Mellow / 15 軽く、咬まれた肩口を探ってみれば、前歯の薄い形と同じ歯形をした傷の感触が、触れた指の腹に返る。じんじんとした痛みはあるが、派手に出血していると言う風ではない。それでも、腥い血の臭気は銀時の鼻孔を不快に擽った。 土方の眼が僅かに動いて、銀時の姿を意識へと捉える。その動きから、こちらの声は聞こえているのだろうと判断した銀時は、若干逡巡した後、舌打ちしかけた口元をしかし上向きに歪めて笑った。 それが最後の悪足掻きだった。 「流石に血っつぅかこれは痛ェしさ…、その、感染症とか罹っても困るし?」 いっそ、こっちにしねぇ?そう、何でもない様な風情で続けると、銀時は袖口に血を染みさせた着流しを脱ぎ捨て、下肢を寛げて兆しかけていた一物を取り出して見せた。 「………っば、」 途端、ぐったりと横たわっていた土方の表情筋が引き攣り、口が戦慄いて無意味に上下した。半勃ちのそれからさっと目を逸らすその様子からは、銀時の言わんとする事は即座に知れた様だ。そう思えば普通か、並の反応ではある。 「まぁ、物は試しだよ」 拒絶や反抗の言葉や行動を土方が思い出す前にと、銀時は口早にそう言って直ぐ隣の寝台の縁に座って胡座をかいた。並ぶ二つの寝台の距離はそんなに広くない。顔の向く直ぐ先に下肢を剥き出しにした男に座られた形になって、土方が視線を僅かに戻す。 これが、この先何かを恐らくは変えて仕舞うだろう事は想像に違えない筈だ。自らの半勃ちの性器を軽く手の中で弄びながら、銀時はやけくその様に嗤う。 だが、望まぬ素振りでこの状況が続くのは宜しく無い。他者の弱味に己を利を見出す行為が酷い話でしかないとは道理として承知しているが、それでも。 (毎回、あんなん見せられて、指咥えて見てろってそんなん、たちが悪すぎなんだよ…!) 即物的過ぎる思考を客観的に笑い飛ばす様な余裕があったのは、大分前の話だ。明確に欲情とそれ以上の感情を認識した頭は、きっと疾うに馬鹿になっていたのだろう。 「いきなり咥えろとかハードルの高ェ事は言わねーから、」 そう言うと銀時は、握りしめた性器を扱き始めた。自然と笑みの浮かぶ口元で、唖然とこちらを見ている土方に向けて続ける。 「オメーの、エロい顔とか声とか、息遣いとか、面とか、見せてくんねぇ?」 「〜ッ!」 未だ僅かに紅い唇は、つい先程まで銀時の肩口に埋められていたものだ。驚いて瞠られた目も、紅くなった顔も、今はある程度落ち着いてはいるが、発作に苦しんでいた時には『条件付け』である所の銀時をその全てで求めていたのだ。 そう思えばそれだけでいきり立ちそうだった。切なげに喘ぐ土方の姿を、熱く荒い息遣いを、記憶に描きながらも、目前の姿を見ながら銀時は夢中になって手を動かし続ける。 「──」 いきなり目の前で他人の自慰などを見せつけられる形になって、土方は声にならない声を上げた。動揺を隠せずに目を游がせ身体を居心地悪く揺らすが、そんな程度で、己の姿を銀時が凝視していると言う事実からは到底逃れる事が出来ないだろう。どう言う訳か、目の前の男は己をオカズにしているのだと、言葉で説明されずとも明確な行為が目前で繰り広げられているのだから。 (露出とか見られてェとか、そういう変態的な趣味ってのは無ぇけど、) 目の前で困惑を隠せずおろおろとしながらも、銀時の行動から目を逸らせなくなっている土方の、真っ赤になった耳や目元を満足気に見つめながら、銀時は少しづつ荒くなる自らの呼吸と、勢いを増して行く性器の感触とに集中した。 固まっているのかそれとも他に理由でもあるのか、こちらを凝視した侭動きを止めて仕舞った土方の困惑や動揺がその視線からひしひしと伝わって来て、そこには胸の空く様な奇妙な感覚がある。 この侭達して、薄汚い欲の証を土方の顔やら花の様に咲いたあの痣にぶち撒けてみたい。唾液を与える行為と同じで、きっとそれも『条件付け』として機能する筈なのだから、きっと土方は汚れた顔で恍惚を憶えながら、いつもの様に達した様になってくれるのだろう。 想像が興奮を煽ったのは間違いない。銀時は手の動きを早める。オカズが極上であっても、動作自体は事務的なものだ。何処か客観的に、自分を馬鹿だろうと罵る声もする。 だが、終わりを思えば止められなどしない。芽生えてからずっと押し殺されて来た自分自身の欲望や渇望を解り易い形にして、何も知らずに居る土方に突きつけてやりたかった。 