カラの水槽 / 12



 つまりは鬼ごっこの鬼の様なものだ。
 誰かに『それ』を押しつけると、自分は助かり、次の誰かが『それ』になる。
 今の土方の状態は、人間の身でありながら無理矢理に水棲の生物へと変容させられている様にも見える。例えば金魚とかへと。つまり本来ならば人間の得られる様な、負える様な『呪い』ではない。況してや病でもない。
 あのナマズ天人がどう言った存在だったのかは解らないが、あれも呪いを受けるか、誰かから同じ様に呪いを押しつけられて金魚の姿に成り果てていたのでは無いだろうか。
 土方が見た外来種と思しき金魚はナマズ天人の成れの果て。そしてそいつは偶然水に落ちて来た土方に触れるなり何なりをした事で、呪いを土方へと押しつけた。
 そうだとすれば、「渡せた」と言う歓喜の言葉の意味も、その後素っ裸の侭町を走って逃げて行った事にも説明がつけられる。
 荒唐無稽な想像でしかないが、有り得ない話では無い。こと科学では説明のつかない理不尽は太古の昔から宇宙の至る所にも銀時の周囲にも山ほど存在しているのだ。
 そしてその理不尽の解き方とは、宇宙の何処へ行っても大概似たり寄ったりである。
 濡れた浴室に膝をつくと、水面ギリギリに顔を出してぼんやりとしている土方の顔が近くなる。銀時は暫しの躊躇いの後、「なあ」と極力軽い調子で口を開いた。
 「キスでもしてみねェ?」
 言い放って仕舞ってから、何を言っているのだと猛烈な恥ずかしさが押し寄せたのは、ぼんやりした侭の土方の目蓋が然程に驚いた様子もなく緩慢に瞬きを繰り返しているのを見て仕舞ったからだ。
 銀時の奇抜で唐突で血迷った発言が脳に意味として落ちるのに、今の土方では酷く時間がかかる。銀時が己の発言を反芻して後悔して仕舞う程度には、時間がかかる。
 「………はぁ?」
 たっぷり数十秒は置いてから、土方は怠そうな表情はその侭に素っ頓狂な一音を吐き出した。銀時は徐々に頭の働き出した土方を前に、態とらしい咳払いを挟んで言う。
 「いや、お前の症状見てたら、病気とかそう言うんじゃなくて、呪いって方が有り得る気がしたから。ほら良く言うだろ、王子様のキスで呪いは解けましたーって。
 んで水槽に転がった時おめーはナマズ天人らしい変な金魚と…、その、キス、したんじゃねェ?」
 いや勿論偶発的にだよ?と語尾に慌てて付け足しながら、今し方思いついた己の推論を説明する銀時に、土方はよもや唇をガードすると言う意味ではないだろうが、鼻の下までを水に沈めて若干俯き加減になった状態でかぶりを振る。
 「わ、かんねェけど、キスしたっつぅか、水と一緒に口に入りそうになったっつぅか…、かも、知れねぇけど、」
 「もしお前があのナマズ天人が金魚になってた呪いを、キスして身代わりに伝染されたんだとしたら、また誰かとキスすりゃ良いんじゃねェの?って思った訳だよ」
 殊更に事務的に、淡々と説明すれば、土方の顔が目に見えて紅くなった。憤慨なのか恥じらいなのかよく解らないが、熱も高くなったのか、一度水面にじゃばりと顔をつけると数秒してから顔を起こす。その時には熱は冷めたのか水の滴る面相は盛大に顰められていた。
 「馬鹿か、キスして呪いが解けるどころか、誰かに伝染すんじゃ仕様がねェ」
 「まあ少なくともおめーは治るよ?」
 「馬鹿にするな」
 目を細めて言う銀時に、土方は真逆に冷え切った鋭い眼を向けた。それは随分と久し振りに見た気のする表情だ。眉を寄せ目尻を吊り上げた表情は、こう見れば単なる顔が良いだけのチンピラでしか無いと確かに思えるのに。それは俄に恋心の様なものを自覚して仕舞った銀時にとっては、単純な好意ばかりか、からかったり構ってみたいと言う、言葉にはし辛い感覚が去来するものだった。
 そりゃ本来嫌われて無かったかも知れない相手にも嫌われる訳だ、と、子供じみた己の性情に呆れた銀時は力なく苦笑した。
