Mellow / 19 『条件付け』と共にセックスを憶えた土方の身体が、銀時の貪欲な求めに拒絶も文句も無く応じる様になって行くのにそう時間はかからなかった。 優しく抱いたり愛おしんで抱いてみたり、或いはただ本能の侭にまぐわってみたりと、銀時の感情はその都度違えどもやっている事は基本的に変わらない。土方は、触れ合う汗ばんだ膚だろうが、花の様な痣にだろうが、腔内にだろうが、肚の中にだろうが、とにかく坂田銀時の構成成分を──条件付けを得られればそれで良く、性的な快楽はそのついでの様なものの様だった。 それでも互いに充足したり気持ちよくなれるのであれば特に不満は無いらしく、発作の度に肉体を交わらせる事は最早互いの間で生じた暗黙の了解、当たり前の事になって行った。 「っあぁ、さかた、さかたぁッ、」 背後から犯されるのは、汗や臭気を重ねた身体で感じられない──得られない──から嫌だとごねる土方を宥めて、今日は獣の様な体勢で交わっている。土方はラブホの、つるつるとして指にかかりにくいシーツを引っ掻いては背を跳ねさせて、憶えきって仕舞った後孔での快楽や条件付けに、銀時の律動の度に解り易い反応を返して来てくれる。 銀時の事を頻りに呼んでいるのは、正面から受け入れたいとか、膚を合わせたいとか、口接けが欲しいとかそう言った理由からだろう。快楽も欲しいが、条件付けをより全身で得たいと言うそんな土方の行動や態度が日増しに強くなっている、と銀時は感じていた。 それが単なるセックスならば、恋人の可愛い求めに銀時も満更でなく応じられただろう。だが、これはセックスであって『条件付け』だ。強い快楽よりも、いつもと違う体位での刺激よりも、より強く条件付け成分を得られるものをこそ、土方の肉体は欲する。 「ひぁあっ」 背後から探った土方の性器は、既に幾度も達してどろどろに濡れて震えている。それでも更に扱いてやれば、後孔に咥えた銀時の張り詰めた性器をぎゅうぎゅうと搾り上げながら、過ぎた快楽に悲鳴を上げる。 「っはや、はやく、はやく、ぅ」 体内へと吐き出される条件付けの成分を求めて、堪えかねた様に土方は泣き喘ぐ。今日はまだ殆ど口接けもしていないし、正面から抱き合ってもいない。快楽と発作の苦しさとがない交ぜになって、啜り泣く土方の懇願に、銀時は短く息を吐くと腰の動きを早めた。 搾り上げる様な締め付けと、危なっかしささえ感じる内臓の柔らかさとの落差が、抜いては突き刺さる性器を心地よく快楽の坩堝に落として行く。銀時の兇悪な一物に肚の中を絶えず掻き回されて、土方が快楽とも苦悶ともつかぬ悲鳴を上げた。 条件付けを得て訪れる快楽は、性的なそれと酷似はしていても同一ではない。その事に小さく笑うと、銀時は土方の尻肉を掴んだ手指に力を込めて、その肚の中へと射精した。 「っは、」 「、ぁあ、あ、あぁッ、出て、、あー…、ぁ、あ、あ……」 この時上げる土方の声はいつでも、どんな快楽の最中よりも恍惚に満ちていて、表情には微笑みさえ浮かんでいる。 自分が──自分の体液が土方を『こう』していると思えば、銀時はその事実に酷く歪んだ喜びを覚えずにいられない。 唾液を与えて、口接けて、精液を浴びせて、遂には身体を繋げてその肚に無遠慮に欲望をぶち撒けている。そんな行為が誰あろう土方自身の求めと言う言葉で正当化されているのが、銀時にとって堪らない愉悦を生んでいるのだ。 だから、段々と『条件付け』の行為がエスカレートしたり、段々と土方の渇望が強くなっていると言う事実に、暫くの間は気付かないふりをし続けていた。 「………、」 長く息を吐いてから身を離すと、銀時は仰向けに転がした土方に口接けた。条件付け成分そのものは得て、もう発作は終わっている筈でも、土方は銀時に縋りつきながらそれを受け入れる。 際限なく。どちらかがそれを止めるまでは恐らく。 (こいつはそれに気付いてんのか…?いや、気付いていても気付かない様にしてるのかも知れねぇけど) 唇が離れると、夥しい唾液の糸が名残惜しげに伝って滴り落ちた。