肚に満たし 期間もそう長い訳でもないのだし、と夕食まで用意されては、仕事が泊まり込みになる事に銀時が否やを唱える理由はない。副長室の続き間には客用の布団が敷かれ、依頼の間中の寝床にも申し分はなかった。 「っ、は…、ぁ…」 だが、その用意された寝床を初日の晩に銀時が使う事は無かった。銀時の身は襖一枚を隔てた隣にある土方の眠る布団の上に在って、両者はごく自然な事の運びの様に身体を重ねていた。 枕の傍らに置かれている薄暗い行灯の灯りに照らされ、汗ばんだ土方の肉体が跳ねてはあえかな息をこぼして切なげな快楽に表情を歪める。 屯所の、土方の自室での行為と言うのは始めての事だ。部屋の主は暫くの間、信じられないだの弁えろだのと銀時の非常識さを非難して来ていたが、それも暫く前までの話だ。銀時の押しが強かったのが効いたのか、それとも二人が恒常的に空けるものと比べれば然程に長くはない筈の空白に、死に近いものが混じったからなのか。一度埒を開けた土方は柔軟に銀時の進める行為を受け入れ、奔放に与えられるものを享受してはそれを返そうと貪欲に応えてみせた。 慣れた行為であるとは言えど、互いを必死で求め合う様なセックスが惰性でのみ行われるものである筈もない。銀時も土方も、いつも十代の子供の様な必死さで身を重ねる。そしてそれは今宵いつに無い場所での事だからと言って何かが変わる訳でもない。 横伏した土方の片足を担ぎ上げ、残されたもう片方の太股を膝で割って、銀時はいきり立ったものを挿入する。括約筋の抵抗を押し退けて仕舞えば、その先に待っているのは互いに味わう深い充足と快楽だけになる。 「あ、っぁ、ア、ぃ…ッ、」 苦しげに土方の左手がシーツを引っ掻いた。助けでも求めている様な動きに嗜虐心を擽られ、銀時はずぶずぶと呑み込まれる結合部を見ながら、これ以上は無い程にぐりぐりと腰を深く押しつけた。 「ぅ、あ、ぁッ、あ」 シーツを掻き毟る左手が強張ってがくがくと震える。汗で湿った黒髪の貼り付く項に手を伸ばせば、土方の目が救いでも求める様に肩越しに銀時の方へと向けられる。 「──、っ」 濡れた瞳の行く先に、縋るものを求める指先に、ぞくりと背筋が粟立つ。愛しさと等価の嗜虐心が鎌首を擡げる、その衝動の儘に銀時は持ち上げていた土方の片足を手放し、その身を俯せに横たえた。 「っひァ、!」 一旦体内から抜け出るものの衝撃にぎゅ、と身を竦ませた土方の腰を背後から抱え、無理矢理に起こさせた所で銀時は再び一息に体内へと押し入る。 バックからだと顔や様子を確認し辛いが、好きに身体を動かせる。銀時は俯せた土方の背に覆い被さる様にして、腹に回した腕で腰を上げさせた状態で抜き差しを始めた。奥深くに入り込む度、入り口付近まで抜く度、土方が短く浅い悲鳴を上げて喘ぐ。 「っひ、あっ、あ、ッや、め、あぁッ!」 がくがくと、無理に立たせている膝にはもう力がまるで入っていない。腹を抱き締める様に強く引き寄せれば悲鳴が上がった。土方の体内で荒れ狂う己のものがこの侭腹を突き破って仕舞いそうな錯覚さえ覚えながら、銀時は荒い呼吸を吐いて腰を動かし快楽と悦楽とを貪る。 「っ…く、ふ、」 快楽を、と言うよりは土方の全てを貪り喰っている様な心地になりながら、銀時は熱い体温を逃がす様に息を吐き出した。 生殖の必要性を持たぬ生々しい行為は肉と感覚の繋がりでしかなく、然し繋がっても繋がらない筈の箇所にこうして最上の快楽と充足とがある事が何だか不思議に思えてならない。 