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Mellow / 4 流れる水音の中にふと異音を聞きつけた気がして、土方は横穴の口から身を乗り出した。鼠や魚の立てた音かと訝しんだその時、真っ暗な水路の先に丸い光が踊るのが見えて、咄嗟に体を引っ込める。 「…追って来たな」 直ぐ横から銀時のそんな声。思いの外にその距離は近かったが、驚いている場合ではない。 「まさか、わざわざ明かりまで用意して来るたァ…。真選組一のモテ男はやっぱ違うねェ」 「……あちらさんにも予定外の筈だが、対応が早ェ上に徹底してやがる。警察殺しで息子が手配かけられて捕まりかけてんだ、形振り構う気も無ェのかも知れねぇな」 銀時の小声の揶揄に、同じく小声で返す。どうやら連中は、報復にしても土方を追う手を弛めるつもりは無いらしい。或いは出口の不確かな暗渠の中でなら、人知れず仕留められる好機と思ったのかも知れない。警官殺しを重ねた所で罪と追求とが増えるだけだが、それよりも真選組の副長と言うそれなりの大物を討つ事に余程の意味を見出しているのだろうか。 何にせよ、こんな所まで追っ手を寄越した事を思えば、連中には諦めると言う選択肢は無いと言う事だ。そうなると発見されるのも時間の問題。 「先手を打った方が良いな」 連中にとっても、先の見えない水路に入り込んで来る事は危険を伴う行為である筈だ。明かりを持って来た所で、その危険の度合いが変わる訳でもない。最早どうした所で戦闘は避けられないのであれば、人数の上で負けている事をカバーしても余りが出るぐらい、出来るだけ有利に事を運びたい。 「まぁ、乗りかかった船か。呼吸はもう整ったかい、副長さんよ」 飽く迄軽口を叩く銀時に「言ってろ」と返すと、土方は刀に手を掛けた。敵が明かりを持っているのだからその位置の把握はし易い。逆にこちらが発見され易いとも言えるが。とにかく、敵に発見される前に先手を打って不意打ち、そして明かりを奪うか無力化して外へと逃れるのが良いだろう。無論、考え得る出入り口が一つしかない以上そこで大人数で待ち受けていると言う可能性もあるが、最悪、外に出れば電波が通じるし、救援も駆けつけ易くなる。 (良い気になって手配犯を追いかけてたつもりが、逆に追われる側に転じるたァ…) 胸中の悪態は漏らさず、土方は呼吸音すら潜めてじっと静かに潜んだ。横では銀時も同じ様にして居るのを気配だけで感じる。 (端からこうなる事を半ば解ってて首を突っ込んだのか…、いや、) お人好しで厄介事にも度々巻き込まれている男だが、そう言う意味では確かに信頼に置ける。こうして巻き込まれていても、何のかんのと言いつつ手を貸そうとしてくれているのだから。 追っ手の持つフラッシュライトの白く眩しい光が、近くの壁をなめて通り過ぎて行く。横穴の存在に気付けば警戒もするだろう。その一瞬が勝負のつけ所であって開始所になる。 水を掻き分ける足音が近づいて来る。来たのは、三人。明かりはその内の一人だけが所持している様だ。と、なると狙いは明かりを持つ者ただ一人。不意を打てるだけこちらの方が有利。 「後でパフェでも奢ってやる」 近づく水音に紛れて鯉口を切った土方は、直ぐ横に居る銀時へと小声で囁いた。 「だから、フラグ立てんのは止めとけって」 銀時の苦笑の気配を感じながら、土方は横穴のすれすれを通過した明かりの方目がけて地面を蹴った。 跳ねる水音。抜き放たれた刃に反射する白い光。その先で恐怖に歪む男の顔を、これも見えなきゃ良かったのにな、と同情的にすら感じながら、土方の腕は淀みなく刀を操り、その意を果たした。 男の手にしていたフラッシュライトが力を失った手から落ちる、そこに至る寸前の一瞬の間で事は決していた。