?→! / 17 「信じてくれよ、俺がやりたくてやったんじゃない、アイツに言われてやるしか無かったんだ!だって、やらねぇとアイツに、アイツらに今度は俺らが殺されると思って…、」 小窓の向こうで男が嘆く声がスピーカーを通して聞こえて来る。焦りと怯えとに彩られた表情を忙しなくあちらこちらに向けて、聞く誰かが己の声を聞き届け救ってはくれまいかと縋る様に振り絞る声。 改造した派手な着物。腕にはタトゥー。派手な鳥の羽の様に染めた頭髪。そんなチンピラじみた風体の男は、普段ならば町中で無駄に尖った態度で生きて来たのだろう尊大で自信と自尊心とに満ちていた態度なぞ僅かも見せず、警察に連行されて来てから向こう、ああやって嘆きに似た声を上げては情状酌量を必死で訴えて来ていた。 男の罪状は、幕府に対する反逆行為──テロへの荷担。所持していたスマートフォンの中には爆発物──ぐれむりんの事だが──を仕掛ける様指示されたメールの他にも、ぐれむりんの取り扱いについて調べた痕跡や仕掛けた罠の材料購入に使用された履歴が出て来ている。 疑わしき灰色は黒、とみなす傾向の多い真選組的な判断基準ではこれだけで十二分に真っ黒なのだが、肝心のテロ行為自体が未遂に終わった事もあってそう重い罪状に問う事は難しい。 だが、時に司法を擦り抜けるだけの『対テロ』と言う権限を持ち合わせている真選組には幾らでも取れる手段がある。男は噂でかその事実を知り得ていたらしく、自らに必要以上に重い罪状を掛けられるより先に自ら情状酌量を求めて堰を切った様に話を吐き出し続けていた。 司法取引を持ちかけるまでも無かった、と、取調室の窓からすっかり消沈しきっているらしい男を観察しながら土方は思う。だが、その横顔には失望と苛立ちとがくっきりと浮かんでいた。 男の罪状は本来ならばもう一つある。それは、一般人を暴力目的で襲撃した事だ。 然し生憎と、被害者たる男に外傷は無く、襲撃の事実さえ否定しているのだから立件すら出来ていない。現場を具に調べた上でその事実を発見し突きつければ男は大人しくそれを認めるだろう確信はあったが、肝心の被害者は恐らくそうした所で素知らぬ振りを続けるだろうと言う確信も同時にあって、土方は怒りと苛立ちとを持て余して、その想像に舌を打つぐらいしか出来ない。 一般人を卑怯にも複数人で襲撃しようとした、と言うだけでも既に業腹だが──その『一般人』が決して無力な存在で無い事は問題ではない──、怒りの焦点はどちらかと言えば加害者よりも被害を頑として認めないだろう一般人の側に寧ろある。少なくとも今回の場合は。 一般人が──銀時が、幾ら『猫』探しの依頼の最中とは言え、ひとけが無く危険な界隈へとふらりと出掛けたとは思えない。況して、偶々出掛けた先に、偶々一般人を襲おうとしていた悪漢のグループが居た、などと言う偶々続きがある訳は無い。 なれば、明白だった。銀時は恐らく何かの手段でその場に呼び出され、そうして襲撃を受けてそれをいなして、連中の所持していたスマートフォンからテロの目論みの情報を得たのだ。結果、土方と真選組は現場に駆けつけ、ぐれむりん(分裂増殖済み)を無事確保に至った。 だがそれは結果論だ。襲撃の人数や方法に因っては何らか銀時が被害を被った可能性は──長年『襲撃』に類するものをあれこれと経験してきた土方には──否定出来ない。銀時の強さは理解しているし信頼してもいるが、それでも払い除けられない『何か』が起こる事は有り得る。 それもだが、更に土方にとって最も信じ難かったのは、銀時がテロの現場に居合わせていたと言う事だった。 銀時は依頼通りに土方に連絡して寄越して来たが、自身までも現場に赴くと言う余計な行動は依頼内容には当然だが含まれていない。