まだ恍惚と脱力との中に落ちている土方が『戻って』来るまでには時間がかかる。だから銀時は自分から身を離した。 * 「……は?」 「や。だからさ。段々エスカレートしてってる気がすんだよやっぱり」 「………」 条件付けの後である。寝台の上で煙草をくゆらせていた土方は、毛布を被って寝そべる銀時へと胡乱な目を向けて、むすりと黙り込んだ。 条件付けの直後の土方の体調は頗る良い事が多い。機嫌はいつでも余り良さそうではないが。ともあれ、切り出すならこのタイミングしかないだろうと、銀時は出来るだけさりげない調子で口にして見る事にしたのであった。 「お前さ、段々症状悪化してってる気ィしねぇ?」と。 そうしたら案の定か土方は露骨に不機嫌を示す様に、煙草を咥えた唇をへの字に歪めて寄越した。とは言え『条件付け』には銀時の協力が不可欠であると言う弱味があるからなのか、投げ遣りな態度を見せたり喧嘩腰な言動を向ける事は無かった。以前までの関係性であれば口喧嘩の一つや二つ始まっていてもおかしく無い様な表情ではあったが、言葉の売り買いは安易にしようとはしないでいる。 「……そうか?頻度も変わってねェし、俺ァ解らねぇが」 銀時の問いを一蹴せずに、ややあって少し考えながらそう返して来る土方の横顔には、深刻な悩みや考えは勿論、危機感やら疑問やらも特には見受けられない。銀時は溜息をひとつつくと上体を起こした。 「確かに頻度は最初ッから変わってねェけど、程度っつぅの?ほら、最初の頃は俺の治りかけた傷を舐める程度だっただろ?」 それが今は、セックスと言う行為の一部として成立する様な、肉体の過剰な接触やら体液の直接的な摂取やらに変わって──つまりはエスカレートしているんじゃないか、と、銀時は土方がこれ以上の不機嫌を示さない程度に、彼の自尊心には障らない程度に、何とかオブラートに包みながらその疑問をぶつけてみた。 銀時の遠回しな物言いに、然し流石に多少は思い当たる節はあったのか、土方は折った指を顎に当てながら、眉間に皺を寄せて黙り込んで仕舞う。 ……と言うのも、これは銀時の予想していた事でもある。薬物でも何でも、依存する側は自らにその自覚が薄い事が多いと言う傾向がある。依存する事が生存や安定に直結する事であればこそ、依存者は自分でも気がつかぬ内にそれを正当化する事で自らを護ろうとするのだ。 故に、土方が正常な判断で現状の維持を承知しているとは考え難い、と、銀時はそんな結論に至ったのである。 土方が『条件付け』を生きる上での当たり前の行為──食事や睡眠などと同じレベルのものであると、段々と本人も無自覚の内に数える様になっているからこそ、銀時がそこにつけ込んだ多少の無理も通ったと言えるので、余り説教臭くそれを指摘出来る様な立場ではそもそも無いのだが。 それでも、気付いてみれば土方はすっかりと依存症、或いは中毒症状──坂田銀時との性行為の、と言うべきか──の様相を呈して仕舞っている。 元々それを望んだのは銀時の方であったが、発作の時の様子を見れば遅かれ早かれこうなって然るべきだとは、言い訳めいてだが、思う。仮にこれが坂田銀時の体液と言う条件付けでは無かったとしても、気狂いの様にそれを求めては絶頂にも似た恍惚を得る姿など、とてもではないが放っておけない。当事者が銀時であろうが無かろうが、恐らくは同じ事だろう。 (発作の様子から『条件付け』の達成までを、もしもただの水道水であったとしてもだ、モザイクでも入れて撮影した日にはちょっとしたAVが出来そうだもんなぁ) そんな事を不謹慎に考えた銀時が、腫れた自らの股間を見て溜息をついたのはそう前の話でもない。犬猿の仲の、男趣味などこれっぽっちも無かった銀時でさえそうなって仕舞ったのだから、これが土方の顔見知りや部下や物好きな連中だったらと思うとぞっとしない。 ともあれ、銀時にとっては利でしかなかった現状なのだが、それが日増しに変化しているとなれば話はやはり別だ。