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 江戸の平和を護る警察のトップである警察庁長官の横暴とも言える振る舞いを良く知っている。
 昨今の、家柄だけは立派で碌に仕事も出来ない幕僚連中とは異なり、年齢の割には『デキる男』なのは間違いない。口先だけで何もしない上の連中や、エリート面を引っ提げたいちいち嫌味な男と比べれば充分にマシな上司なのだろうと土方は思っている。
 柄が悪く口も悪い。ほいほい気軽に銃は撃つわ大砲は撃つわ、何かと面倒事を持ち込んで来るわ──と挙げればキリが無いぐらいこの上司には苦い思いも辛い思いも味わわされて来ているのだが、土方ら真選組の方も結成当初は同じ様な事をして逆に上司の胃を痛めていたのだろうから、多少の上司の無茶振りぐらいは黙って聞いてやるぐらいの義理はあるし恩もある。
 ……とは言え。
 「……っつぅ訳で、捜し物は将軍のペットだ。いや、国の外交の未来を担うかも知れねェからなァ、ペット『様』だ。とにかく探せ、無事に戻らねェと捜索に当たってるお前らもただじゃァ済まねぇからな?そこんとこヨ・ロ・シ・ク頼んだぞ」
 登庁して来た近藤と土方らに対して、いきなり机の上に一枚の写真を差し出してこの発言である。
 「……………はァ?」
 思わず素っ頓狂な声を上げて仕舞った土方だが、問題も多いが恩も多い上司である松平に対してはそれなりに寛容な心地で相対する様にしている。今まで散々に世話になって来た負い目や義理があって逆らい辛いのは勿論だが、それ以上に、
 「だァかァら、ペット探しだよ。将軍のペット様の捜索をお前らに頼みてェっつってんだよ。解ったんならとっとと動けや。あ、言っとくが制限時間付きだから。見つけらんねェとお前ら全員切腹だから。切腹」
 この上司には何を反論しても無駄だと散々に思い知っていたからである。
 煙草から思いきり良く煙を吐き出して、行け、とばかりに手を振ってみせる松平の姿を見返す事数秒。土方は自らも溜息と共に煙草の煙を吐き出して両肩を落とした。卓の上に無造作に置かれた写真を見下ろせば、そこには太った猫の様な生き物の姿が写し出されている。言葉通りならばこれが今し方言われた件のペット──否、ペット様なのだろうが。
 (一見猫にしか見えねェが、どうせただの猫なんかじゃねェんだろ)
 「とっつぁん、将軍様のペット様となれば我ら真選組も総力を挙げて探さねばならん。この猫は一体どこでいなくなったんだ?まずはそれを教えてくれ」
 「猫ォ?いンや、そいつァ猫なんかじゃねェよ。とある星の皇子様からの頂き物でな、稀少な宇宙生物の一体だ」
 土方の胸中の疑問に偶然にも答える形になったのは、傍らに佇む近藤と卓の向こうの椅子にどしりと背を預ける松平の遣り取りだった。どうやら想像通りにペット様は『猫』ではないらしい。
 しかも、『頂き物』とくれば、先に言われた外交云々と言う事情、切腹と言う言葉も頷ける話だ。他星の皇族からの賜り物は友好や親愛の証とされる為、どの様な物品や生物だろうが、壊さぬ様殺さぬ様丁重に扱われなければならない。
 それを探せと言う事は、つまりはペット様はペットの身から逃げ果せたと言う事だ。友好の証を軽く扱ったとなると何かしらの謗りは避け難いし、それを理由に外交面、政治面で難癖を付けられる蓋然性は高い。外交的な意味を考えれば到底棄ておく訳にはいかない大問題である。
 やっぱりな、と思いながらも土方は然程には表情には出さず、黙って説明の続きを促した。「宇宙生物?」代わりに近藤が誰何の声を上げるのに、松平は鷹揚に首肯を一つ。
 「珍しいだけの生き物じゃねェ。『使い方』を誤れば兵器にもなる。探し出さなきゃなんねェ期限は三週間以内だァが、もっと早い方が望ましいな。オジさん面倒な話は嫌ェだから、万が一にでもペット様がそこらの攘夷浪士のテロに使われたりしちまったら、てめェらに腹斬らせてトンズラこかせて貰うから。精々気合い入れて探しやがれ」
 「──ちょっと待て」
 またしても煙草の煙と共にさらりと言われて、今度は流石に土方も声を上げた。鼻の頭にかなり深く皺が寄っているだろう事は承知で溜息を吐いて言う。
 「そりゃ何だ、つまりこのデブ猫にしか見えねェペット様とやらは生物兵器か何かって事か?そんなんを探すとか探さねェとかより、そんなんを将軍のペットにっつって貰う事自体問題だろーが!何考えてんだ!」
