たなごころ / 4



 取り敢えず、万事屋から捜索願など出されても困るし、真選組の屯所の中でいつまでも、副長が背中に得体の知れない元攘夷志士を貼り付かせて歩き回る訳にもいかない。
 …と言う訳で、背中に銀時をくっつけた土方は、身の回りの品をまとめた鞄を持たせた山崎と、興味本位でついて来た沖田とを伴って、万事屋の玄関を潜る事となったのであった。
 「…………まあ、納得はし難いだろうけど、そう言う事だから…」
 三者を代表して、山崎が通称モフモフ病の概要を説明し、銀時の症状が治まるまでの間、土方が万事屋に同居する事に同意して欲しいと言う話を願い出た。
 どうした所で銀時が土方から剥がれる様子が無い事。
 説得して離れさせても一分やそこらが限度。
 他に可愛らしそうなものやモフモフした動物を与えても効果が無かった事。
 それが銀時の現在の症状である。客側の席に座っている、本来の家主である筈の銀時の異常に、新八も神楽も向かいで目をただただ丸くするばかりであった。
 土方はもうソファに座っていると言うより、隣に座している銀時に大きなぬいぐるみよろしくがっちりと抱え込まれている。斜めに傾いだ身体は腰痛になりそうだったが、土方の精神状態は最早諦念の域にいる。どうとでもしてくれ、と言った投げ遣りな表情で、子供らの唖然とした表情を前にただただ無言を貫くのみだ。
 「えっと…、確かに朝からニュースで頻りにやってたんで、モフモフ病の事自体は知ってましたけど…、銀さん?一体どこでモフモフ星人と接触なんてしたんですか」
 「いちいち憶えてねーよそんなん。この間パチ屋で隣に座った野郎がモフモフしてた事ぐらいしか憶えてねェ」
 新八の問いに、銀時は考える素振り一つ見せずに、抱きしめた土方の身体に頬擦りしながら答える。モフモフどころかぶ厚い生地の隊服など、頬に触れて到底気持ち良いものではないだろうに。
 「……十中八九それですね」
 段々慣れて来たのか、そんな銀時の様子から目は逸らさずに溜息をつく山崎。取り敢えず地球に現在までに来ているモフモフ星人たちは全て母星へと送り返されているので、その、何故かパチンコに興じていたらしい者とて例外では無いのだろうが。
 「それで銀ちゃん、どうしたら良いアルか」
 「副長を与えてさえおけば問題ないから、他はいつもと変わらない感じで居てくれれば良いと思うよ」
 「幅もたくさん取るし四六時中イチャイチャされてたら鬱陶しいネ。無理矢理引き剥がしちゃえばいいんじゃねーアルか」
 神楽の半眼に、無の直中に居る筈の土方の口元が引き攣った。どこをどう見ればイチャイチャなどと言う言葉が出て来るのかと抗議を叫びたくなったが、無言で現状を指さされるだけで終わる気がする。全く以てやりきれない。
 「引き剥がして終わるんなら苦労はしねーさ。今の旦那は、数メートルでも土方さんから離しただけで、飢えたライオン宜しく飛びついちまうんでィ。それに、離せば離すだけ悪化して反動が酷くなるかも知れねェってんだから、お互い五体満足で平穏に済ませてェんなら、涙を呑んで大人しく土方さんを生贄に捧げとくのがベストだろィ」
 「それ、お前がマヨラーから離れたいだけじゃねーアルか」
 「………」
 神妙そうな表情を形作って言う沖田に、一瞬でも、心配されているのか、などと感じた己が馬鹿だったと、神楽の鋭い指摘にそう思って土方は目元を片手の掌で覆った。正直言ってそろそろ泣きたい。
 「じゃあ、土方さんが泊まりに来ている、ぐらいに扱って良いって事ですか?」
 「副長サイズの抱き枕を旦那が拾って来た、ぐらいで良いと思うよ。あ、これマヨネーズと煙草。副長の傍に置いておけば良いから」
 「何なら奇抜な南極二号でも良いぜィ」
