たなごころ / 8 狭い布団で大の大人二人が同衾。その画だけでも充分に酷いが、実用的な意味では、これが真夏で無くて良かったと土方は心底に思う。 何しろ極端な気温の変化に対応出来る様な空調の類は万事屋には一切無いのだ。あったとして精々が、古びてカタカタ耳障りな音を立てる扇風機ぐらいのものだ。 そんな状態で夜通し人間一人の体温に貼り付かれると思うとぞっとしない。熱中症は疎かそれ以前に寝苦しさで体調を崩しそうだ。或いは土方のストレス値が限界を振り切るか。 モフモフ病──もとい、毛布を抱いていると安心する安心毛布病は徐々に終息へ向かおうとしている。先日のニュース以降、一人二人と少しづつではあるが患者の完治が確認されていると幕府も正式なコメントを出したし、江戸感染研も既に警戒警報を解除している。生死に大きく関わる様な病では無いのもあって──それどころか患者には頓狂な画が多くどちらかと言えば暢気なものだった──世間の目も何処か生ぬるく、江戸で日々起こる様々な出来事や事件の中に、この侭ひっそりと埋もれて行くのは明らかだった。 然し個人差か個体差か──、当初から他に余り類を見ない様な奇妙な症状を見せていた坂田銀時の症状は依然として変わる兆しを見せない。 それをして、仮病、と言う可能性を考えなかった訳ではない。だが、嘘やイヤガラセで果たして、犬猿の仲の男にべったりと引っ付いて、自らの生活までを阻害する様な真似が出来るだろうか?と考えると、答えは矢張り否と言わざるを得ないのだ。 ただでさえ面倒臭がりと知れている男が、自分から面倒な仮病の演技などをする筈が無い。仮に、土方に対するイヤガラセと言う明確な理由がもしあったとしても、銀時であればもう少しまともでマシで、ついでに言えば面倒の無い手順を踏むだろう。 とは言えそもそもにして、他者へのイヤガラセと言う下らない感情に、一瞬程度であればまだしも幾日もの時間を費やす様な、そんな陰気な男でも無い事は土方でなくとも知っている。寧ろ坂田銀時とは、金も恨みも宵越しに持たない様な男だ。 だが、そうなって来ると今度はもう一つの問題が生じる。当初から疑問以外の何でもなかったそれは、どうして銀時の『モフモフ』対象が土方十四郎だったのか、と言う点だ。 多くの場合はモフモフと言う言葉通りの動物やぬいぐるみと言った『可愛い』ものに作用する。元々そう言った目的で生じたウィルスだからだ。 『可愛い』の程度もあるだろうが、自分の子供が対象になった者も居る。つまり『モフモフ』は、見た目にモフモフでもフワフワでも無い人間相手にも起こり得るのは間違い無い。これがもし、好色な男が患者になったりしたら江戸中で痴漢騒動が起こっていたかも知れない所だが、今回の大規模感染では幸いにもそう言った患者は現れていない。 全患者を網羅した訳では無いが、同年代の、仲の悪い男相手に症状を見せているのは、恐らくは銀時だけなのでは無いかと土方は半ば確信していた。こんな症状の対象が他にもあればそれこそ話題になっている可能性は高い。 つまりは、沖田にこぼした愚痴の様に、銀時の症状だけが特異なものなのだろうと言う事だ。何かウィルスが変な作用でも起こして、大嫌いなものが『モフモフ』対象になったとか、恐らくそんな所に違いない。そう考えなければ余りに不可解過ぎるのだ。 (……俺らはどちらかと言や、仲の悪い関係だった筈だろうが…?) それがどうして、と土方は背中に貼り付く体温に向けて呻いた。 嘘やイヤガラセでこんな事を続けられる筈が無い。本気としか言い様のない声音で、かわいい、などと言う呪詛を唱えられる訳も無い。だからと言って本当に「そう思われる」筈も無い。 仮に銀時と土方が、親友とまでは行かずともそれなりに普通の仲だった、としても、どう考えても土方には己が『可愛い』などと言う形容に類するものだとは欠片も思えないのだ。誰に訊いても十中八九同意が返るだろう自信も自覚もある。 (面倒臭ぇ症状になりやがって) そこが結論だった。温度よりも不自由さで寝苦しい布団の中で、土方は気を紛らわせる様に大きく息をついた。 慣れている、と沖田は言った。実際業腹ではあるがその通りだ。それこそ気温や湿度と言った環境上の問題さえ生じなければ、眠るにも、仕事をするにも、動き難さや不自由さはあれど、多分に問題は無い。 一つの布団に同衾し、背後にべたりと貼り付かれて抱きしめられていても、寝苦しさに辟易こそすれど、逃れようと思うどころか慣れるしか無いと思ってやり過ごして来ている。 幾ら一般市民の命(?)が関わっているとは言え、本来ならば土方がそこまで折れてやる様な必要は無かった筈だった。それがどうだ、今では慣れてやろうと必死だ。無いものとして黙殺しようと必死だ。 (暑いし、鬱陶しいし、何一つ碌なもんじゃねェし、) そこに来て更に不可解だったのが、過日の一件にもならない一瞬の接触だ。モフモフ病の作用の一種で生じた、一種の気の迷いの様なものだろうとは思うのだが。 どの途、病自体が終息に向かっている以上、銀時の症状が奇抜であれ特異であれ、そう遠からず治る筈なのだ。そうなったらこの億劫なボランティアも終わる。土方は元通り屯所に帰り、最後の記憶より遙かに嵩を増しているだろう仕事の山を片付けに戻れる。 元通りの、犬猿の仲と言う──万事屋と真選組副長と言う距離感に戻る事が出来るのだ。 それこそが望む所である筈だ。土方にとっても、銀時にとっても。 。 ← : → |