?→! / 4 銀時が路地裏で土方に遭遇してから数時間の後。 己で宣言した通りに銀時はコンビニで缶ビールとつまみを買って帰宅し、土方はこちらもまた己で宣言した通りに万事屋を単身で訪れていた。 「待たせたな」 チャイムの鳴る音に呼ばれ、玄関へ客を迎え入れに行った銀時にそう言って寄越す土方は、先頃見た侭の空手ではなく何やら小振りな紙袋を携えていた。まだ真新しそうな紙袋の表面には有名な携帯電話メーカーの名前が印刷されている。言った通りならばそれが『野暮用』とやらの内容なのだろうが、銀時には中身の見当は皆目つきそうもない。 「ガキ共はどうしてる」 「相手が猫だからな、手分けして探してる最中なんだよ」 居間へと通されるなり、土方は室内をぐるりと見回して問いて来る。銀時はよもや警察の持って来た『依頼』かも知れない内容に子供らの手まで必要だとは考えていなかったので、二人にはまだ何も話していない。昼食の後から別行動だったので話す機会が無かっただけとも言えるのだが。 「そうか」と感情の余り乗らない相槌を寄越す土方の顔に難色の気配は無い。新八や神楽が居ようが居まいがどちらでも構わなかったと言う事なのか、頷くと勧められるより先にソファの上へと腰を下ろした。 「何かいるか?水しかねェけど」 端から、土方が暢気に水なぞ飲む訳は無いだろうと決め込んだ銀時が向かいのソファに腰を落ち着けながら訊いてみれば、彼はどこか呆れた風に溜息を吐いた。 「そこは世辞でも茶と言っとけ。客商売だろうが一応」 「世辞だから訊いたんだっつぅの」 「成程?」 土方を客として持て成す気は銀時には無いし、土方とて客の身に甘んじる為に万事屋を訪れた訳では無いだろう。その互いの立場と意思の確認を込めてせせら笑う様に返した銀時に向けて、土方は、ふ、と鼻から抜ける様に笑ってみせる。いつもならばなんでかんでと怒るなり文句の一つなり出そうな遣り取りなのだが、一応依頼だか用件だかと言う手前で来ている自覚は忘れていないのか、話が本題に入る前に喧嘩腰になるつもりは無いらしい。 いつも二言か三言目には何かしら言い合うか投げ合うか胸倉を掴み合うのが、銀時と土方の常だ。だからか、いつにない相対に遣り辛さと居心地の悪さに似た感覚を持て余して、誤魔化す様に銀時は腕と足とを組んでソファの背に体重をどさりと預けた。 「………で、頼み?依頼?どっちでも良いが、犯罪に関わらせんのは無しで頼まァ」 「安心しろ。てめぇらの今請け負ってるっつぅ『猫探し』に纏わる追加注文みてーなもんだ」 言うなり土方は傍らに置いた紙袋に手を突っ込むと、中から取りだした小さなものを卓の上へと置いた。それは、昨今では見かける事など珍しくも何ともない、江戸に住まう人間の八割方が所持しているだろう小さな機械(からくり)──二つ折りの携帯電話だった。 「……はい?」 グレーがかったシルバーのボディカラーのそれをまじまじと見つめた銀時が語尾を上げるのに、土方は淀みのない手つきで煙草を取り出し唇の間に挟んでから一言だけ、 「携帯電話だ。プリペイド式のな」 そう、「はい?」と言う銀時の言葉に込められた疑問の一部だけを答えて寄越した。しかもそれはどちらかと言えば概ね見ただけで察せる事柄で、疑問の本質に対する明確な解答には全くなっていない。 目で説明を請う銀時に、土方は火を点けた煙草からゆっくりと息を吐き出してから言う。勿体を付けていると言うよりは余り気が進まない様にも見える態度ではあったが、どこか疲れた様な溜息からは面倒さや億劫さではなく純粋な疲労や悩みが滲み出ている。 背に腹は変えられない。そんな言葉が銀時の脳裏をふと過ぎったのとほぼ同時に、その想像は違えていないと肯定する様な説明を土方は言い添えて来た。 「……要するに、件の『猫探し』は真選組(うち)でも『極秘』の名目付きで請け負わされてる大問題な訳だ。依頼主がそよ姫って辺りから、まあどう言った経緯かは大体想像はつくだろう」 兄上様が。そよ姫からの依頼内容の説明を銀時が思い出した時、同時に浮かんだのはそんな言葉だった。