 然し、そんな子供じみた己の行動や言動が原因で土方が今『こう』なって仕舞ったのだとすれば、罪悪感に似たものが心の嵩一杯に拡がって溢れていく。した事を取り消すことは出来ないが、もしも、万一にでも、今からでも取り戻す事が出来ると言うならば、銀時はそれに否やを唱えるつもりは無かった。それは贖罪と言うには少し趣は違うものだったが、少なくとも咄嗟には否定する材料は浮かびそうもない。
 「案外、魚暮らしってのも悪くねェかもな?元からこんな気侭な生活だし」
 戯けた仕草と共に言った時、土方の表情が見て取れる程の激昂の色に染まった。瞬時に水から飛び出た腕が、浴槽に触れていた銀時の腕を強く掴む。
 ひんやりと濡れた指先が強く、爪を立てる程に掴んでいる己の体温を保った腕。その温度差に、じゅ、と嫌な音が聞こえた気がした。
 「土方!」
 「ってめぇの、勝手な感傷だか同情だか後悔だかで、救われてェなんざ、誰がッ、頼んだ!」
 慌てて指を解かせようとする銀時を逆の手で振り払うと、痛みにか苦しみにか、顔を苦悶の形に歪めながらも、土方は自らの冷たく濡れた五指で銀時の、余りに身勝手な言葉を吐いた男の腕を掴んで声を上げる。
 ふざけるな、と、喉でひうひうと乾いた音を奏でるのと同時、熱傷を負って赤くなった指が堪えかねた様に解け、土方の身体はぐにゃりと糸の切れた人形の様に浴槽へと落ちた。
 「っ土方、オイ!」
 慌てて水から顔だけでも引き揚げるが、怒りで頭に血が昇ったのが原因なのか、土方の眼差しは再び熱に呑まれどろりと淀みかけ、開かれた口からは忙しない呼吸が繰り返されている。
 もう無理にでも口接けて呪いを受け取ってみようかと──正解ならばそれで良いし、間違っててもちょっと唇を盗んで仕舞っただけにしかならない──思い、銀時は水の中で抱え起こした土方の顔を見つめた。
 後のことは後で考えれば良い。呪いも、恋も。そんな投げ遣りな決意と共に、薄らと開かれた侭の眼と唇とをじっと見つめながら銀時は恐る恐る唇を土方のそれへと近付け、
 「……何してるアルか?」
 背後から聞こえたそんな声に、ぎくりと固まってぎくしゃくした動作で振り返る。
 時刻はまだ夜。深夜に入ろうかと言う頃合い。そんな時間にこれだけ騒げば、幾ら眠りの深い神楽とは言え流石に目ぐらい醒ますだろう。…と言うか、醒ましたのだろう。
 「……金魚の餌やり、とか?」
 乾いた声で辛うじてそう言うと、神楽は「ふーん」と、特に気にした様子もなく、トイレに入って出て来ると、未だ半分に閉じかかった侭の目で寝床へと戻って行った。
 閉ざされる納戸の音を遠くに聞いて、銀時はがくりと項垂れた。心臓が止まるかと思ったが、冷静になって考えてみれば、本人の意思無くそんな事をして呪いを受け取れたとしても、後からそれこそ土方に斬りかかられるか、もう一度『呪い』を取り戻されかねない。
 掌に熱傷を負ってまで掴み掛かって来た男の気性を思って、今までよりも強く呆れを憶えると共に、何だかそれが悪くないものの様に感じられる事に、銀時はやれやれと力なく笑った。
 
 *
 
 背を預けた浴槽から水音が聞こえた気がして、銀時は頭をそちらへとゆっくり振り向かせた。水の中に肩まで浸かった土方はまだ目を閉じ俯いていたが、身じろぎをしたと言う事は眠りはもう浅いのだろう。漏れ聞こえるどこか苦しそうな息遣いは悪夢に魘されている人の様だ。
 あれから時間は随分経った気がするが、まだ深夜と言って良い時間帯だ。銀時は土方が意識を失ってからずっと浴槽に寄り掛かってその場に留まり続けていた。その理由はと言えば、実の所未だ良く解らない。
 心配だから。それが安直に浮かんだ最も近しい答えの様には思えているが、僅かに違うのかしっくりとは来ない。少なくとも水に濡れて湿気に満たされ、大凡居心地が良いとは言えない風呂場などにずっと留まる理由には足りていない気がする。
