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 タブレット端末の中に表示されている『猫』の姿は、地球で言う猫と言う生物を丸くして長毛にして短い手足と長い尻尾を生やした様な形をしていた。そよ姫の見せた写真では単なるデブ猫にしか見えなかったが、実際に動いている姿を見ればそれ程猫に近いとも思えない。だがパッと見は猫としか言い様が無い。猫"っぽく"見えるのであれば、猫なのではないか?とみなす人間は多いだろう。
 逆に、『猫を探そう』としていたら困難かも知れない。キジトラによく似た柄と色ではあるが、『猫』では断じて無いからだ。
 これは神楽と新八にも訊ね『猫』の容姿の違いを改めて説明せねばなるまいと思いながら銀時は一見、可愛い猫たちが戯れる動画にしか見えないほのぼのとしたその様をぼんやりと見ていた。
 猫か猫に似た毛玉か。そうとしか言い様のない形をした生き物が生物兵器──爆弾などとは、説明された所で到底思えない。宇宙は広いと言うか何と言うか。
 「餌は概ね普通の猫と変わりなく雑食だ。だが、良い所の育ちだけあって舌は肥えてるから煮干し程度で近寄って来るかは解らねェ。生態も似てるが猫より鈍くてよく寝る。だが、身に危険が迫った時の防衛本能だけはズバ抜けててな、体毛に殆ど埋まった手足で器用に素早く逃げる。で、逃げられねェと悟ると一定条件下で──、」
 掌を上に向けて握った拳を開いて、土方。解り易い『爆発』の表現に、動画に視線を戻しながら銀時はげっそりと肩を落とす。この一見女子供が可愛いと騒ぎそうなイキモノが、である。
 「何でそんな危険な生物(もん)を将軍が貰う訳。将軍も大概だが贈る方もどんな神経してんだよ」
 それこそ国際問題じゃねぇの、と銀時がぶつぶつとこぼせば、土方は片目を眇めて皮肉気な笑みを作った。心底、笑うしかない、と思っている様な表情だ。
 「それには珍しくもてめぇと全く同意だが、将軍はぐれむりんがそんな危険生物だとは一切認知してねェそうだ。尤も、ぐれむりんなんて言う危険生物と判明した事自体が受け取った後だからな。後は精々周りの人間が取り扱いに注意するぐらいしかねェだろう。
 ちなみに贈り主は央国星のバカ皇子だ。宇宙生物に対して一家言あるあのバカ皇子から『稀少な生物を友好の証に』と言われたら、まぁ仮に知ってたとして断る事も出来やしなかっただろうがな」
 「…………」
 銀時にも厭と言う程憶えのある『バカ皇子』ことハタ皇子は、その名の示す通りの皇子だ。それも、央国星と言う宇宙有数の財力を持つ惑星の。
 その央国星は江戸の開国直後から経済面や交易の面で多種のサポートを続けてくれている事もあり、現在の所も国交は活発で非常に友好的だ。龍脈の影響でか、地球は連中にとって宇宙でも稀少な興味深い生態系を持つ惑星らしく、金回りの面では上客と言わざるを得ない。
 そんな星の皇族との友好関係だ、たかだかペットの事ぐらいで不興を買ったり揉め事を起こす訳には行かないと言う事なのだろう。
 あの迷惑バカ皇子が。心の中でだけ悪態をついた銀時が、件の皇子の頭から生えている面妖な触覚を引っこ抜いて焼き捨てる所までを想像していると、やがて土方が続ける。ヤニ不足なのか少し抱えた苛立ちを吐き出す様にしながら。
 「分裂したぐれむりんは全部、元となる一匹と全く同一の遺伝子構造を持っている。その謂わば『本体』はまだ城に居るんだが、分裂体は『本体』に近づける事で融合して元に戻る。そっちも例に因ってグロい画らしいが生憎動画は無ェ」
 「……こんな毛玉が分裂だの爆発だのするってだけでも俺ァ充分に驚きなんだが、融合までするって何なの。猫どころか寧ろプラナリア以上じゃん、しかも危険な感じの」
 思わず漏れた銀時の呆れ声に、土方は「俺が知るか」と肩を竦める。宇宙には多種多様な生命体が居るとは既知の事だが、それにしても大概の生物は生殖や種の保存に特化している。単性で分裂増殖すると言うのは原生動物に似た特徴の様だが、折角分裂増殖したのに再び融合までし、更には爆発する事もあると言うのは最早生物らしくない。生物としての習性や本能以上に最早どう言ったメカニズムなのか理解に苦しむばかりだ。
 土方の手が再び動いてタブレット端末に別の動画を表示させる。これはどうやら先頃までのものとは異なり、江戸城のぐれむりんを撮影したものではない様だ。映像の中に映し出されている猫もといぐれむりんが突如閃光の様なものと共に弾け、撮影していたカメラは暫く砂嵐を映し続けていたが、やがて動画はふつりと停止する。