「っき、気色悪くても知らねェからな!」 そんな最中、突然そう怒鳴り声を上げると、土方はぱっと起き上がって寝台から降りるなり、床に膝立ちになった。そうしてやおら、丁度銀時の股間のある辺りに真っ赤になった顔をぐっと乗り出すと、 (へ、) 銀時がぽかんと見る中、その手で握っていた一物を突然、まだ薄ら紅いその唇を開くと、寄せた口へと含んだ。 (こ、これっていわゆる、アレだよな?) 想像とは違ったが想像以上の展開になり始めた、目の前の光景が余りに衝撃的過ぎて思わず唖然としかかるが、性器に感じる感触は紛れもない現実のものでしかない。自然と持ち上がる口角と共に息を吐き出すと、銀時は自ら握った一物を土方の腔内へと押し込む様にして差し出した。 「んぐ、」 土方は一瞬だけ迷惑そうに眉間に皺を寄せたものの、腔内に取り込んだ部分を舐めしゃぶる内に段々とその皺を弛め、目つきも再びぼやりとさせて仕舞うと、奉仕する行為に夢中になって行く。 (ああ、体液、だもんなぁ…) 股間に顔を完全に埋めて仕舞った土方は、最早銀時に促されずとも自らその性器を腔内に受け入れて味わっていた。 「っは、その面、すげぇエロい」 滑る舌や窄む唇の動きには男を悦ばせる技工はなく、ただ動物が餌に食らいつく様な必死さだけがあった。ただただ無我夢中で、しゃぶりつくそれが血管を浮かせていきり立つ男性器でさえ無ければ、飢えていた所に与えられた、何か極上の食べ物でも食しているかの様な姿だ。 だが、確かな感覚と視界に拡がる、あり得ない様な光景に興奮した銀時は呼吸を弾ませ喉奥で忍び嗤う。本当に、坂田銀時と言う生物でさえあれば、何であっても『条件付け』となるのだと、今までにない程に強く実感する。 舌で、唇で、熱を持った口腔内で、夢中になって銀時の性器を味わい続けている土方の肩に手をかけると、そっと着物を落としてやる。右の二の腕にくっきりと刻まれた紅い花は、白い皮膚の上で恰も悦ぶ様に咲き誇っていた。 「〜ッ、ッ、ッ…!」 銀時が軽く舐めた指でそこに触れると、目を見開いた土方の全身が漣の様に震えた。いつもの様に、まるで達してでもいる様に強張った背筋を痙攣させると、眉間に悩ましげな皺を寄せて、咥えた侭の一物に吸い付いて来る。 「は、」 弾んだ息をこぼすと、銀時は小さく笑って片足を寝台から下ろした。その足で器用に着物の裾を除けて仕舞うと、条件付けのその都度想像はしていても、実際に触れてみた事などなかった土方の股間を爪先で、ぐり、と踏みしだく様にして擦ってみる。 「しゃぶってて興奮しちまったのか?」 「ひんっ、、」 反応は顕著だった。悲鳴を上げた口中から銀時の性器をずるりと吐き出す土方の顔はその事実に真っ赤に染まり、唾液やらカウパーでべたべたに汚れた口は反論や否定の言葉を紡ぐ事もなく、再び目の前のものにしゃぶりつく。どうやら条件付け──口中に溜まる体液の酩酊感に身を委ねる方を優先したらしい。或いは些細な現実逃避かも知れなかったが。 爪先に触れた固い感触と、湿った感触とは誤魔化せない。いつからかすっかりと勃起して仕舞っていたらしい土方は、銀時の性器を舐めしゃぶりながら、その足に自らの下肢を擦り付ける様にして腰を揺らしている。 「ふぁ…」 銀時はそんな土方の口から腰を引いて一物を抜き出すと、床に立った。奪われた餌を求める様に上を向く土方の顔目がけて、ぐっしょりと唾液に濡れたそれを扱き上げる。 「っふ、」 ぐっと奥歯を噛みながら、銀時は脳髄まで駆け上がる射精の快楽に身を任せた。その性器は扱く手に促される侭に勢いよく精液を吐き出して行く。 その飛んで落ちる先には切なげに歪められた土方の綺麗な顔立ちと、腕に浮かんだ紅い花。 「──〜〜〜ッ、!!」 開かれた侭の口に、花弁の一枚一枚にねっとりと滴った液体に、土方の背が弓なりに大きく撓った。焦点の合わぬ目を奈辺へと投げた侭、その身が傾いだかと思えば、寝台の縁にぐたりと身を預けた。 銀時はその侭小刻みな痙攣を繰り返している土方の腰に手を回し、帯をほどいた。着物の袷をゆっくりと開いて落とせば、そこにはぐっしょりと濡れて仕舞った下着がある。 「俺の、ザーメンぶっかけられてイッたんだ?」 濡れた下着をつん、と突いて、言葉にしてそう揶揄してやれば、途端に銀時の背筋はぞくぞくと震えた。条件付けの常で、まだ飛んで仕舞っている土方はとろんとした目つきの侭、自らの口の周りに滴った精液を舌で舐め取ってぼんやりと──否、恍惚として震えている。 