将軍──とその周囲の人間たち──の失態が外交に纏わるやも知れない、そんな事態が幕府内で大事として取り沙汰されていない訳も無い。 (やっぱ将軍かよォォォォ!) 彼の将軍様が真選組に直接『お願い』をした、とは考え難いが、真選組の最大の後見人であると同時に彼らを顎で使う事も可能な権力者からの『お願い』であるのならば、真選組も『猫探し』の命を受けていると言う話の筋は確かに通っている。 況してそよ姫は『内緒で』『個人的に』万事屋へ依頼を持って来たのだ。そよ姫がそこまで案じる程に事態が切迫しているとなれば、幕府に動かせる組織の中でも市井に影響力を持つ真選組が動かされている事自体何ら不思議な話では無い。 また、逆に言えば、幕府で動かせるだけの力を割いて猶、問題の猫は発見出来ていないと言う事にもなるのだが。 「あー…なんだ、つまりお前らはまた将軍様のペット探しに駆り出されてると、そう言う話?」 よくよく観察していれば僅かに見えて来る土方の疲労具合を思えば、向ける視線にも同情的なものが乗って仕舞う。だが、途端にぎろりと音がしそうに目を細める土方から見れば、同情など小馬鹿にされている様にしか思えなかったらしい。 「事実だけを言えば間違っちゃいねェ。だが、生憎真選組(俺ら)も今は多忙な所でな、カブトムシだのペット探しだのに大きく人員を割いてる余裕はねェ。で、だ。江戸中を猫探しして回っても目立たねェ、フットワークも軽いてめぇら万事屋に協力を依頼したいって訳だ」 それでも『依頼』と言う事情を優先したのか、目元にだけ浮かんだ瞬間的な怒りを長引かせる事も無く土方は要点だけを連ねると、卓の上に置いた携帯電話に視線を向けた。 「真選組からじゃなく、俺個人から、と言う形にはなるが、正式な依頼のつもりで話をしている。飽く迄依頼は『猫』の確保じゃねェ、捜索だ。つまり、『猫』を発見次第連絡をくれりゃァ良い。 勿論、姫様からの『依頼』とは別扱いで構わねェから必要経費は持つし、成功すりゃ報酬も出す」 言って、僅かに顎を擡げて見せる土方の、「どうだ?」と促す仕草と、銀色の携帯電話とを暫しの間見比べて、銀時は返答を悩む風情で目を閉じた。 話としては悪くない。主に金回りの面では。 土方の告げて来た依頼内容も理に適っているし、疲労の気配も濃い。実際真選組は降って湧いた厄介事に対して──しかも将軍様のペット探しと来れば無碍にも出来ない──困り果てているのだろう。 『猫』を発見次第連絡を寄越せ、と言うのは手柄の為だろうか。幕府の面子を考えれば、民間人の万事屋が、総出でも捕らえる事の叶わなかったそんなご大層な『猫』を捕まえて来ました…と言うのは大問題になる。 (……いや、つうかそもそもそこだよな。なんで幕府の人間が──幾ら無能だとしても数だけは居る筈だろう、そんな連中総出でかかって『猫』の一匹も見つけられてねェってのが……、) 胸中に蟠った不審感には満たない疑念を浮かべる銀時の言わんとする事を察したのか、土方はふんと鼻を鳴らして目を閉じた。煙草を指で摘んでゆったりとした息を吐き出す。 「念の為言っておくが、問題のペット様──『猫』については、地球産のただの『猫』とは言えやしねェ取り扱い上の問題がある。そうじゃなきゃ、上の方は兎も角真選組(俺ら)までこんな些事にもたくさやりゃしねェよ」 言って肩を竦めてみせる、気取っているか勿体を付けている様にしか見えない一連のそんな仕草も、この男がすると妙に様になって見えるから不思議なものである。それはなまじそこいらの舞台役者などより余程に整った容貌がそう見せるのか、単に動作のひとつひとつにまで自信や矜持が溢れているからなのか。 思ってから何だか癪に障ったので、銀時は視線を煙草の煙を追い掛ける様な自然な所作で天井へと逃がした。ら、その煙が唐突に途絶えたのでまた視線を前方へと戻さねばならなくなった。見れば、土方の指が摘むまだそんなに短くはなっていない煙草は、手にした携帯灰皿の中にぐしゃりと潰されていた。 ひょっとしたら煙を気にしていると思われたのだろうか。その割にソファに座す態度には申し訳のなさやしおらしさの欠片も見て取れそうもないのだが。 それはさておき、である。 