カラの水槽 / 13



 言い放った言葉もその意味も取り消しは出来ない。無かった事にもならないし、したくはない。水の中の手に力を更に込めれば竦む様な動きが掌越しに感じられて益々に煽られる。土方にとっては非常に迷惑な話だろうが、これこそが銀時の感じた恋情の正体のひとつだった。
 は?と、同じ様に土方はそう問おうとしたのだろう。だが機先を制した銀時は土方の疑問が形になるより先に浴槽へと更に身を乗り出した。
 それこそキスを迫る様な接近に、土方は疑問を浮かべるよりも拒絶の意思を優先させた。はっと我に返るとかぶりを振りながら狭い浴槽の中で目一杯に顎を仰け反らせて距離をおこうとする。
 「っだ、だめだ、」
 掌中で強張った手が逃れようとするのを抑えこめば、返るのは弱々しく呻く様な声音。
 「てめぇの言う通り、金魚にキスして呪いが伝染されたとか言うなら、それだけは、厭だ」
 懇願する様な調子の癖にはっきりとした言葉に、銀時はそっと嘆息した。どうやら何をどうと理由を作って連ねてみた所で、土方には自らの負ったその呪いを誰かに押しつける気はなさそうだと知れて、難儀な性格だと呆れもしたくなる。
 つまり、呪いを受けるかどうかまでは解らないが、ともあれキスは許して貰えないらしい。
 「……じゃあ段取りはおかしい事になるけど」
 ぽつりと投げると、銀時は水の中の土方の手を掴んだ侭で浴槽の縁を跨いだ。突如成人男性二人分の体積を放り込まれた浴槽から一気に水が外へと溢れ出す。
 逃げ場の無い中での更なる狼藉に、土方は目を白黒させながら、もう後退れないからか掴まれた手を必死で突っ張った。狭い浴槽の中で水がざぶざぶと激しく揺れる。
 銀時はもう言いたい事を言ったつもりだ。だから自然と感情は次のステップを求めて勝手に走り出している。激しく明確な拒絶が無い限りはこれは恐らく止まれない。
 銀時に勝算があるかどうかは正直言って微妙と言わざるを得なかった。少なくとも嫌われているだろう確信はあったからだ。だが、土方の地味な部下曰く、嫌ってはいない、だそうだし、先頃からのキスをするとかしないとか言う問答の中でも明確な拒絶はまだ食らってはいない。
 故に、勝算は低かろうがゼロではないのではないかと、そんな可能性に多少強引にでも斬り込む事にした。どう、と言う明確な目的があったから、と言うより、自覚したこの恋情らしき感情が、欲が、そうしてみたいと主張して来る。
 「キス以外の事ならしても?」
 「だ、から、何で、そんな」
 「好きだからっつったろうがコノヤローが。何遍も言わせんな恥ずかしい。キスすんのが駄目なら他の事がしてェんだよ、そのぐらいおめーも男なら察しろや」
 早口でそう言うと、もう拒絶以外では待つものかと決め込んで、銀時は手を解放すると水の中で土方の背を寄せた。濡れてまとわりつく着衣にもその下の身体にも異常な反応は出て来ない。水の外だと忽ちに熱傷を負って仕舞うが、水の中ならばやはり平気そうだ。
 「ってめぇ、は、本当に訳が、わかんねェ…!」
 銀時がこう言った嘘をつかぬとはどうやら信じてくれているらしい土方は、弱々しい抗議の声を上げるとその場で項垂れた。波立つ水面に映る表情に見える苦悩の気配が、土方の困惑を如実に表していた。
 それは理解出来る。今まで散々からかわれるか喧嘩するかしかしていない様な相手から突然打って変わって好意など投げられた所で、どう思えば良いのかなど解る筈も無い。
 まともな形で、好きだとか、優しい感情だけで、好きだとか、告げる事の出来ない己の性情はこの上なく迷惑なものだと銀時とてそう思う。