 或いは土方の言う様に罪悪感の様なものがあったからなのか。ここに来て存在を主張し始めた恋情らしき感情を思えば、それは正しい様で正しくは無いのだと思えたが、何れにせよ確信は見えて来ない。
 今日が余り涼しく無い日で良かった。思いながら両肩を僅かに震わせて、銀時は湿気を受けてボリュームの増した気のする頭髪をぐしゃりと片手で掻き潰した。
 往生際悪く理由と動機を探す自分は果たして臆病者なのかも知れない。これが恋情と言うべく感情ならば、『それ』以外に何の理由が、言い訳が必要だと言うのか。
 心配も、罪悪感も、恋も、それらを混ぜて飲み込むに苦労している感情も、全てがたったそれだけの事だ。『それ』は、深夜にも拘わらず冷える浴室に座り込んで、繰り言を転がし続けるには恐らく十分過ぎるものなのだ。
 「……ぅ、」
 やがて、流れ続ける水音に紛れて、耳を澄ませていなければ聞き逃しそうな程に小さな呻き声がしたのと同時に水面がばしゃりと揺れる音がした。土方が目を醒ましたのだろう。銀時の鼓動は暫くの間恐れていたか待っていたのか煩く騒ぎ続けていたが、溜息混じりに口を開く時には鎮まっていた。
 「溺れてねーか?」
 「……………あァ」
 浴槽からも、そこに寄り掛かる銀色の頭髪が見えていたのか、小さく頷きを返してくる声に然程驚きの気配は無かった。自分はどうやら緊張していたと言うのに、と思えば何だか馬鹿馬鹿しいとさえ思えて来て、銀時は密かに苦笑した。全くこれは厄介な感情だ。
 「…大体、何でてめぇに呪いとやらを引き受ける筋合いがあんだよ」
 ざば、と掌で水を掬う音がして、土方の憮然とした声がその後に続く。銀時は一瞬考えてから、その唐突な発言が土方が意識を失う前の話の続きかと理解を追いつかせた。浴槽を振り返る。
 土方のこの状態の原因がもしも呪いなのだとしたら、それを受け取っても良いと銀時が思ったのは事実だった。口接けをする事でそれが叶うと思ったのは適当な思いつきでしかなかったし提案したのも同様だが、それでも良いかも知れないとは確かに思ったのだ。それが土方の言う『筋合い』に適っているのかどうかは解らないが。
 「まぁ…、その、なんだ。俺の責任みてーなもんだし?」
 「諄い。あれは俺の不注意だって言ってんだろうが」
 游ぐ目でそう言えば、顔から未だ水を滴らせながらの土方の、取り付く島もない様な答えが返る。実際言う程銀時は、土方を水槽に転ばせた事そのものについては悪いとまでは思っていなかったのだが、原因の一つであると突き詰めて考えてみれば、一因としては矢張り申し訳ないとは多少でも思う。
 だが、ある意味で当然かも知れないが、土方にはそんな銀時の罪悪感や過失を額面通り受け取る気は無いらしい。水槽に転んだのも、手を上げようとした事と足下への注意が疎かだった己の責だと、強がりなどではなく普通にそう事実として認識しているのだと、そのにべもない口調からは伺えた。
 「そうじゃなくて、〜…だから、なんつーかその、」
 言い返そうとしたものの、言葉がそこで上手く繋がらなくて銀時は困惑を抱えた侭肩を落とした。目の前の浴槽の中には暫定呪われた人間。
 水槽に転ばされた事が原因であれど、あの時の銀時には水槽の中にそんな呪いを掛ける様な生物が居たなどと想像出来る筈もない。況してそいつがタイミング良く土方に──或いはその唇に触れるなど、何をどうしたって想像の埒外だ。そう言う意味では確かに銀時には、多少の罪悪感や後味の悪さこそ残れど、呪いを自分が受け取るとまで申し出る様な理由にはならない。…筈だった。
 「悪ィとも思ってるけど、それだけじゃねェんだよ…。呪いがどうとかじゃなくて…、いやそれも可能性の論でしか無ェ話なんだけど何か厭なんだからしゃーねェだろうが」