 頭を抱える土方を余所に、何やら勝手な会話が交わされていく。銀時の病が由来とは言え、他人を一人余分に家庭(?)に抱え込まねばならない事態だ。その為に一応依頼料(では正確には無いのだが)も真選組が生活費込みで支払う事になったお陰か、子供らは銀時が銀時+土方になる事に特に難色を示す事も無かった。無論土方にとっての必需品であるマヨネーズと煙草も段ボール箱で持参である。
 話がある程度まとまって来た所で、土方は傾いでいた身体を正位置へと戻すとソファから立ち上がった。動きたくないのか、まだ座った侭横着に腰にしがみついている銀時の額を抗議の意図を込めて叩くが、膨らんだ頭髪の所為で、もふ、と言った感触が掌に伝わって何だか景気が悪い。拳にしておけば良かったと密かに思う。
 「早速で悪ィが、仕事をさせろ。後の話は山崎、任せた」
 「あぁ、はい。解りました」
 無の境地から戻る気の無さそうな土方の平坦な物言いに、山崎は苦笑めいた表情を浮かべつつ、屯所から持って来た書類ケースを土方へと手渡してくる。
 仕事とは言っても、警察である真選組の書類は表に出せないものの方が多い。因って、土方がこの万事屋で出来る『仕事』など、申し訳程度の残務整理や、資料の改め直しが殆どだ。
 実務に関しては、残念ながら暫しの有給休暇となった。幾ら何でも副長がおまけを付けた状態ではまともに指揮など出来まい。銀時の腕を疑う事はないが、毛ほどの距離も離れられないとなれば流石に戦うどころでは無いだろう。それに、乱戦中に敵に混じって飛びついてこられたりでもしたら、流石に問題がある。主に命的な意味で。
 取り敢えず現状では大きな事件を抱えている訳でもなく、攘夷浪士たちのきな臭い動きが報告されている訳でもない。副長が現場に立たなくとも特に問題は無いだろうと判断しての事だ。
 無論、有事の際にはおまけ付きであろうが何だろうが、出るしかないだろうとは思うが。
 ともあれ平和の証の様な雑務を抱え、渋々立ち上がった銀時を腰にくっつけて頭を巡らせる土方に、新八が腰を浮かせて言う。
 「土方さん、隣の部屋に机とかありますから、良かったらそれを使って下さい」
 「あぁ。悪ィな」
 言って指されたのは、ソファのある万事屋の居間から続く和室だった。襖一枚で隔てられているだけの空間だが、奇異の目を客観的に感じられないだけでも随分と楽になる。後ろ手に閉ざした襖の内側で、土方はそっと息を吐くと、隅に寄せられている卓へと向かい、勝手に座布団を敷いてそこに座った。
 動きを止めた土方を、漸く落ち着けるとばかりに、貼り付いていた銀時が背後からその両腕で抱え込んだ。姿勢を矯正されている様で居心地はひたすらに悪いが、土方は断固として黙殺を決め込む。
 銀時は時折、てのひらをもぞもぞと動かしたり、頬擦りをしたり、腕の力を強くしたりと、僅かとは言え動いているものだから、落ち着かないことこの上ない。
 本来のただしい病状であれば、万事屋の巨大な飼い犬辺りにこうやってしがみついて、モフモフだか何だかしている所だったのではないかと思うのだが、どうして銀時は可愛い動物でもない土方にモフモフ(っぽい事を)しようなどと思ったのか。そんな頓狂な症状を表したのか。
 「土方…かわいい…」
 「……………」
 しがみついているだけでは飽き足らないのか、時折呪いの言葉を吐いて来るのが心底に困る点だ。抱きついて離れない状況を幾ら黙殺しようとも、その言葉だけはいやにはっきりと耳に飛び込んで来るものだから、土方は無視する事に失敗しては頭にかっと血を上らせる。
 言葉の内容はどう聞いた所で、血迷っているか何かの間違いか、それとも矢張り呪いの類かとしか言い様のないものなのだが、言葉を言い放つ声にも耳朶を擽る吐息にも、酷く熱が籠もっていて熱い。
 戀を唄う様にも愛を囁く様にも聞こえるその熱量を膚で直接に感じて仕舞った気がして、土方は紅い顔を誤魔化そうと益々俯く。困惑に震えそうな指先で、握ったペンだけが淀みなく動き続けていた。







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