 それでも、軽薄でも、嘘臭くとも、告げる言葉そのものは口にしたつもりだ。そしてそれだけ解っていれば、土方には是か否かの答えを出す材料には足りている筈だ。その上の答えが沈黙ならばそれを都合良く取るまでだ。
 一度はもう手に負えないと投げ出そうとした筈の男だ。それは解っているし変わりもしない。だが、本当に呪いだか何だかで失われるのは御免だった。
 投げ出して仕舞いたいと思ったのは恐れがあったからだ。そしてその恐れこそがこの身勝手な衝動を作り出しているのだとは百も承知だ。
 水の中で、揺蕩う布の絡んで到底外せそうもない釦を早々に諦めると、銀時は隊服の黒いベストと白いシャツとの間に手を差し入れた。「!」驚き逃げを打つ土方の腰を背に回していた腕で捉えると、今にも泣き出しそうな──殴りかかられそうな──困惑顔で見つめられる。
 その表情にまたしても煽られた。愛おしんでみたいと思う感情と共に湧き出す、からかってみたい、遊んでみたい、そんな厄介なものを内包した己の恋心の侭に、銀時は唇を湿らせながら土方の顔をひたりと見据えた。
 「好きなんだよ、土方…、なぁ、厭なら拒絶すりゃ止めるから、ヤらせて」
 「、」
 囁く様な最低で卑怯な言葉に息を呑んで、土方は全身を硬直させた侭、何か言葉を探す様に一度だけ唇を上下させた。それでもそこから拒絶の言葉が本当に出て来なかった事に銀時は、安堵すると同時に勝利を確信する。
 筋肉の造形の解る膚をシャツの上から掌で辿って行くと、そこだけほんの少しだけ感触の違う乳首に出会う。小さく柔く慎ましやかに存在しているそこを指の腹で押し潰し、シャツごと摘み上げてみる。そうしながら水の中に沈んだ膚を慰撫する様に撫でさする幾度かそんな動きを繰り返せば、やがて土方は上がり始めた体温を持て余す様な吐息を盛らした。
 「っ…、熱、ィ」
 「水ん中でも無理なぐらい熱い?」
 触れてはみたいが熱傷を負わせるのは本意ではない。水をもっと冷やさなければ駄目だろうかと狼狽混じりに問う銀時に、土方は小さくかぶりを振った。
 「水は、冷てェのに、てめぇの手が、熱ィ…」
 薄い皮膚の下でどくどくと鳴る鼓動さえも触れた指先から伝わって来る。今までにそうそう憶えのない他者との距離感に──しかもそれが惚れている相手だと言う事実に、銀時は掠れた息を呑んだ。
 もっと近付きたいと思うが、水と言う邪魔があって上手く行かない。だが水の助けが無ければ土方に触れる事さえ出来ない。そのもどかしさが銀時の衝動に益々に火を点けた。
 「──ひ、」
 衣服の上から性器に触れ、刺激を与えると土方は怯えた様な声を上げた。ちらと見遣れば、違う、とでも言う様に頭を左右に振って口元を片手で押さえる。
 片方の掌を使ってやわやわと刺激を与えながら、銀時が水に邪魔されて上手く外せないベルトを苦労して外し、釦とチャックとを悪戦苦闘しながら下ろしてやる頃には、土方ははぁはぁと熱い息をひっきりなしに吐いてすっかりと息を上げていた。
 冷たい筈の水の中だと言うのに、土方の体温は逆上せそうな程に上昇し、眼差しは潤んで力を失っている始末だった。水から上がった時の一歩手前の様なそんな様相に喉が鳴る。あの時は生死の境を彷徨いかけていたかも知れないが、今のこれは違う。水に持て余した熱を放散して呼吸を乱しているのは、決して苦しいからではない。
 (水、ひっきりなしに循環してるし良いよな)
 言い訳めいてそう考えながら、銀時は水の中で土方の緩めた前を寛げると、衣服の腰の辺りを掴んで、苦労しながら臀部までめくる様にしてずり下ろした。
 「ッよろずや、」