 語尾が明瞭な言葉にならずもごもごと口中で消える。突き刺さる土方の訝しげな視線を受けながら、銀時は一度天井を仰いでそれからゆっくりと頭を元に戻した。
 目の前の浴槽の中には、暫定だが、呪われた人間。呪いをあのナマズ天人から受け渡されて仕舞ったと言う可能性の先に在って、これもまた暫定だが、銀時にとってややこしい恋情を向けるべく対象だったらしい人間。
 「?何が言いてェんだてめぇは」
 「〜…だから。あのナマズ面とキス出来て、俺とは厭な訳?」
 浮かんだ感情をよくまとめもせずに紡いでみたら、そこで何か胸の支えが取れた様な気がして、銀時は疑問符を浮かべた侭ぽかんと口を開いて固まっている土方の顔を、開き直った心地と空いた気持ちと共に真正面からじっと見つめた。
 そうだ。呪いを受け取っても良いと思ったのは解り易い罪悪感などではなく、安直に嫉妬を憶えたからなのだと不意に気付かされた。もしもその手段が想像通りのそれであるのなら、受け取りたい。否、もっと単純に上書きをしたいだけなのだと。その結果土方が助かるのであれば、それに否やを出す事は無いのだと。そんな思考の順序。
 呆れた理由だと己に罵声を内心浴びせながらも、その思いつきを悪いとはちっとも思えなくて、銀時は「は?」と漸く硬直から脱して一音を紡いだ土方にずいと顔を近付けた。キス、と言われて意識でもしたのか、詰めた距離だけ土方の顔が身体ごと浴槽の中で後ずさる。
 「っ待て、どうしてそう言う話になる?!」
 「いや始めっからそう言う話のつもりだけど?ナマズ面の金魚にキスされたんだろおめーは。だから、」
 「待て待てやっぱりそう言う問題じゃねェ、大体キスっつぅかちょっと触れただけぐらいの不可抗力でしか無ェんだ、それをキスってカウントするのもおかしいし、何でてめぇがそれに対抗意識なんざ燃やしてんだ、訳が解らねェ!」
 近付いた銀時の頭を牽制する様に両手を目前に翳してそう一息に言う土方の様子を見て、銀時は絶望的なまでにはっきりと思う。理解する。この厄介な感情の向く意味を。
 きっとこれが己の自覚した恋らしき感情の正体なのだと。
 「じゃ、呪いとかどうでも良いからおめーにキスしてみてェっつったら?」
 「だから訳解んねェ、何をどうすりゃそうなる?!大体、どうでも良く無ェだろ、推論でも可能性でもてめぇに累が及んで良い謂われは無ェだろうが!」
 泡を飛ばす土方の背が、浴槽に水を流し続けるカランに触れた。土方は一瞬だけびくりと背を震わせその正体を確認するが、目前に迫る銀時から注意は外そうとしない。それは刺々しくはないただの警戒姿勢。日頃銀時や沖田から遊ばれたりからかわれたりする事に対する、土方の憶えた対処法なのだろう。
 「多分、てめぇはきっと罪悪感とか寝不足で混乱してんだ、一度布団被って寝て冷静になってみろ、手前ェがどんな馬鹿抜かしてるか解る筈だ」
 それでも頭ごなしに払い除けたり嘘や思惑を疑いはせず、飽く迄真っ向から止めようとするのが、矢張り銀時のよく知る土方と言う男だった。
 だから遊ばれる──遊びたく、或いは構いたくなるのだと、全く気付きもしない。そこに銀時がいちいち付け込んでみたくなる、土方にとっては悪循環の構図が出来上がって仕舞っている。
 気付いて仕舞ったがそれを是正してやる気は起きず、銀時は己の少々捻じ曲がった性情から成るその感情こそが、好意を抱き已まない事実だと言う事をそっと胸の奥へと仕舞い込んだ。多少婉曲していようが何だろうが、それを好きだと思う事に変わりはないのだから仕方がない。
 「…ま、そう言う事にしといてやっても良いけど」
 まるで聞き分けのない子供に言い聞かせる様な調子でそう言うと、土方は小馬鹿にされたと感じたのか舌を打って俯いた。浴槽の外へと牽制する様に伸ばしていた手が力を失って水の中へと再び沈んで、そして。