土方の、武装警察の鬼の振るった刃は躊躇い一つ無く男の頸を撫でて、白く照らし出された視界に派手に紅い飛沫を飛ばす。 その陰から飛び出す形で、銀時の木刀は近くに居た男の喉を突く。続け様に身を屈めて手を伸ばすと、土方の斬り倒した男の手から転げ落ちたフラッシュライトを中空で掴み取り、スイッチをオフにした。 再び落ちる暗闇に二人の男が倒れる水音がほぼ同時に響いた。残る一人の喉奥から漏れる短い悲鳴。一瞬の事とは言え、仲間が次々に倒された事は認識しているだろう。果たして自棄を起こして向かって来るか、闇の中に当て所なく逃げるか。然し銀時と土方とがそちらに向き直るより先に、残る一人の男の手元に、じゅ、と言う音と共に緑色の光が灯った。辺りをぼんやりと照らし出す蛍光色の光は、非常時や防災用に用いられる、万一水中に落ちても光が消えないタイプの簡易トーチのものの様だ。 (場を明るくして、戦い易くする目的か?) 咄嗟に思った銀時は素早く辺りを見回すが、目の前でトーチに点火した男の他に近くに敵の気配はない。と、男はトーチを放るとこちらに背を向け走り出す。矢張り逃げるつもりなのか。まるで置き土産の様に、手から離れた緑色の目立つ光は小さな放物線を描いて土方の足下へと落下した。ぽちゃん、と間抜けにも聞こえる水音が響く。 「──」 不意に厭な予感がした。否、それは感覚と言う不確かなものではなく、経験則から来る理性的な判断の一つであったのだろう。その解答が銀時の背筋を冷やした。 そう言えば、今日はとにかくツイていなかったのだ、と。今更の様に思い出しながら。 「土方、避けろッ!」 声を張り上げると同時に、銀時はそちらに向けて手を伸ばした。それは恐らく殆ど何の意味も為さない、ただの衝動めいた行動だった。 当て所もなく、ただ目一杯に伸ばした指に一瞬の風圧と鋭い痛み。だがそれだけではその勢いは到底殺しきれない。銀時の警告に従って辛うじて僅かだけ身を逸らした土方の口から漏れる苦悶の呻きに、己の経験も判断も何の役にも立たず終わった事を悟らされる。 狙撃だ。銃声はしなかったし、銀時の指をかすめた感触や痛みは銃弾のそれでは無かったから、厳密に銃かどうかは解らないが、とにかく、水中でまだ輝いているトーチの緑色の光を目当てに狙われたのだ。最初の三人は目印を運ぶ為と陽動で、狙撃した奴を含む新手が闇の中に更に迫っていると考えて良いだろう。 足下、水の中でも目印の役割を果たしたトーチを掴んで前方へと投げ返すと、銀時は土方の腕を引いて再び横穴へと一旦身を引いた。 「怪我は?!」 「大事は無ぇ、銃弾つぅか針みてェなもんが刺さっただけだ」 「っ待て、毒とかだったら…!」 言って銀時が手に持った侭だったフラッシュライトを点灯させると、白い光に照らされてますます白く見える土方の顔色が、苦々しく頬を歪めているのが目に入る。 その纏う白いシャツの袖、丁度右の二の腕辺りに単二電池ぐらいの太さの透明の筒が刺さっていた。先端に長い針が付いていて、着弾と同時にその圧力で薬液を体内へと注入する、猛獣用にも使われる注射銃のものだろう。 刺さった物体の正体を目の当たりにした土方は舌を打つと、自らに刺さった針ごと注射筒を引き抜いて放り棄てる。シリンダーの中身は既に体内へと注入されたらしく筒は空だった。 「毒だろうが何だろうが、黙ってやられる訳には行かねェ、」 伸ばしかけた銀時の腕を払うと、土方は利き腕の負傷を気にする素振りも見せずに刀を掴み直した。言われる迄も無く追撃者たちの立てる水音は派手に響き、危険が近づいている事を知らせて来ている。 「………、」 開きかけた口をぐっと引き結ぶと、銀時は払われた腕で木刀を握り、逆の手に持っていたフラッシュライトを迫る足音たちの来る方へと投げ、それに続いて飛び出した。一瞬照らされた影たちを眼球の裏に焼き付く程に睨み狙いを据えて、次々に打ち倒して行く。 