「幕臣様が口にしちゃいけなさそうな言葉が幾つか聞こえたが、まァそっちは聞かなかった事にしてやらァ。で、その問題の『猫』の取り扱いの問題ってのは?そこらへんはっきりしてねェと依頼としては不味いんだけど?」 「……ここから先は幕府の抱える『機密』になる。だから、てめぇが依頼を受ける、って応えを寄越さねェ限りは悪ィが話す事は出来ねェ」 銀時の軽口に顰めかけた表情を、恐らくは意識してだろう、固い質のものへと変えると土方は、手持ち無沙汰になった腕を緩く組んだ。 「………」 思わず閉じた口で「へ」の字を形作った銀時だったが、正論と言えば正論である土方の言い分に対して真っ当な反論は出て来ない。依頼を受けなければ詳細は話せないと言うのは道理だが、幕府の人間と言う立場を笠に着せて上から下へと言われている様で業腹に思える事に変わりはない。 万事屋として手柄が欲しい訳では別にない。そもそも銀時は最初から『猫』が見つかったらそよ姫に渡すつもりでいたのだ。神楽の親友の姫君からの非公式な依頼に対して流石にそこまで業突張りになる気はしない。 それに土方の個人的な依頼とは言った所で、バックには真選組が居る。転がり込む報酬を思えば、相手の態度が少しばかり大きかろうが決して悪い話ではない。 故に、蟠る様に残っているのは、銀時自身の持つある種の『感覚』と呼べるものだけだった。 この稼業を長いことやっていれば人の種類もそれなりに見ている。依頼の種類も、その抱える問題も、その多くが多種多様な人間模様とトラブルとで出来ているのだと言う事を肌で知っている。 それは紛れもなく銀時の得て来た経験則だ。推測やありきたりな予想や勘では片付ける事の出来ない、純粋に知識と体験とが構築した感覚。 「依頼自体はそも姫様から受けちまってるし、追加内容がそれだけなら吝かじゃねェし旨いたァ思うがよ。なんでそんな気前良いっつーか、形振り構わない感じなの」 それは、一筋縄ではいかない厄介事を敏感に感じ取る嗅覚である。 案の定か、銀時の問いに土方は真正直に鼻の頭に皺を刻んでさも厭そうな溜息を吐いてみせた。 単なる『猫』の捜索如きで、幾ら多忙な時期と重なったからと言って、万事屋とは基本的に犬猿の関係を崩さずに──寧ろ『嫌う』方が強いだろう──いる土方が、破格の条件で『個人的』な『依頼』などと提案を寄越して来ているのだ。 明らかに普通ではない。つまり、問題の『猫』の取り扱いとやらは相当に厄介なものであると言う可能性が高いと言う事だ。 銀時の至ったそんな結論に、眉間に縦皺を刻んだ侭の土方がもう一度溜息をついた。今度のものは何かを諦めるか切り替えるかする時の様な軽さだった。 「……受けてくれる、って事で良いのか」 「まあそう思ってくれて結構だけどよ」 「…………そうか」 依頼の駆け引きは終了、話は成立した筈だと言うのに、首肯する土方の顔は余り浮かない。彼は組んでいた腕を解くと、傍らに置いた侭になっていた紙袋から、次には一枚の板を取り出してみせた。否、板ではないがその程度には薄いタブレット端末だ。A5用紙ぐらいの大きさのそれを膝上に乗せて表面に指を滑らせながら口を開く。 「問題の『猫』──宇宙生物は、『ぐれむりん』と呼ばれていてな、非常に稀少な生態をしている」 「ぐれむりん?」 「生物としての知能が低い原生生物らしいが、それ単体では害が無い事からえいりあんとは区別されてるんだそうだ」 「……単体で、って」 淡々と説明をしていた土方が、銀時のその言葉にぴたりと動きを止めた。タブレット端末へと落としていた視線を上目に持ち上げて、銀時の感情を推し量るかの様にじっと見つめて来る。 言って良いものか。そう悩む様に見える間は、今更銀時の人間性を疑ってのものではなく、恐らくは考慮していた故のものだ。 何をか? それは勿論、 「…………簡単に言や、連中は『生きた爆弾』だ。それ単体では害は無い、それは確かだが、その性質を解って扱う輩にとっては便利な爆発物って代物でしかねェ」 (危険だから、に決まってんだろうな…) 銀時は己の想像と土方の肯定とが違えていなかった事に密かに苦笑する。 