 「そいつは違うぞトシ、生物兵器じゃねェ、生物兵器にも成り得る生物ってだけだ」
 「どっちでも同じだろーが!」
 だん、と土方の両手が卓を叩き、件の猫──否、生物兵器疑惑のあるペット様の写真がはらりと床に落ちた。近藤が屈んでそれを拾い上げる。
 「いーいや、全然違うに決まってんだろ。何せ知らなきゃただの『猫みてェな生物』だ。あ、言っとくが将ちゃんも知らねェ話だからコレ。友好の証に貰った猫っぽい生物が爆発物だったとか口が裂けても言うんじゃァねェぞ?」
 「オイもうツッコミ切れねェんだけど?!何で爆発物なんぞ友好の証に貰うんだよ、友好じゃなくてただのイヤガラセだろーがそんなん!」
 「あちらさんも余り深く考えてなかったみてェだからな、まぁ仕方あるめェよ。知らねェとは言え受け取っちまった以上は爆発物だろーが猫だろーが、将軍の財産で国の財産なんだよ、諦めやがれ」
 ずい、と突き出された松平の人差し指に青筋の浮いた額を押されて、土方は歯軋りをしながら項垂れた。上司の持って来た今回の厄介事は、ペット探しなどではなく爆発物の捜索だったと言う事で諦める他ない様だ。
 「ま、普通に扱ってりゃただの猫っぽく見える宇宙生物でしかねェからあんまり心配すんな。詳しい取り扱い説明はこの中に入ってるから全部目ェ通しとくんだぞ」
 重くなる土方の心地とは真逆にも松平の声は何処までも軽い。言いながら卓の上に置かれたのは懐から取り出した小型のフラッシュメモリだ。土方は露骨に不承不承さを示す溜息を吐き捨てながらそれを受け取って隊服のポケットへと押し込む。
 「俺達に任せておいてくれ、とっつぁん。爆発物って事も勿論問題だが、何よりペット様が居なくなった事で将軍様もきっとお心を痛めておられる事だろう。なるべく早く将軍様にお返し出来る様、真選組も全力で当たらせて貰う」
 土方は、どん、と胸を叩いて言う近藤の手から先程の写真を受け取って、今度は胸中でだけ溜息をついた。確か以前もそんな台詞を放って将軍のカブトムシだかクワガタムシだかを探したのだと思い出してみれば、自分がどんなに気が進まなかろうが馬鹿馬鹿しいと思おうが、義理人情に厚く人の良い近藤にそれを断る道理なぞある筈も無いのだ。
 「頼んだぞ。このペット様が姿を消したのは城中からだ。何匹かまとめていなくなっちまったからな、城の人間も捜索に当たっちゃァいるが、正直数が数なんで手を焼いててなァ」
 「…………………」
 またしても。またしても、さらりと付け足された発言には聞き捨てならないものが混じっていた気がする。
 最早怒鳴る気力も無く、土方は手にした写真を見下ろして力無く笑みを浮かべた。出来るだけ皮肉気に見えていれば良いと思いながら、溜息の代わりに深呼吸を一つする。今息など思いきり吐いたら愚痴や文句まで際限なくこぼれ落ちそうな気がしたのだ。
 「……つまり、俺らに与えられたのは、市中から複数の爆発物を捜索するって任務で良い訳だな?しかも出来るだけ早急に。爆発物本体にも町にも被害を出す事無く」
 すれば、松平は土方の物分かりの良さに満足がいった様に口の片端を吊り上げて笑んでみせた。皮肉ではない、単に諾を示す様に。
 この上司には何を反論しても無駄である。今一度、諦め以上の諦念を以てそう諳んじてから、土方はそんな松平の、頼もしさの無く只管にふてぶてしい姿を見ながら今一度手に持った写真に目を落とした。長毛で太った猫にしか見えないそれも、宇宙生物だの爆発物だの暫定複数匹──しかも数が数と言われる程に多いのだろう──居るだろう事を思えばただの厄介な代物でしかない。
 どこぞの皇子様からの頂き物。宇宙生物。爆発物。期限付き。大凡たかだか小動物にしか見えない生き物に当て嵌めたい言葉では無いのだが、事は思いの外に厄介で面倒な事であるのだとは、最早否定しようが疑おうが消えない事実だ。
 ともあれ、だ。真選組が捜索するのはただのペット様ではない。ペット様に限りなく近いが、そうではない危険生物なのだと言う事実がある以上、これは最早雑用ではなく立派な『対テロ』の為の組織の任務である。
 こうなった以上、暫くは慌ただしい事になりそうだ。







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