 厭だ、とか、止めろ、とか。そう言った羞恥の言葉が土方の唇から紡がれるより先に、芯を通して剥き晒しにされた土方の性器を銀時は掌で握り込んだ。
 「…っ、あつ、い」
 譫言の様な言葉がきっと同じ様に熱い吐息に混じって飛び出す。上がった体温にまた思考を溶かされ掛けた様な、今にも脱力しそうな顔を晒しながら土方は銀時の手の動きに合わせて、押さえた手の下で小さく断続的に喘いでいる。
 「っあ、あぁ…!」
 掌と唇との隙間から、堪えかねた様に吐息めいた声が漏れたかと思えば、銀時の手の中で土方の性器がびくびくと跳ねて腰が強張った。水の中へと白い揺らめきが散っていき、土方が達したのが解る。
 はぁはぁと小刻みな呼吸を繰り返す唇に吸い付きたくなる衝動をぐっと堪えて、銀時は固く目を瞑ってぶるりと肩を震わせる土方の喉元に軽く音を立てて口接けた。本当にキスで呪いが解けるとしても、こんな事ではカウントされまい。
 「土方、」
 同じく冷たい水に浸っている筈だと言うのに、銀時の額からはいつしか汗が滴っていた。水温も関係ない程体温が上がり昂ぶっている己に気付いて少し驚きながらも、手をそっと伸ばして臀部ギリギリまで下ろした衣服の隙間から指を差し入れた。
 呼んだのは別に了承を求めたかったからではない。それでも、窄んだ後孔に触れた指に目を見開く土方の恐れを感じて仕舞い、銀時は何度も土方の名を囁いた。
 指の腹で幾度も孔の淵を辿って、揉む様に蠢いては入り込む隙を伺う。己の呼吸が獣の様に荒くなって行くのと同時に、寝間着の下で張り詰めて行く性器の熱さと重さとが、銀時に妙な現実感を知らしめていた。
 やがて指の尖端が括約筋の抵抗を割ると、「あ!」と土方は鋭い悲鳴めいた声を上げ、水の中の銀時の背と腕とを掴んだ。ぶるぶると震える身体の緊張はすっかりと密着した衣服越しの肌の狭間にも感じられていたが、銀時は動作そのものを止める事は無かった。
 戦慄く土方の背を更に引き寄せれば、その身体は容易く前のめりになって銀時の背を掴んで肩に額を置き、臀部は自然と綺麗に反った背の先に現れる。
 「っあ、ぁ、うぁ、あ…、」
 幾分動き易くなった指が少しづつ奥に侵入して行く度、土方は断続的な呻き声を上げてぶるぶると強張った両肩を震わせる。きつい程に指を飲み込ませられている後孔の、密着した土方の身体の体温以上に熱を孕んだ感触に、銀時は必死に唇を噛んで衝動を堪えた。今すぐにでも入れたいと思う本能を振り切る様に、突き入れた指をじわじわと動かしてそこをほぐしていく。
 「中、あつい、のに、──ッ水が、つめたくて、変な、感じが」
 惑乱した様に、銀時の背に衣服越しに爪を立てる土方の、熱を孕んで酷く熱い声に膚を打たれて、銀時は「くそ、」と悪態をついて一旦指を抜くと今度は二本にして再び後孔を蹂躙した。切れ切れの声と息とを上げる土方に、正直どの程度まともな理性や感情が残っているかは解らない。また熱で朦朧としている部分もきっとあるだろう。
 それでも止められないのはただの性欲から成る衝動なのか。口接けさえ出来れば簡単に伝えられる気がするのに、と思いながら、水と指とを受け入れて幾分綻んだ孔から銀時はゆっくりと指を引き抜いた。
 場違いな程に熱くなった体温でか、こんな水風呂の中でも全く萎える気配のない自身の性器を掴むと、銀時は寄り掛かる様に倒れ込んでいる土方の上体を起こさせた。臀部を両手で掴み、申し訳程度に解した後孔へと宛がい、至近に在る土方の顔を見上げてみる。
 熱に浮かされ困惑した顔の中に、紛れもない、臀部に触れている熱を恐れる色がある事を見て取ると、銀時は土方の腰を慰撫する様にさすった。
