秘すれば花 / 8 検査結果に特に異常なし。 病歴では少々糖尿のケがある様だが、その他は頗る良好。念の為に、と撮ったMRIでも異常の類は何ら発見されず。 坂田銀時当人は無理矢理病院に担ぎ込まれた挙げ句の各種検査に対して文句は口にしていたものの、その様子からも極めて『いつも通り』と言わざるを得ない。 概ねその様な事が連ねてある書類を縦に思いきり裂いて、土方は苛々と机を殴りつけた。 何が異常は無いだ、異常ありまくりじゃねぇか。 呑み込んだ悪態を拳に握って猶も机を殴ってから頭を抱えて項垂れる。山崎や沖田辺りが見ていたら、意味無い事しないで下さいと辛辣に言って寄越しただろうか。寄越しただろう。解っている。意味が無い事ぐらい、土方は己自身で十分に解りきっていた。 ぐしゃり、と前髪を掌で押し潰して、見遣る卓上。そこには件の天人から押収した銃が、頑丈なアクリル製の証拠保管ケースに収められている。 それは一日前に坂田銀時の身を撃った銃だ。肉体的に何の害ももたらさなかった筈の凶器だったものだ。 だが、今はもう違う。その凶器こそが、坂田銀時を死かそれに近い何かに追い遣ろうとしている元凶そのものとなった事実が判明した、今では。 * 死因は、夢。より正確に言うならば、『夢』から戻れぬ昏睡状態からの、肉体の衰弱死。 それを間接的にもたらすものが、獏人の所持していた凶器──本人曰く『道具』だが──。銃身があって、銃爪があって、L字に曲がった銃把。形状としてはごく普通に『拳銃』と言って思い浮かべるだろう物と言える。但し仔細に見ればそれが拳銃と言う所謂重火器に属する物とは異なると直ぐに知れる。 自動式拳銃での弾倉の収められている銃把には、その代わりに交換可能な小型のバッテリーパック(の様なもの)が装着されている。そして内部のややこしい構造体を通って、銃口の尖端に取り付けられた鉱石の様なものから謎のエネルギー、の様なものを発射する。らしい。押収してから向こう撃った事など無いので解らないが。 つまりその鉱石(の様なもの)と言うのが、この兵器を未知の効能を持った存在にしている主な原因と言う事だ。何に於いても『の様なもの』としか片付ける事の出来ない、地球には大凡存在しない物質と道具。 そして、獏人の故郷の星からのみ産出されるその鉱石には、人の『夢』を──夢を構築する精神を取り出し『易く』する効能を持つ。 …………正直、何度説明を聞いた所で地球に住む人間種である土方や真選組で取り調べを行った者らにも今ひとつ理解出来ない話なのだが、噛み砕いて言うと、 『この銃で撃った人間の夢を自由に出来る』 と言う事になる。この銃は見た侭の重火器に似た何かではなく、獏人が依頼人の『夢』をコーディネイトする為に必要な商売道具だと言う訳だ。地球や他多くの惑星で他者を害する兵器に偶々似た形状となった、と言うだけの、道具。 その『銃』──或いは道具──に撃たれた被害者の一人が、坂田銀時だ。手を伸ばしたが届かず、目の前で真っ向から問題の光線を浴びた被害者を。あの瞬間に憶えた寒気を土方は思い出す。 死ぬのか。 死んで仕舞うのか。 ──厭だ。已めてくれ。それを、ここから奪わないでやってくれ。 然しそんな悲痛な声にならぬ土方の叫びに反して、銀時に怪我は無く体調に問題も発見されはしなかった。だから、大したことは無かったのだと思った。危険の可能性を失念した。 病院での検査結果に何ら異常が無かった事から、誰もがあの捕り物の現場に居合わせ、『何か光線ぽいものを撃たれた』万事屋の男の事など頭からすっぽりと抜け落ちて仕舞っていたのだ。土方とてこの銃についての調書を改めて今見直していなければ、『検査結果に異常無し』その報告だけで終わりと思って忘れていた。まさか、あの光線がそんな危険な代物だなどと思いもしなかった。 もっと早く気付いていれば、他の昏睡に陥った被害者達同様に獏人に『呼び戻』させていた所なのだが、既に奴さんの身柄は入国管理局の手をも離れて仕舞っている。連合大使館に因って強制送還の措置待ちか、それとももう宇宙船の中かまではまだ知れない。 そちらには山崎を向かわせ、土方は取り急ぎ万事屋の様子を伺いに行ってみたのだが、お登勢の話ではパチンコだかどこかへ出掛けていると言う。……つまり、まだ昏睡と言う重篤な状態には陥っていない様で、それは土方に僅かの救いと安堵とをもたらした。 だがそれもいつまで保つのかは解らない。昏睡事件の被害者達の症状も、状況もまちまちだった。『夢』に──創られた夢の集積所の居心地が良ければ良い程にその帰還が困難になるのだろうと、獏人は他人事の様に語っていた。獏人にとっては『夢』とは飽く迄商売道具であって、日銭を稼ぐ手段に過ぎないと言う価値観なのだ。