どころか、危険には関わるなと以前に土方は釘を刺している。 銀時のお節介な性質を思えば、首を突っ込む事ぐらいは想定して然るべきだった。実際土方は銀時から件のメールが転送されて来た時にそれを察していた。 だが、実際に爆発物(ぐれむりん)を前に右往左往している姿を目にした時には胃の腑が心底に冷えたのだ。駆け寄って首根っこを掴んで建築現場から追い払って、それから殴ってやりたいぐらいに握りしめた拳は震えていた。恐れと、怒りとで。 然し何よりも度し難かったのは、そんな現場を前にしても冷静な指揮官である事を選んだ己の行動にだった。土方は、駆け寄りたくなった足をその場に留めて部下にぐれむりんの、沈静薬アンプル射撃を命じる事を第一に選んだ。 テロを防ぎ江戸の治安を護る、或いは、将軍の所有物であり最重要目標であるぐれむりんを無事確保した、と言う意味では、土方の行動は間違ってはいない。その行動が結局正しかったのか、ぐれむりんは爆発寸前に鎮静薬を撃たれて爆発を免れ回収された。 ……それもまた、結果論だ。ぐれむりんが後少し長く携帯電話のコール音を聞いていれば爆発していたかも知れないし、そうなるより先に銀時が携帯電話を発見し壊していたかも知れない。 可能性の論なぞ幾らでも言えるし想像するのは自由だが、どうした所で己の選んだ決断が、依頼に従事してくれていた銀時に対して酷く薄情であった様に思えてならない。それ故に土方の怒りは、己の繰り言めいた悔恨と、依頼を越えて、忠告を裏切ってまであの場所に居た銀時に対して向けられている。 銀時が先に現場に辿り着いていなければ、真選組が安全を確保しつつ現場を捜索してぐれむりんの元に辿り着くより先に爆発は起こっていたかも知れない。その可能性を問うのもまた、無意味な繰り言だ。 (あの野郎は何を考えてんだか……) わざわざ釘を刺したにも拘わらずそれを明かに無視しての振る舞いなのは、銀時本人に問い質すまでも無く明かだった。依頼と言う言葉の効力は万事屋稼業なぞやっているのならば重々に承知だろうから、それでも依頼主である土方の意向を聞き入れなかったと言う事には恐らくは銀時自身の感情が色濃く出ている。 例えば、犬猿の仲の相手だから。例えば、土方が万事屋の矜持を軽んじる様な真似をしたから。 ──或いは。 「副長」 不意にそう呼び掛けられて土方の意識は埒もない思考の波間から引き戻される。はっとなって意識を視界へと戻せば、どうやら聴取の終わった所らしい。派手な頭の男が手錠を掛けられた手を前に、引き立てられる様にして部屋から出て行く姿が小窓の向こうにはあった。 「……ああ、」 返事の無い事を訝しみ、伺う様に見上げて来る部下へと軽く頷きを返して土方は眉間を揉んだ。答えも無い様な物思いに没頭し過ぎて、寸時飛んでいた意識が現実へとなかなか戻って来ない不覚にそっと溜息をつく。 「少しお疲れなのでは…」 聴取内容のファイルを手渡しながら言う部下の表情には気遣わしげなものが乗っている。大事ない、と仕草で返すが、土方やぐれむりん捜索の任に当たっている者らがここの所働き詰めである事を知っている部下は案ずる様な表情を引っ込める事は無かった。 「少し息抜きをしたらどうでしょう?ひとまずの件は片付いた訳ですし…」 「ひとまず、な」 捉えた言葉尻には少し嫌味めいたものが潜んだ。一先ず、目下の問題点だったテロは防げたし、ぐれむりんの何匹かも確保出来た。確かに『ひとまず』落ち着いたのは事実だ。 だが、今回確保したのが具体的に何匹分だったのかは分裂した状態では解らないが、元のサイズには未だ足りない事だけは確からしい。