 水の中、互いに下肢だけをお座なりに寛げただけと言う、酷く身も蓋もない恰好だ。それは傍目に見れば即物的ではしたない姿かも知れないが、この質の悪い恋情を語るに最も解り易い様である気もして、我知らず銀時の口元には笑みが宿った。
 「土方」
 すきだ、と言う声は掠れて形にならない。銀時は鷲掴みにした土方の臀部に力を込めて左右に押し開くと、思いの丈を宿して硬く張り詰めた自らの性器の上へと宛がい、腰を引き下ろすと同時に突き上げた。
 「──、ッッッ!」
 途切れた呼吸がその侭悲鳴に変わり、土方は見開いた眼から涙を溢しながらその場で大きく仰け反った。「あ、ぁ、あ…!」とぶるぶる震える唇が戦慄きながら無意味な音を放つ。
 同時に、腰を突き上げた姿勢で銀時はぐっと奥歯を食いしばって硬直した。入り込んだ体内の熱さときつさとにぶわっと汗が出るのを背に感じながら、ゆっくりと軋る歯の隙間から息を吐き出す。一息をつく、などと言う簡単なものでは無かったが、確かな熱を以て繋がりを伝えて来るそこに感覚を明け渡して歓喜の息を溜息と共に紡いだ。
 口接けをしたいが出来ない。その事を悔しく感じながら、銀時は自らを熱くきつく受け入れてくれた土方の後孔にそっと指を這わせてみた。ぴたりと隙間もない程に、己のどくどく震える一物と、それをなんとか銜えていようとひくひく蠢く孔とが一体化してそこにある。
 入っているのだ、と言う実感に喉が鳴った。恋しい人を抱けたと言う事実にもたらされる充足の正体は、恐らくはその殆どが達成感や独占欲で出来ている。銀時も多分にその例に漏れなかったから、目の前ではぁはぁと息を荒らげている土方の、熱にすっかりと溺れた顔の、唇以外の場所に唇を落とした。
 恐れも呪いも消えていないのに、何がどう変わった訳でも解決出来た訳でも無いと言うのに、銀時の心は非道い安堵を伴った一方的な感情に支配された。眩暈のする程に熱いつながりにこそ安心し、そこ以外の全ての部位も言葉もどうでも良くなりそうだった。
 「あつ、い…」
 苦しげに土方がそう喘いだので、銀時は手を伸ばしてシャワーとカランとを切り替えた。忽ちに浴槽へと降り注いで来る冷たいシャワーの雨に打たれて猶、熱は冷める事も途切れる事も無い。
 「…おまえ、のが、熱くて…、おかしく、なりそう、だ」
 「っ、だから、煽んなって、」
 途切れ途切れにそんな事を訴える土方に悪態の様にそう返すと、銀時は水の中でしっかりと掴んだ土方の臀の肉を使って、後孔へと埋め込んだ自身を挟み込んで腰を突き上げ動かした。その度に浴槽の水がじゃぶじゃぶと波立ち、狭い風呂場には水音と土方の切なげな声と熱く荒い両者の息遣いとが響く。
 「あ、っあ、あぁッ、あ、いぁ、」
 切れ切れの吐息と熱に上擦った声が全ての答えの様な気がした。ひじかた、と幾度も繰り返しながら銀時は徐々に動きを早め、片手で土方自身を追い詰めながら自らも上り詰めて行く。
 「──ッんぁ、あ…!」
 ひくついた喉が思いきり反り返り、銀時は達した土方の引き絞る様な体内の感触に逆らわず、張り詰めていた息をゆっくりと吐き出していた。
 「ふ…ぅ、」
 吐き出された長い吐息に合わせて最後まで腰を揺すって、酷く熱く溶けた土方の体内へと、銀時は堪えていた欲を躊躇いなく撒き散らし続けた。
 

 長いような短いような脱力感の果てで、身じろぐ土方の体内から萎んだ性器を名残惜しくも引き抜くと、「ん、」と悩ましげな吐息を至近で吐かれて、銀時は咄嗟に上がりそうになった熱を何とか堪えた。
 そっと腕を解くと、土方の身体は肩まで水にどぷりと沈んで、はぁはぁと上擦った呼吸を繰り返しながらも、薄らと目蓋を持ち上げて銀時の顔を見上げて来た。