 「……何なんだてめぇは、どれだけ人の事をからかって馬鹿にすりゃ気が済むんだ。ただでさえこんな、無様でしか無ェ為体を晒してるって言うのに、まだ足りねェのか…?」
 長めの前髪からぽたぽたと水を滴らせながら、苦しげな声音でそう呻く。どうやら一連の流れを、銀時がただ己を馬鹿にして遊んでいるだけなのだろうと結論付けたらしい。と言うよりそうでもしないと土方には心底に訳が解らないのだろう。
 無理もない、とは思う。思う程度には銀時は今まで散々土方の事を沖田と一緒になってからかい倒して来たし、今まではそれらの行動にあからさまな意味など存在してはいなかった。
 今更その事についてを、己の所業や言動についてを弁解出来る様な器用な言葉を銀時は持ち合わせてはいない。否、たった一つだけあるにはあるのだが、今の状態ではそれさえも嘘や攻撃だと土方は受け取りかねない。
 少し迷ってから、銀時は浴槽へと手を突っ込んだ。冷えた水に包まれながら、水底付近に力なく投げ出されている土方の手を取る。
 何かされると思ったのか、びく、と肩を跳ねさせた土方はまた少し背を反らすが、背後は流水をもたらし続けるカランと壁。狭い浴槽、否、水槽に逃げ場は何処にも無かった。
 金魚は掬われまいとするりと泳いで逃げる。だが、救う手から逃れる術は金魚ではない人間には無い。
 再び狭まった距離に、今度は土方はただ、銀時の顔を睨んでかぶりを振っただけだった。逃げ場など無い事に観念した様な目には常の様な力も効力も無い。
 「別におめーの事、馬鹿にするつもりは無ェって。ただ、それで治るかも知れねェって可能性があんなら試してみる価値もあるんじゃねェのかって思っただけだ。
 まぁおめーにしてみりゃ、それも情けや同情や罪悪感?って事になるんだから、馬鹿にされてるとか感じるのかもしんねェけど」
 「……まるで俺が悪いみてェな言い方だな」
 「それに関しちゃ散々誤解を招かせる真似して来た俺のが悪ィんだけど、兎に角だよ、この侭じゃ埒も開かねェし試しにと思ってキスしてみねェ?」
 ぐ、と水中で手を固く握って言う銀時に向けて益々目を細めると、怒鳴り立てる気を鎮める様に土方は大きく息を吐き出した。
 「………もしも、てめぇの言う通りこれが呪いとやらだとしても、それをてめぇに渡して終わらせるなんてのは御免だ」
 「何でよ。呪いを受け取ってみるってのは馬鹿にしてる訳でも同情でも罪悪感でも無ェし、単に試してみるだけだって。それとも何か、やっぱそんな俺とキスとかしたくねェの」
 浴槽にいよいよ上体を乗り出した銀時に、土方はこれ以上下がれない事を思い出したのか、苦し紛れに顔を俯かせた。その視線の先、冷えた水の中には熱い手を握り込む銀時の掌。
 「っ訳が、わからねェだろ。嫌いな奴に、馬鹿にしてるでもなく、何でキスしてみてェとか突然抜かしやがんだ」
 声にも表情にも困惑と、僅か差し始めた疑心。今まで散々からかったり弄り倒して来た己の自業自得でしかない行動が土方にそんな顔をさせているのだとは解っていたが、それを説明するのは野暮だし複雑だし面倒臭いし恥ずかしい。気になる子だからつい虐めちゃってました、などと言う子供じみた真実は死んでも口にしたくない。
 「だからそれは…、ああもう面倒くせェな、つまりおめーの事が好きみてェだからキスしてみたくなったって言や良いのかコノヤロー!」
 深夜の浴室に、そんな銀時の些かに間の抜けた声が響き渡った。
 たった一言で説明にも弁解にも理由にも足りるだろう、決定的な一言が。





…今更ですがこのシリーズの銀さんには「恋愛経験ゼロ」から成る、クソのつく格好悪さを突き抜けて貰ってます。

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