期日は変わらず迫る中、残り何匹とも知れないぐれむりんを、しかもまた分裂させられているかも知れないものを探さなければならないと言う絶望的な状況には依然変わりは無い。 ぐれむりんの事だけでも重々過ぎるぐらいに頭が重たい難問だと言うのに、銀時の厄介な──土方の意に沿わない──行動にまで頭を悩ませなければならないのは些末とは言えない問題である。 (………俺が、勝手に気にしてるだけ、かも知れねェが) 気に病んで気を揉んで、勝手に気にして勝手に悩んで落ち込んで憤る。全てが銀時に対して土方の抱いた、役立たずの恋情の為せる業だと思えば益々に馬鹿らしくなる。 「えと、その…、余計な世話だったらすいません」 「いや…、そうだな。休憩がてら少し出て来る」 土方の沈黙を不機嫌由来のものと取ったのか、おずおずと謝罪を投げて来る部下にそう言うと、その肩を労う様にぽんと叩いて土方は廊下へと出た。足早に一度自室に戻って調書のファイルを置き、少し考えてから、お上から貸与されている狙撃銃の入った細長い鞄を手に取る。 馬鹿らしいと思えば、そう言えば最初からそうだったのだ。女子並にどうでも良い様な言葉ばかりをメールで紡いで寄越した男に、質は違えど苛立ちを憶えるのは今に始まった事では無い。 そしてその原因も概ねが、土方自身のこの感情に起因している。浮かれるも沈むも苛立つも案じるも。それこそ馬鹿馬鹿しくなる程に。 携帯電話が銀時の言葉を伝えて来なくなって、果たしてどれだけの時が経ったのか。そう長くも無い事の筈だと言うのに、持て余す感情に怠惰に慣れきった心はそこに何かの空白を見出しては現実を知らしめて来る。 我知らず浮かんだ苦い表情を煙草の苦味に無理矢理変換して、土方は見廻りだと門番に言い置いて真選組屯所を出た。行き先は無いし何か明確な目的がある訳でもない。一応はぐれむりん捜索の目的だと言う名目にしようと思い、ぐれむりんを無力化する薬剤のアンプルがセットされた狙撃銃を持ち出しては来たが、無目的に歩いて今更見つかる訳などあろう筈も無い。 とは言った所で、屯所にこの儘居ても何が出来るでも無いと言うのは事実だ。押収したスマートフォンは分析待ちだし、捕まえた連中から聞き出した情報については未だ精査を行う必要がある。それらの何れも、取り敢えず土方が今すぐに何かをしなければならない事は無い。 かと言って屯所に居るとまた何か仕事を探そうとするだろう己の性分は解っている。そんな状態で部下の口にした通りの息抜きとやらが出来る気もしないのだが、この儘答えの出ない自問を繰り返し続けるのは何よりも無駄だと思ったのだ。 こぼれそうになった溜息を呑んで目を僅かに眇めると、土方は意識を切り替えながら町中へと出て行く。息抜きの名前であろうが、一度外に出れば身に纏う黒い装束がその役割をひとつに縛る。我知らず背筋を正して、土方は常と同じ様に自らの危機察知センサーを視界内に、或いは外に張り巡らせて進む。 いつもと異なって、腰の得物の他にも何やら長物を肩に担いだその姿に、人々がちらちらと視線を向けては直ぐに興味を失って離れて行く。 自然と、猥雑に賑わうかぶき町の方面を避けた足が比較的大人しい界隈へと向かう事に気付いて土方が顔を顰めたその時、制服のポケットの中で携帯電話が着信を知らせて震えた。 「……」 聞き慣れない着信音を響かせて震えるそれを手に取った土方は、ディスプレイに表示された『万事屋』の名前に思わず足を止めた。今し方まで己の裡でぐるぐると感情を無意味に引っ掻き回してくれていた張本人の名に自然と眉根が寄る。 メールではない。音声着信。 捜査に進展があったのだろうか、と考えてから反射的にその考えを否定する。そんな訳はない。そう判断を下したのは土方の感覚器官の訴える勘としか言い様の無いものだ。 