 「…これがもし、呪いなんかじゃなくて、見つかってないだけでウィルスの類だったら、どうするんだ」
 「んー…、まあそん時は感染した者同士二人で仲良く水の中で暮らしながら考えりゃ良いんじゃねェ?」
 苦しげな表情で紡がれたそんな問いに、銀時は少し戯けた仕草と共に答えてやる。元より感染する様なものとは思えないと言うのが正直な所だったが、土方にはその返答が気に召さなかったのか、俯くと額までを暫く水に沈めて仕舞った。
 「…………てめぇの事は好きになれそうもなかった」
 やがて、水面から僅かに唇を離した土方がぽつりとそんな事を呟いた。「へ?」と問い返す銀時の、恐らくは間の抜けているだろう表情を忌々しげに見遣って、非常に重量感のありそうな溜息をひとつ。
 「喧嘩しててもからかうばかりでいつも本気なんて見せやしねェし、飄々として掴み所が無くて何考えてんだかさっぱり解らねェ。馬鹿にされてると感じられるのに、変な所で人の信念は尊重するし、腹立たしいぐらい強ェ。訳が解らねェから苦手だったし、絶対好きになんぞなれねェ手合いだと思ってた」
 水の中に不自由そうに揺蕩う魚は、そこで一旦言葉を切ると苦しそうに喘いで弱々しい笑みを浮かべてみせた。諦念の果てに辿り着いた様な力の無さに、銀時は思わず衝動的に手を伸ばしていた。
 シャワーの雨に遮られた視界の中で、本来のこの人間が見せる筈など無かっただろう、草臥れ損耗した心に、恐らくは単純に触れてみたくて。
 「……なのに、どうして今更、こんな事になってから、そんな言葉ばっか吐いて、そんな目ェしやがるんだよ」
 警戒と諦念の中、土方の心はとっくの昔から狭い水槽の中で窮屈に過ごしていたのだろうか。銀時の抱いて来た厄介で鈍くてどうしようもない恋情を前に、苦しさを憶えていたのだろうか。
 好きだと告げた言葉は救いになるだろうか。或いはもっと土方の心を苛んだだけだったのだろうか。好きと言いながら、伝えながら、何処か別の所で貶め独占しながら愛情を注ぎたいと思う、そんな大凡健全とは言えない様な恋心や衝動を抱えた侭で、それが正しく通じるのだろうか。
 背に手を沿わせる。水の中。熱を遮る冷水が隔てているから、まともに体温さえ触れ合わせられない。
 口接けをしたいと思う。呪いを受けたとして、それで土方に恨まれたとして、それで伝われば良いのにと身勝手な感情の命じる侭に、銀時は土方との距離を詰め、
 「ひじ、」
 名を呼ぼうとした声が、突如響いて来た電話の音に遮られて止まる。時刻はまだ夜明け前。普通に電話のかかって来る様な時間帯ではない。
 何か胸騒ぎや予感を憶えたと言えば嘘になる。衝動を挫かれたと言う思いもあって、銀時は「くそ」と小さく悪態をつくと浴槽から立ち上がった。びしょ濡れの我が身に嘆息しつつ、取り敢えず上だけを脱いで脱衣籠に放ると、居間でけたたましく鳴り響いている黒電話へと向かう。
 「もしもし?」
 《朝早くにすみません、旦那》
 半ば予想していた気のする地味な声に脱力感を憶えつつ、
 「まだ夜明け前だけど?朝の前なんだけど?」
 と銀時は悪態をつきながらも、こんな時間にベルを鳴らす程の、恐らくは火急の用件を抱えているのだろう電話の主の言葉を待った。
 案の定か山崎は銀時の悪態に乗る事もなく、急いた声で早口に告げて来た。簡潔に、用件のみを。
 《報告です。問題のナマズ天人が先程屯所に出頭して来ました》





恋をするとき人は原始に還るとか銀さん談。

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