「………」 もう今更止まれる気などしなかった。銀時は土方の背を抱えて寝台へと再びその身を横たえると、その上に覆い被さる様に膝をついた。 腕に浮かんだ紅い花が酷く美しく見えて、愛おしいと感じた。己の精液に汚れたそれが物語る一切の現実から目を背けると、銀時は身を屈めて土方の胸元に音を立てて何度も口接けてやる。 と。 「…まて、ちょっと、待て」 少し掠れた、然し明瞭になった声と、伸びて来た掌とに頭を叩かれて銀時は少しだけ身を起こした。見下ろせば、条件付けが終わって発作も消えて、ついでに余韻からも『戻って』来て仕舞ったらしい土方の真っ赤な顔がある。 「何、オメーまさか、ここまで来て据え膳食わせねェとか言うつもりじゃねェよな」 「っす、…いや、そうじゃなくて待て、そうだけど待て」 持て余した鬱憤に一度任された身には、この機を逃すまいと言う本音が結構に切実に燻っている。それでも勢いを押し止めようとする物理攻撃には勝てない。額を真っ向から押し返され、銀時は背を反った苦しい姿勢から逃れるべく上体を持ち上げるほかなかった。 「あのな、オメーも男なら解るだろーが!猛スピードの車と勃ったチ○コは急に止まれねェんだって!」 「とにかく待て、出したばかりだし、てめぇの所の大家のバーさんの面でも思い出しゃ止まれんだろ」 「…………」 先ほどまでのとろんと溶けた表情はどこへやら、辛辣にとんでもなく残酷な返しをすると、土方は上体を起こして銀時に跨られている姿勢からさっさと抜け出して仕舞う。それから自分の汚れた下肢をちらと見下ろして露骨な舌打ちを一つ。 「今日は非番だが暇って訳じゃねェし、第一ここはビジネスホテルだし、これ以上はナシだ」 「……切り替わり早くね?さっきまで銀さんのち○ぽ旨そうに咥えてた癖に」 言ってみた所で、先頃の言葉の暴力と言うより想像力の爆弾を投げつけられてすっかりとしょげて仕舞った息子の元気は暫く戻ってくれそうもない。 萎えきった気分と濃密な空気との名残とに銀時が大きな溜息をつけば、露骨な揶揄に然し土方は言い返しはせずにむっと口を引き結んだ。眉間に小さな山脈を作ると、萎びた一物をそそくさと仕舞う銀時の方をちらりと一瞥する。 何だか空気が気まずい。いざヤろうと思ったのに、何をされても勃ちが悪くて商売女に気を遣われている時の様な、すっきりとしない状況の中、互いに目を背けながら身支度を整える。 土方はあの汚れた下着で帰るつもりなんだろうか。そう思うとからかってやりたい様な気持ちにもなるが、がっくりと消沈した気分は易々晴れてくれそうもなくなっている。 そんな銀時の背に、「…………その、なんだ」と、咳払いをして、土方。 「冷静になるとアレなんだが、条件付けって考えると、一番効果があった気がするし、……まぁ、アリ、なのかも、知れねェ」 「…………」 ぼそぼそと、彼らしくもない様な明瞭ではない声がそんな言葉を紡いだのを、銀時は脳内で二度三度と反芻した。そして幾度噛み砕いてみた所で、それが肯定に類する意味を指すのだと言う結論に達して、思わず喉が鳴った。 「……じゃ、あ、今度はラブホとかで?」 上擦りかけた声を辛うじていつも通りのトーンに抑えて、努めて落ち着いて銀時がそう確認をすれば、土方は軽く俯いて、恐らくは自らの汚れた下肢を見遣った。『条件付け』が原因の全てなのか、他の要因があったからなのかは解らないが、銀時の体液を摂取して、受けて、勃起したばかりか恍惚の侭に達して仕舞った事を、これ以上無い程に明確に残す残滓を。 「…………これ以上、もするって事か?」 条件付けと言う、言って仕舞えば薬を与えられるだけの──筈の行為に、他の意味を求めると言う事。その想像か覚悟にか、問う土方の声は未だ湿っていて、僅かに震えていた。 それが期待故の事なのか、怯え故の事なのかは知れなかったが、銀時は浮かびかかる笑みを僅かに強張らせて「だから、据え膳ってさっきから言ってんだろうが」と頷いた。 望んだ結果へと動く事を確信した、きっと醜悪だっただろう笑みは、問うなり目を伏せて仕舞った土方からは見えていない。 「じゃ、次の発作が来たら、いつも通りうちに来るか、待ち合わせてラブホに向かうって事で」 銀時のそんな最低な提案に、俯いていた土方は顔を上げてはっきりと頷いて寄越した。 。 ← : → |