果たして今倒した連中の中に射手はいただろうか。そんな事を頭の片隅で考えながら、銀時は己に次いで飛び出して屍を拵えている土方を振り返る。 水に沈んだフラッシュライトがショートし消えて仕舞うより先に、銀時は再び土方の手を掴むと今度は先程の真逆、外の方角に向かって走り出した。 他に外にも射手が居る可能性はあるが、土方が何らかの薬品を貰って仕舞った以上、悠長な事は言っていられない。撃たれた薬の正体が毒であろうが病原菌の類であろうが、一分一秒の間とて無駄には出来ない筈だ。 外に何が待っていようが何とか切り抜けて、出来るだけ、一刻も早く医者に診せる必要がある。 程なくして、他の追撃者には出会わない侭、緩やかな弧を描く水路の先に四角く切り取られた夜の風景が見えて来たので、銀時は土方の手を放した。光源が出来れば無理矢理に引っ張って行く必要も無い。 その、久方ぶりに目にする気のする夜空の下には、まだ幾人かの追っ手たちがいた。これだけ入念に待ち伏せをするとは、土方をここで確実に仕留めたい理由でもあったのかも知れない。土方の話では、どこぞの組織の幹部が、指名手配にされた我が子可愛さに命令を発したのだろうと言う事だったが。 果たしてこれも今日続いたツキの無さの延長線上なのか。銀時は無言で、木刀を両手に持ち直して下向きに構えながらじぐざぐに走り、外へと一息に跳躍して飛び出した。突如飛び出して来た敵の姿に、慌ててめいめい得物を構える連中をざっと確認するが、どうやら銃器らしいものを持っている者は、見た限りではいない様だ。恐らくは暗渠で狙撃を狙った射手の一撃だけで終わると言う目算であったのだろう。 怒りと、煮え崩れそうな頭の中の感情その侭に手近にいた男を木刀で打ち倒すと、斬りかかって来た別の男の刃を身を屈めて躱し様に腹を蹴り飛ばす。八つ当たりなのは承知の上だが、襲いかかられている以上は構うまい。続けて横合いから向かって来た次の男は、追いついて来た土方の刀に袈裟に斬られてその場に転がった。 「、」 土方の様子はいつも通りだった。取り敢えず毒の苦しみを痩せ我慢で堪えていると言う風には見えない。顔色も悪くは無さそうだ。安心する場面では無いが、銀時は緊張は解かぬ侭に小さく息を吐く。 そんなに息を詰めて仕舞っていたつもりは無かったのだが、どうやら思いの外に動揺していたらしいと気付かされた気がして、銀時は冷静さを取り繕いながら立ち上がった。 狭い川の中程で、自然と背中合わせに立って構える銀時と土方とを、残った男たちが遠巻きに取り囲む。客観視してみれば絶望的な状況なのかも知れないが、自分に危機感は湧いて来ない。ただ、背中側をちらりと気にして、銀時は木刀を構えた。 その時だった。堀の上の高所から昼間の様に眩しい光が降り注ぐ。その人工的な光を、投光器か何かだ、と銀時に即座に答えが出せたのは、土方の携帯電話がほぼ同時に着信音を鳴らしたからだ。 「真選組だ!御用改めである!」 土方もそれで事態を察したのだろう、ぶん、と刀についた血を飛ばす様に一閃させると吼えた。まるでそれに合わせた様に、川を走ってくる黒服の群れたちと、堀の上から狙いを定める銃口たちとが次々現れる。その威容、威圧たるや、ただの白い光線すらも、影の様な川の中に佇む者たちには酷い威嚇を以て突き刺さる程に鋭い。 くそ、と叫んだ男たちの一部が土方に斬りかかって行くが、その悪足掻きが刃となって届くよりも早く、川の逆側から駆けつけた真選組隊士たちが忽ちに制圧して仕舞う。 軽い乱戦状態になって、堀の上からの重火器による援護は期待出来なくなったが、端から人数にも練度にも圧倒的な差がある。大丈夫そうだと判断した銀時は、早々に木刀を収めると土方の腕を掴んで囲みを抜け出した。 向かう先は、川からやって来た援軍たちの中を控えめに追いかけて来た、地味な面相の男の元だ。 。 ← : → |