依存や中毒は繰り返せば酷くなる事もある。そしてそこに当事者である土方の理性の歯止めは期待出来ないのだ。 そう悩んだ末の切り出しだったのだが、どうやら矢張り土方には症状の悪化に因る危機感と言うものは全く無い様だ。銀時に言われて、初めて振り返って考えてみたと言う程度だが、それも実感と言う程度には至らないのだろう。考える様に黙り込みはしたもののその横顔に、真に迫ったものは無さそうだった。 面倒な事を言い出した。だが無碍にも出来ない。どうしたものか。 そんな土方の思考する声が聞こえて来そうだった。何しろ今の土方にとって、坂田銀時と言う人間は紛れもなく命綱なのだ。反論はしたとして、逆らうつもりは毛頭無いに違い無い。 「まぁ俺はね?条件付けの一つや二つ別に全然構やしねェけどよ、おめーの方がその内生活に支障が出る様になったりすっとやべェんじゃねぇかって気になっただけで」 どの口が言う、と内心で思いながらも銀時は少し早口にそう付け足した。今の土方の思考の運びで、『坂田銀時は条件付けを面倒がっている』と取られて仕舞うのは流石に宜しく無い。手間は取らせないから献血しろとか言われるのはもっと困る。 「………………」 果たして銀時のそんな真意が伝わっているのかいないのか、土方は煙草を吸う事も忘れて眉を寄せて仕舞っている。土方のそんな、ことこの現状に対して役立たずの思考には端から期待していない銀時は、「だからさ、」と努めて軽い調子で続けた。 「宇宙産の薬物とかに詳しそうな知り合いが居るからよ、『条件付け』を解く方法は無ェか、俺の方でも調べてみても良いか?」 投げられた提案は土方にとって思いもよらない物だったに違いない。彼は片方の眉を寄せた侭できょとんと瞬きをして、それから解り易く不満を示す様に顔を顰めて見せた。 どうしてそんな知り合いがてめぇに居るんだとか、どう言う知り合いなんだとか、恐らくは警察と言う職業柄浮かばざるを得ないのだろう疑問を胸中に渦巻かせながらも、踏み込むのは過干渉かと考えてもいる。多分に打算的な意味合いで。 銀時とて、自分と言う人間が余り信用された存在ではない事ぐらい自覚している。戦後のごたごたの中で江戸にちゃっかりと住み着いている怪しい人間で、暫定元攘夷志士、と言うレッテルも貼られているに違いない、そんな素性の確かで無い人間を本来警察である土方は真っ向から信用する訳にはいかない立場の筈だ。 それでも『条件付け』の対象であって、秘密を護ってくれている人間である前提がある以上、土方は銀時の後ろ暗い過去や素性に関して、都合良く見ないふりをしている必要がある。 だから気にはなっても問う気にはなれずもどかしいのだろう、顰めた顔でこちらをちらりと見遣ってみせる、そんな土方に向けて銀時は更に軽い調子で太鼓判を押してやる。 「勿論おめーの名前や素性は伏せて話すし、そんな噛み砕いた話する様な仲でも無ェから大丈夫だって。な?」 「……」 土方の表情は冴えない侭だが、駄目だ、とは言わないだろう。無意識に弱味を握られているも同義の相手の、それもかなり譲歩した提案とも取れる物言いをわざわざ断ろうとはすまい。 悩む素振りを見せる土方が頷くまでの間を、銀時は黙って待つ事にした。その脳裏には、丁度土方を助けに行ったあの日、行きつけのスナックで馬鹿騒ぎをしていた友人の姿が浮かんでいる。 ──坂本辰馬。頭は空っぽの男だが、それなり名の知れた商船として通る快臨丸を指揮する男だ。確か商売で江戸に何ヶ月か停泊すると言っていたから、港に行けば会えるだろう。 とは言え、目的は艦長である坂本の方ではなく、その副官の陸奥の方だ。嘗て宇宙海賊の奴隷船を率いていた彼女であれば、奴隷に用いる薬物の情報ぐらい、何か知っている可能性は高い。 やがてゆっくりと頷いた土方が、その時何を思っていたのか。何を理解していたのか。銀時がそれを知るのはもっとずっと後の話になる。 やっと坂本回収できたぁ…いや出るのは陸奥の方なんだけど。 ← : → |