「……もしもし?」 ボタンを押す手は落ち着いていたが急いていた。足を止めて、耳に受話部を押し当てて、じっとスピーカー越しの音声へと意識を研ぎ澄ませる。 《 》 問えど、返るのは不快なノイズ。いつかと同じ沈黙の中に思考と可能性と予感とが渦を巻いて土方の心を徒に掻き乱して溢れる。 携帯電話の触れている頬を嫌な汗が伝い落ちるのを感じた。これは予感や勘ではない、ただの形無い怖れだと薄らと自覚する。 危険な連中に襲撃を受けた事。爆発寸前のぐれむりんの所に居た事。どちらも土方にとっては度し難い愚かな行動でしかなく、同じ様にどちらも土方にとっては良くない、恐ろしい、最悪の可能性さえも想起させるものだった。 銀時の性質はそれなりに見て知って来ているつもりだ。だから、何れの場合も銀時ならばそうするであろうとは容易く予想出来た、結果だ。銀時の事を信じてはいるから、危険とその無事を同時に確信している。そして土方がそれに直面した所で銀時の安全よりも目先の任務や役割を優先するだろうとも。解っている。 ──それでも。そうと解っていても。それしか、出来なくとも。 (護れねぇ程、怖ェもんは無ぇんだ。解ってるだろうがそんな事…!) 信じていても、信じ切れない、確信しきれないその感情は、紛れもなく土方の裡から現出して仕舞ったこのどうにもならない恋情の作り出した錯覚だ。本来抱く必要の無かった、枷にしかならない感情だ。 畜生、と舌を打って、無意味なノイズばかりを響かせる電話を切る。またいつかの様に誤動作だろうと笑い飛ばす己の声を、僅か前に垣間見た嫌な光景が残酷に打ち消す。爆発寸前のぐれむりんを今にも弾け飛ばそうとする無情なコール音を前に、己が逃げる選択肢を棄てて最期まで向かって行った銀時の──万事屋の、戦う姿。 あの男を危険に晒したのは土方の責任だ。土方が依頼を持ち込んだから、銀時は逃げずに立ち向かう事を選んだ。否、依頼が無くともそうしただろう。故に、『依頼』と言う形で銀時を渦中に巻き込み、そうする道を選ばせた土方にこそ全ての責と咎がある。 銀時は『そう言う』人間だから。土方が何と意見した所で、一度関わった人間を、憎まれ口を叩きながらも放り出したりはしないのだと、その確信だけはいっそ腹立たしい程鮮やかに強く感じられる。 だから、もしもまた。もしもまた、あれと同じ様な事が起こっていたら。もしもまた、逃走中の犯人グループの襲撃を再び受けていたら。 杞憂であればそれでいい。だがもしもそうでなければどうする。選ぶのは、選べるのは常に片方で、後悔の無い選択肢を、と問えばそれは最早一つしかない。 一度浮かんだ可能性の予感は、土方の裡の確信を容易く乱し書き換える。それでも、と。 返事の無い通話を切った土方は素早く真選組屯所へとコールし、銀時に渡した携帯電話のGPSから現在位置を割り出す様に早口で命じる。 待ったのは迂遠程に長くはない寸時の間。電話の向こうの隊士の調べ上げて寄越した地名を聞くなり土方はその場から駈け出していた。 憶えのある、少しばかり治安の宜しく無い界隈。後ろ暗い商売を幕府に隠れて行う者なども隠れ住む、町とは名ばかりの攘夷浪士の吹き溜まり。押収したスマートフォンのGPS記録の一部にもこの辺りから発せられた記録があると言う。そんな場所。 これはいよいよまたぐれむりんを本当に発見したと言う可能性も有り得るかも知れない。あの時の様に、何かを見つけて何かを伝えようとコールをした可能性も否定出来ない。 自らにとっても危険の伴う地域であったが、土方は構わずそこに飛び込んだ。割ける手も、尽くせる可能性も、全ては己の不安の払拭の為でしかない。 護れるものを、護れず終わるのは御免だった。