「ぃ、や、やめ、よろず、や、っあぅ、ッあ、ひッ、」 ふと、喘ぎ泣く様な土方の声に意味のある形を聞き取って、銀時は陥落しかかっていた獣の本能から引き戻された。 見下ろすと、シーツに沈んだ土方の顔が銀時の方を必死で振り返っていた。左手に縋る様にシーツをぐしゃぐしゃに掴んで、その一本の腕だけで前後に滅茶苦茶に揺すられる身体を支えている。 「ってェ、んだ、よ…っ、ちったぁ加減、しろ…」 動きが停止した事で、漸く余裕が出来たのか、必死で息を整えながら土方が抗議を寄越して来るのに──銀時の背筋がざっと冷えた。 見下ろした背中は汗に濡れて熱い。繋がった腰だけを引き揚げられているから、好き放題揺すられる頭は何度もシーツに擦りつけられたのだろう、横頬が少し紅かった。 互いに夢中で没頭する行為の中で、それに気付く事の出来なかった己に、銀時は酷く後悔した。悔いて──怖くて、悲しくなる。 肩口から滑り落ちかけている乱れた着物の、その右袖の空白に。 言い様もないほどに。 「…………悪、ィ」 乾いた声音は神妙さを伴って響き、互いの未だ荒い息遣いや快楽や興奮に燻り熱い肉体とは酷く乖離していた。そんな銀時のいつにない消沈すら見える態度に、土方の方が面食らった様に身じろいだ。暫し躊躇う様に視線を游がせてから、 「……こちとら、怪我人なんだよ」 そう、抗議を正しく言い直した。怒った訳でも気分を害した訳でも無いのだと、伝える様に。彷徨った左手が寸時の気まずさに堪えかねる様にシーツを引っ掻く。 「悪ィ」 もう一度言い直すと、銀時は土方の腰から手を離した。体内から再び抜け出る感触に「っ、ん」顔を顰めた土方が、それを待って身体を仰向けに戻す。 「……良い」 かぶりを振る土方の応えは、気にするな、と言うよりは、続きを、と促す質のものだった。銀時はこんな精神状態でも直ぐに勢いを取り戻せそうな男の性に苦笑しながら、眼下の土方に顔を寄せて口接けた。ぶる、と逸らした土方の頤が感極まる様に震えるのに煽られ、持ち上げさせた腰に勢いよく身を沈める。 「──〜ッ……!」 苦しくなった姿勢に息を呑んだ土方は、貫かれた衝撃に涙を散らして口接けから逃れた。それを契機に折り曲げる様に倒していた上体を起こして、銀時は伸ばした手で乱れた着物を探る。 そこには布の感触しか無い。あった筈の右腕は無い。無いものに触れられているから、眼下で快楽に呑まれて悶えている土方がそれに気付く事も無い。 感触でも。心でも。そこに生じた空白に気付く事は、きっと無い。 咽せる様に呼吸を繰り返しながら喘ぎ啼くのが可哀想で、でもそれ以上を強いてみたくなって──銀時は一時様々な種の感情でぐしゃぐしゃになった頭で、一つ確かな快楽を追い掛ける事に専念した。 ぱさ、と空っぽの右袖が揺れた。無意識に伸ばそうとしたのか、袖だけが振られ伸ばされ、だらりと虚しく揺すられている。 「……ひじ…、かた」 呼べば、何だか泣きそうな声になった。応える様に土方の左腕がシーツを掻いて、右袖が宙を掻く。互いにもう終わりが近い。越える所をだけ見続ける、無我夢中の動きが無意識に求めるものが、求めた先に然しもう応えるものが無いと言う事が苦しい。 苦しいのに──この快楽だけはなにひとつ変わらない事が、いっそ滑稽に感じられて小さく嗤った。 達してぴんと突っ張る土方の身体のリズムに合わせて、銀時もその体内の奥深い所で解放の悦楽に身を委ねる。 背中に手が届けば良いのに。思いながら、銀時は体勢を深く沈めてみたが、その背中に爪の感触も掌の温度も届く事は無かった。 久し振りにヤッてるだけのターン。 ← : → |