 映像の状況は余り高精細では無かったが、檻に入れたぐれむりんの周囲を映して回っていた様子から見ても、この生物を爆破利用しようとしていた者に因る実験映像か何かなのだろう。
 (これ、結構に殺傷力あるよな…?間近に居たら人間の一人ぐらい…)
 見た目がほぼ猫の様な毛玉でしかないとなると、確かにこれは厄介かも知れない。動物好きの──本人は猫だけだと言い張っているが──桂がこんなものを何かに使おうとするとは思えないが、この確たる能力と戦術的な効果を利しようと考える者は多いだろう。
 そして土方が先程口にした様に、城内の噂など容易に外部へと漏れるものだ。将軍にペットとして贈られた生物が脱走したと言うだけでも面白いだろう所に持って来て、それが生物兵器にも成り得ると来ている。土方が厄介事と言いたくなるのも仕方の無い話だ。
 首を捻って銀時が考えていると、「それはいいとして」と土方。
 「問題はここからでな。分裂すればするだけぐれむりんの『本体』は衰弱する。分裂状態から更に分裂した個体に関してはその場では直接に『本体』への影響は無ェんだが、『本体』に戻った時に──要するに分裂するなり爆発するなりして『足りてねェ』と、当然その分減ったものは戻って来ねェ訳だから、体も小さくなるし、衰弱状態が続いたり免疫低下で病気に罹り易くなったりするらしい」
 「何その面倒臭いキングスライムみたいな生物」
 集まって一つの巨大な生物になったものの一匹が入り込めず弱々しくなる姿を想像してげっそりと言う銀時に向けて、同意する様に土方は片方の口の端を器用に持ち上げてみせる。
 「つまり、城から逃げた頭数の内一匹でも足りてねェと拙い、って訳だ。バカ皇子が国賓来訪した時に、縮んで弱りきったぐれむりんや死んじまったのを見せる訳には行かねェんだそうでな」
 つまり──ぐれむりんの『本体』と言う存在は、幾ら同一個体が分裂増殖しようが単体そのものであり、分裂した分を元通り融合させなければ死ぬ、或いはそれに近い状態に陥る、と言う事だ。
 それに、そよ姫の言った期限通り、バカ皇子が国賓として江戸に来るまでの期間内に行方不明のぐれむりんを発見して融合させなければならないと言うオマケが付いている。
 友好の証と言って贈られた稀少な宇宙生物を弱らせたとなると、動物馬鹿のあのバカ皇子が激昂する事は請け合いだろう。
 「極力全頭数を無事に戻せば、引いては爆発物としてのぐれむりんも無事に回収出来るって話にもなるが、生憎江戸の広さに対して全然手が足りてねェのが現状って訳だ」
 「万事屋の手でも借りたい程に?」
 「今更取り繕う気は無ェよ」
 からかい混じりに銀時が問えば、土方は正直に肯定してみせた。日頃万事屋と何かと折り合いの悪い土方にしては珍しくも素直である。笑うしかない、のを通り越して最早諦観の域に達しているのだろう。内容を選べない職務とは言え全く勤勉な事だ。
 「で、だ。そこに来てぐれむりんは爆発物として狙われる可能性が高く、『事故』でも江戸市中で爆発しちまいかねねェ生物だ。
 つまり──出来るだけ速やかに、且つ攘夷浪士(テロリスト)に気取られる事なく回収しなきゃならねェって訳だ」
 「何その面倒臭いメタルキングみたいな存在」
 「万事屋(てめぇら)なら街を猫探しして回ってても目立たねェし、互いに先を争ってぐれむりんを探すのも非効率的だし、無用に危険な事態を招きかねねェ。
 で、頭数の確認の必要もあるし、爆発と分裂とを未然に防ぐ麻酔銃的な道具も貸与されてる真選組(うち)に、ぐれむりんを発見次第これで」
 今度は銀時のげっそりとしたツッコミを黙殺し、土方はそこで卓の上に置かれた携帯電話を見遣った。グレーがかったシルバーのボディカラーのそれは、昨今よく見る型に比べれば少し古いものの様だが、今回の依頼に対する内容を為すだけならば充分だろう。
 「連絡を寄越して欲しいって訳だ。さっきも言ったが月賦じゃねェ、プリペイドだ。依頼の期間分は保つし、てめぇから電話料金を払う必要は一切無ェ。ちなみに自腹だ」
 説明は終わりと言う言う事か、ほのぼのとした動画を流し続けているタブレット端末を取り上げ元通りに仕舞うと土方はソファの背もたれに体重を預けた。どことなく倦怠を纏った仕草である。それは堆積した疲労感から来たものなのか、それとも自腹を切ってまで万事屋に頼らざるを得ない現状に対する鬱屈なのか。
 「ふぅん」
 ともあれ、これで土方からの『依頼』の全容は把握出来た。
 分裂に融合に爆発。兎に角問題の猫似のぐれむりんとやらが相当に面倒臭い生物だと言う事は解った。それを最低でも暫定二十二匹、江戸の市中から探し出さなければならないと言う訳だ。更には、下手をすればそれを狙う輩も出て来るかも知れないと言う嬉しくないおまけまで付いている。