それを悪用されるも、溺れて昏睡に陥るも、彼らの能力に責任は確かに無い。直接的には、無い。 生物の精神に干渉する鉱石なる物質を、機械を作って解析し扱える様に調律した。それが獏人の宣う『夢』を操る能力とも言える。 利用方法次第では犯罪目的に扱う事も容易く浮かぶが、生憎とこの銃(に似た商売道具)は獏人にしか扱えない。鉱石との親和性がどうだとか、そんな事が証言内容にもある。その為にもうこの押収された銃に因る昏睡被害者はこれ以上生まれる事は無い。 何れにせよ、銀時はもうこの銃に撃たれたのだ。『夢』を勝手に作り替える獏人が居なくとも、銀時の精神は夢の集積所と言う所に眠る毎に引き込まれる状態にある筈だ。易々現実を棄てて夢に逃避する様な男では無いと思うが、何しろ『夢』を醒まし消す事の出来る、同じ様に夢の集積所に行く事の出来る者はもう居ないのだ。銀時が昏睡に陥る前に防ぐ手段が、或いは陥った時に目覚めさせる手段が、この地球上には存在していない。それで安心など出来る筈も無い。 捕り物に巻き込んだ挙げ句、追い詰められた獏人にやけっぱちな行動を行わせ、被害を負わせ、そして死に至るかも知れない状況にしておいてそれを気付かずにいた、など。 もっと注意していれば。病院で発見出来れば。庇われなければ。判断ミスを犯さなければ。現状の昏睡被害者達を救助するのに焦り過ぎて、報告書を後から読むなんて真似をしなければ。 死ぬのか。そう恐怖し忌避した感情が現実の重みを増して肺腑を冷やし落ちていく。吐き気のしそうな不快感に眩暈を憶えながら、喉奥は拒絶を叫んでいる。後悔と愚かしさとに己を罵倒しては堂々巡りする思考に出た失望の解答に目を閉ざす。 (油断してなきゃ、こんな事には、) 無駄だと解っている。解りきっている後悔を積み上げては拳で乱暴に叩き崩して、土方は獣が唸るにも似た声を上げた。喚きたかったのか、それとも嘆きたかったのか。それとも単にもっと無意味に泣き叫びたかったのか。 握った拳の先で、携帯電話が音を立てたのは丁度その時だった。突然の振動にびくりと跳ねる指先は然し次の瞬間には伸びて、澱みのない動作で通話ボタンを押している。液晶のディスプレイに表示されていたのは幾つかある山崎の携帯電話の一つだった。土方は応えも待たずに声を上げる。 「どうだった」 《結論から言えば、無理でした。ですが獏人との面会で、方法が全く無い訳じゃ無いと言う事は聞き出せました》 鋭い土方の問いに、返る山崎の返答も簡潔なものだった。無理だ、と言う部分で反射的に八つ当たりの怒鳴り声を上げかけた土方は然し続く言葉にそれを何とか留める。無理だ、が、不可能では無い。その意を眉を顰めて噛み砕く。 《残念ながら副長も既にご存知の通り、獏人の身柄はもう地球の法の手を離れました。ですので奴さんに直接旦那を呼び戻す能力を扱わせる事は、犯罪者には権能の一切を振るわせる事を良しとはしない連合の法に触れるので不可能だと言う事です》 「んなのァ解ってる、解決策の方を言え!」 意図した訳ではないだろうが、淡々とした山崎の説明に土方は思わず声を荒らげた。獏人の身柄が連合の大使館預かりになっている事は言われる通り既に解りきっている話だ。そうなると獏人に能力を扱わせる事は難しい。それも解っている。 《………》 「……っ、」 落ち着いて下さい、とは山崎は口にはしなかったが、代わりの様に少しの沈黙があった。口にせずとも促されたも同義のその間に、土方は喉で掠れそうな息をなんとか吸って目蓋を無理矢理に閉じた。 不可能ではない、その方法が得られたのだから、それを怒鳴って促し聞き出した所で無意味だ。寧ろ求められているのはいち早く話を得る事ではなく、落ち着いてその内容を聞き、理解する事の方だ。 《『あの時あの場に居た男になら出来る可能性がある』。奴はそう言っていました》 落ち着いて澄ませた土方の耳に届く言葉。その指す所を斟酌するより先に不可解さが勝り、携帯電話を握る手に力が込もる。 「……あの、時?あの場?」 落ちた銃に土方が意識を取られた隙に取り出されたもう一挺の凶器。追い詰められた獏人の破れかぶれのその行動が引き起こした事態が、八方塞がりに近いこの現状だ。 光線が視界を白く灼く中、土方は二挺目の銃を奪おうと手を伸ばした。銀時は木刀を抜こうと身構えていた。そして土方が獏人を取り押さえた後に、真選組隊士たちが一斉に飛びかかった。 あの場に居たのは、発砲した獏人と、人質扱いだった銀時と、間近でそれを止められる筈だった土方の三者だけ。 「……俺、か?」 《副長の事です》 土方の口から思わず漏れた呆然とした声と、山崎の答えとは奇しくもぴたりと重なった。 説明と繋ぎのターンその2。ほぼ8だけど6.2。 ← : → |