幼い頃に憶えたその恐怖は、警察となってから、土方の意識を益々そこへと向かせる様になった。 近藤や沖田に対しては『そう』なるとは思わないし思えない。有り得ない、と否定するのは己の自信故にだ。己の造って、培って来た様々なものがそこに浮かぶ恐怖を容易く拭い去ってくれる。 だが、ここに来て知った恋情はそんな奢りを己に決して赦そうとはしてくれない。 それは恐らく、銀時が一般人であるからだ。腕に憶えがあって、沖田とも互角以上に渡り合う男は紛れもなく勁い侍で、それは違えようもない事実でしかない。それでも、警察としての土方が遵守する役割の下に、彼らの存在はある。それでいて、己の手の決して届かない所に彼らの存在は居る。 だから怖れる。だからこそ信頼が砕ける。己には護られない存在である男の事を、無条件の安堵で受け入れる事が出来ないのだ。 恋をすると人間はこんなにも弱く、怖れに挫けるものになるのだ、と、すっかりと遠くなった記憶の向こうで未だに痛みを伴って眠る切ない感傷に蓋をして、土方は走り続けて来た足を止めた。 「……、この辺りだった、筈だ」 息を整えながら口中で小さくこぼして、辺りを見回す。夕暮れに傾き始めた町を紅い残照で彩ったそこは、一見ただの町屋や小さな工場の建ち並ぶ風景でしかない。 歩く人間の姿は奇妙なぐらいに殆ど無い。それらも一様に警察の姿をした土方から目を逸らしそそくさと逃げて行って仕舞う。そんな静かな世界を土方はそっと踏みしだいて歩く。己の荒くつく呼吸音だけが、平和としか思えない世界の中に場違いに響くのが煩わしい。きっとこの場で何よりも無粋なのは、犯罪者ではなく己の方なのだろうと考えれば何だか可笑しくなる。 そうして、乱れた呼吸音が漸く収まった頃、土方は遂に銀時の姿を発見した。 「…………」 思わず足を止めて辻の角に佇むが、家の前で女と話している銀時が道を曲がったこちらへと顔を向ける事は無く、二人は何やら談笑している様だった。 女の方は何処かで見覚えがあったかも知れない、作務衣姿の鍛冶屋だ。家の前に置かれた何やら重たげな荷物を銀時が運び入れている様子からするに、依頼でも受けたのだろうか。 少なくとも、土方の懸念していた様な『可能性』はそこからは何一つ見受けられはしない。 また、あの時と同じ、携帯電話の誤作動であったと言う事だ。 「………………、らしくも、無ェな」 杞憂で済んだ。最悪の結果やそれに近い可能性など無ければそれに越した事は無い。そう笑い飛ばそうと呟いた言葉は、自分の言葉だと言うのに酷く態とらしく乾いて聞こえた。 急激な脱力感に任せる儘、寄り掛かった塀を滑ってその場に座り込んだ土方は煙草をくわえた。火も点けぬ儘に歯の間に置いて、それからゆっくりと軋らせた歯の狭間で噛み潰す。 本当に潰して吐き捨てたかったのは、己の愚かな感情と無様な恋心。一人勝手に浮かれて苛立って怖れてそれでこの様だ。 一人で勝手に昇華し呑み込んで仕舞えば良かった恋情が、あの男の下らない言葉の数々で色付いて根を張って、そうして愚かに留まった。だからだ。──だから、だ。 これは棄てるしか無いものだった。端から何処にもやれないものだと解っていたのに、どうして無機質なテキストの向こうに何か違うものを見つけようとして仕舞ったのか。 それが誤りだった。それが過ちだった。だからこうして己の愚かな失態に奥歯を噛んで無力に空を仰ぎ、無様を嘲笑う事になる。 この恋情をどうしようか、など。答えは初めから決まっていたのだ。 ただ、それを徒に引き延ばそうと、躊躇おうと、甘えてみようとした、たったそれだけの、未練の生んだ愚かしい話でしかなかった。 土方って基本的に心配性で慎重なんだと、地愚蔵の話とか見るとほんとそう思う…。 ← : → |