 気の無い素振りで頷いてから、銀時は土方曰くの連絡手段となる携帯電話を見下ろす。
 「誰もが首から鎖下げて喜べるおめーみてェな人間じゃないんだよ?携帯電話とか面倒臭ェの銀さん好きじゃねェんだけど」
 「誰が何を喜ぶってんだ。てめぇらへの連絡手段がそこの黒電話ぐれェしか無ェのが悪いだろうがこの場合は。ぐれむりん探しはどうしたって外での作業になるってのにその度に公衆電話を探してる暇なんざ無ェわ。真選組(うち)でぐれむりんの目撃情報を聞きつけた場合もこっちから連絡を入れるつもりだしな、連絡手段はどうしたって必要だろう」
 厭そうに顔を顰めながら吐き捨てる土方に睨み付けられながら、銀時はふと思いついて訊く。
 「さっき言った麻酔銃?的なもんを一つ貸してくれりゃ済む話じゃね?」
 ぐれむりんを無力化出来る薬品の様なものがあるのならば、電話で逐一真選組を呼ぶより、発見次第使った方が良いだろう。銀時の問いに尤もだと思っていたのか、土方はさも残念だと言いたげな溜息を吐いた。肩を竦める。
 「対ぐれむりん用の薬剤とは言え、人間に毒になる成分で出来たアンプルを使うんでな、民間人に勝手に渡す訳には行かねェ上、お上から銃にも薬にも細かい個数チェックがかけられてんだよ。渡して済む様な話ならそうしてェ所だがな」
 「そ。なら仕方ねェわな」
 「捕獲だけは最悪投網やタモでも出来る。爆発は一定の条件下で起こるもんだからな、それにさえ気を付けりゃ良い」
 言われて、銀時は先頃の動画を思い出す。確かに、ぱっと網で捕まえる程度ならばそう危険性はなさそうであったが。
 (問題はそれを捕まえるまで、だよな)
 毛玉の様な形だが、存外に俊敏だとは土方も先程言った通りだ。野良猫の捕獲なら万事屋も何度か依頼を受けた事があったが、その大概で苦労している。餌で釣って来てくれる様な奴なら兎も角、縦横無尽に縄張りを逃げ回る奴らを人間の身体能力とサイズとで捕獲するのは容易とは言えない。
 密かに溜息をつく銀時を余所に、土方はソファから立ち上がった。依頼は告げたからもう職務に戻るのだろう、玄関に向かって歩き出すのを銀時も追い掛ける。
 「そこらでぐれむりんとか言う訳にも行かねェからな、これからは符丁として……そうだな、『猫』と呼ぶ」
 「おう」
 「あと、携帯に俺の番号は既に登録してあるからな、知りませんでした、でこっちからの連絡を取らねェってのは無しだ。勿論居留守や持ち歩かないのも無しだ。ちゃんと携帯しろ」
 いいな、と靴を履いた土方は振り返って銀時の眉間に人差し指を突きつけた。念を押しながら言うのに、少しだけのけ反りながら銀時は頷く。
 「わぁったよ、依頼として受けた以上はちゃんと協力してやっから心配すんなって」
 安心させる様に笑みを添えて言うが、土方は何だか胡散臭いものでも見る様な目で銀時の事をじっと見返して、やがて何か妥協めいた溜息をつくと、
 「…………頼んだぞ」
 「…お、う」
 そう、縋るにも似た真剣味の乗った表情で言って来たので、逆に銀時は毒気を抜かれて狼狽えて仕舞う。
 外見では全く何でも無い様な表情を保ったからか、土方は銀時の寸時の動揺に気付いた素振りもなく「じゃあな」と言い残して玄関戸に手を掛け──
 「あ、ちょっと待、」
 思わず声を上げた銀時を振り向く怪訝な眼差しは、既にいつもの真選組の副長のものに戻って仕舞っている。咄嗟に呼び止めて仕舞ったがそこから先に続く明確な理由を持たない銀時は、土方の表情が不審や疑念に変わるより先に、咄嗟に思いついて懐からレシートを取り出した。路地裏で土方に会った時に言われ、買い物をした時のものだ。
 本当はこんな事で呼び止めたかったのでは無い筈なのだが、こうなった以上は仕方がない。
 「えーと、支払いがまだなんだが…、まあこんな所で財布取り出させるのも何だし、次会った時で良いわ。どうせ『猫』探しでまた近い内に会う事になんだろ?」
 「……ああ。別にこっちは構やしねェんだが」
 「今月は余裕あるから急ぐこたねェし、またの機会で」
 「小銭程度だがな。まぁテメェが構わねぇってんなら良いが」
 受け取ったレシートの額面を見て苦笑した土方が、それを上着の内ポケットへとそっと仕舞う。
 「それじゃあな。仕事に励めよ」
 「言われなくてもやるっつぅの」
 軽く手を挙げながら笑うと、土方は今度こそ玄関戸を開けてそこから外へと出て行く。
 外階段を下りて行く足音が途絶えてから暫くの間も、銀時は閉ざされた戸を見つめ続けていた。





ハタ皇子まわりとかてきとう。

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