひとけの無い所だが、付近は賑わう繁華街の直中だ。建築資材が爆破され倒壊したら。或いは爆発で人々がパニックでも起こせば。
 形振り構わない行動に出る様な連中だと、土方が口にした事を思い出す。
 メールに書かれた、実行の日付は──今日。
 「……洒落になってねぇぞ、オイ」
 思わずこぼれた銀時の悪態を拾う者は生憎と近くには居なかった。倒れ伏している悪漢達が、ざまを見ろと冷や汗をかく銀時を嘲笑う事も無ければ、すいませんでしたと謝る様な事も無い。
 スマートフォンを折りそうなぐらいに握りしめながら銀時は立ち上がると、直ぐ様に駈け出した。決行の日は今日だが、時刻にはまだ余裕があると言い聞かせながらも足は止まらず、袂に仕舞った携帯電話を取りだしてもどかしく文字を打ち込む事も無かった。
 のんびりと、スマートフォンに入っているメールを改めて説明する様な山羊の手紙の遣り取りなぞをしている余裕は無い。そう、屁理屈にもならない言い訳を唱えながら銀時は、地図に示された地点へと向けて走った。
 危険になぞ関わらず逃げると。そう言い放った宣言が早くも嘘になった事に果たして土方は怒るだろうか。それとも、解っていた、と諦めるだろうか。
 ──恐らく。銀時の知る土方であれば後者だ。だが、万事屋に対する『依頼主』である土方ならば、怒るだろう。
 その想像が容易かったから、益々に銀時は苛立ちを呑み込んで駈けた。
 これが、依頼主と万事屋との関係を決定的に損なうものであったとしても最早構うまい。望んだのは、近付けたかった言葉の端々に潜ませたものは、少なくとも今の此処には無い。況してや、懐の中の役立たずの器物の中にもある訳が無いのだから。





なまじ理解を通り越してるから起こる悪い例みたいになって来ました…。

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