土方は常日頃から万事屋と折り合いが悪い事を憚らず表現している男だが、警察としての性分か生まれ持った律儀さ故のものか、望んで危険とされる事態に真選組以外の何者をも巻き込む事を良しとはしないのだ。民間人は警察としての職務で護る対象なのだと、進んでトラブルに飛び込みがちな万事屋に対してでさえ思っている節がある。 「成程、爆発物、ね」 道理で。と感じた厄介事レベルを態とらしい態度で表現してみせながら、銀時は土方が卓の上へと差し出す様に置いたタブレット端末を覗き見た。 「何しろ見た目も反応も生物のそれでしかねェ。爆発物の検知器にも引っ掛からねェし、ペット、或いは貨物として宇宙船の船内に持ち込む事も可能だって代物だ。稀少生物っつった所で、テロのお勉強に熱心な攘夷浪士の間じゃ普通に知られてる。 幕府が外交の面子もあって必死に捜索しているって話も、漏れる所からとっくに漏れてるだろうしな、余りのんびりしてられる状況でも無ェんだ」 それこそ、万事屋の手でも借りねばならぬ程に。そう続けられた様な気のした言葉の先で、土方はタブレット端末の上に乗せた人差し指でとんと液晶画面を叩いた。どうやら動画再生のボタンを押したらしい。表面に映し出された画像が動き出す。 「そして最も厄介なのがこれだ」 映像の中では例の、そよ姫に見せられた写真に写っていたものによく似た『猫』っぽい生き物が動いていた。動いて角度が変われば解る、実際には猫と言うよりも太った猫か、猫に似た毛玉かと言った姿形をしているものがそこには、 「…………………え?」 何匹も映し出されていた。 思わず呻く銀時に向けて、事も無げに土方は続ける。 「最初に贈られた時は紛れもなく一匹だったんだが、このぐれむりんって奴はな、」 再びの、厭そうな溜息を吐き出す土方の示す指の先で、不意に動画の中の一匹の猫──否、ぐれむりんがぷるぷると何やら震えていたかと思うと、次の瞬間には。 ぽこん、と何やらファンシーなエフェクトと効果音と共に、二匹に分裂していた。 「……?!」 アニメか漫画の様な映像内容に銀時は目を剥いて土方を見上げる。すれば誰何の視線を受けた土方は何処か自棄くそな調子で吐き捨てる。 「見た侭だ。ある条件下で勝手に分裂するんだよ。ちなみに本当の分裂状況はとてもお見せ出来たものじゃありませんっつーグロ映像でな、資料閲覧する隊士ら用に山崎がマイルドに加工した。加工前の映像を見た後でトイレに駆け込まなかったのは総悟だけだったな」 「………」 聞きたい答えはそんなファンシー映像の(厭過ぎる)正体ではなかったのだが、銀時は見たものに対して正直に感じた侭に、両肩を落として引きつった笑みを浮かべた。 「つまり、生物兵器に成り得る爆弾が幾つも江戸の町中にバラ撒かれた状態だと?」 「……少なくとも城で最後に確認出来た時には二十二匹いたそうだ。てめぇらにそれを言わなかった事からしても、姫様は恐らくぐれむりんの性質までは知らされて無かったんだろうな」 「……………」 ああそうですか…、と心の中でだけ相槌を打った銀時は、ここに来て漸く土方がそれこそ『藁にも縋る』気になって、そよ姫から同種の依頼を受けていた万事屋を頼った本当の所を理解するに至った。 (そりゃ形振り構わなくもなるか…) 生きて動き回る爆弾が二十二。それも攘夷浪士が狙っているかもしれないと言うのに極力極秘で探さねばならないと来たら。 これだけでも既に最悪だと天を仰ぎたくなる様な状況なのだが、銀時は最後にもうひとつだけ、気になっていた事を口にしていた。 「………二十二匹ってのが、最後、に、確認した数?」 「…………………もっと増えてる可能性はあるだろうな」 「………」 やっぱりそうですよね…、と虚ろな眼差しで呟いて仕舞う銀時だ。どうやら、縋られた藁も旨いだけの話と言う楽なものでは無かった様だ。 予感はしていたが、想像以上の厄介事だったらしい。それでも、今更断る気もしないのも確かだ。元々、藁扱いだろうが何だろうが、縋られた手を払い除けるつもりは銀時にはない。況してそれが、普段折り合いの悪さで通っている土方の、珍しい『頼み』とあれば尚の事だった。 。 ← : → |