けだものたちの百の企み / 11



 生まれてこのかた、土方は大きな病を患った事も無ければ、生死の境を彷徨う程の事故に遭った事も無く、戦闘で負った外傷で命に関わる重体に陥った事も無い。要するに普通に恵まれた健康体だった。
 医者でなくとも顔を顰めて嫌う喫煙量も、寝不足に陥りつつ山の様な仕事を片付ける多忙さも、胃を痛めるストレスも、油を多く含む調味料の過食も、それなり健康で健常な身体を蝕むものである筈なのだが、それらを原因として土方が体調を崩すといった事は過去一度も無い。
 何とかなる、或いは、何とかする、が土方の持つ大体の信条である為、当人も知らぬ所で身体に不調を来していて、それに気付かずに過ごして来た、と言う事ぐらいならひょっとしたらあったのかも知れない。だが、それとて気付かずなおかつ影響を残していないのであれば矢張り、過去体調を崩して侭ならなくなった事など無かった、と言う結論は間違っていないと言える。
 だが、その結論が『過去』にしか通じないものになりつつあるのかも知れない、とここの所土方は感じていた。若さにものを言わせて無理の効く年齢からは徐々に離れていると言う事なのか、少しした無理や短慮が後々になって響く、と言うケースが最近増えて来たのだ。
 さりとてそれらは未だ土方の足を掬う様な危機感を齎す程には至っていないが、それも時間の問題なのだろうかと思う事も増えた。とかく些末事に足を取られがちなのだから、後進を育てて上の階級に就けば楽になるだろうとは知っているが、同時に、そうする事で組織が腐敗を早めると言うのも知っている。
 真選組と言う組織の設計を行ったのは土方自身であって、その単純化された構造にあってこそ、解り易く血の通い易い、信を持ち結束で塗り固められた集団が形成されているのだと信じている。
 面倒くさい沢山の階級や役職を通しての指示書よりも、肉声で目の前の連中を叱り飛ばして動かす方が良い。威厳も尊崇も或いは恐怖も、目前で生きて動いている人間から感じるべきだ。
 近年煩雑化しつつある警察組織全体から見れば、階級表に置き換えて僅か数段程度しか無い、その解り易すぎる武装組織の存在は、解り易すぎるからこそ野蛮にも映るし、無駄が無いとも取れる。上の介入が無いからこそ、法や手続きを経ずとも動かし易く、有事には斬り捨てても余り害の無い存在だと、何段もの手順をすっ飛ばして直轄上司となっている松平公もそう思って、土方の造り上げたこの単純明快な組織を──色々と便利に──重用している節がある。
 ともあれ、そんな煩雑な組織構造が無い故の弊害として、副長である土方の周囲には常に書類の山や看過してはおけないトラブルへの相談の類が尽きない。元々大雑把な所のあった土方には細々しい作業の数々は余り向いているとは言えなかったのだが、『何とかする』信条も手伝ってか、『何とかな』らない物以外はひたすらに何とか対処し続けて、気付いた時には大層こじらせたワーカーホリック体質となっていた。
 そんな日々に、肉体は概ね健康で健常で多少の無茶にも文句一つ言わず付き合ってくれていたのだが、ここ数年ぐらいの間、加齢か溜まった過労が原因かの鬱屈が段々と気になって行く様になった。
 なまじ、真選組と言う組織が目立つ様になったと言う事も手伝ったのだろう。苛立ちと胃の腑の痛み。堪えて、堪えて、下げた頭に精神的に超加重となる錘を乗せられると、段々と自分は一体何をしているのだろうと、そんな源初の問いが湧き出して来る。
 胸の裡に湧いた僅かの不満や不快が、全身の血流に乗って脳から冷静な思考を奪おうとする。この感覚は他に知っている。喧嘩をしていて頭に来てカッと体が熱くなって目の前が真っ赤に染まって──よくある『キレる』と言う現象だ。あれによく似ている。
 自覚した途端、目の前で嫌味をだらだらと述べている幕臣の、その脂肪のたっぷり詰まった腹を割っ捌いてやりたいと言う本心に、土方は気付いて仕舞った。
 断面から赤い血と黄色い脂肪をだらしなくこぼしながら、腹圧で腸が滑り出して臭い匂いを撒き散らす。嫌味を延々と紡いでいた口は恐怖の悲鳴を撒き散らし、脳は忽ちに血圧を下げて思考能力を奪う。そんな胸の空く様な想像を、然し当然だが理性で土方は堪えた。武士の侮辱と口上を立てて上官を斬り捨てる、叛乱の狼煙を上げる、そんな事は司法の定まったこの社会では通じない。私情で人を殺すのは殺人であり罪だ。私情でしか殺人は行われないから、それは大多数の正義に裁かれるべき罪だ。
 だから土方は、己にのし掛かった錘を自ら呑み込んで堪えた。それから日々同じ事を繰り返して、堪える事を憶えた分だけ、胸の裡に澱の様な鬱屈が堆積して行くのを、また堪えた。
 その繰り返しに段々と疲れていった時、自棄っぱちの感情を引き摺って表に出た。そして、人を斬りたいとか、斬られたいとか、訳の解らない衝動を抱えて途方に暮れていたそんな所で、見慣れた銀髪の腐れ縁の男に声を掛けられたのだ。
 「俺が抱いてやろうか」
 正直、男のその提案は下衆なものであったし、土方にとって全ての解決する魅力的な提案と言う訳では無かったのだが、どう言った訳かあの時の己はそれに頷いて、しかも悪い事にその関係が半ば定期化した所で途絶えなかった。効果があった事もあって、次第に惰性になったのだ。酒を飲んだり喧嘩をしたりするのと同じで、日常の一つの作業になった。
 銀時とてそれは同じだったのだと思う。金払いが必要なくて野暮な事も互いに口にしない。だから、土方が然程にストレス発散の様相を見せなくなっても、彼は手を伸ばし続けて来たし、土方も別段それをわざわざ拒んだりもしなかった。
 そうしてだらだらと続いていたよく解らない関係は、つい先日突然途切れて、途絶えた。
 路地裏に連れ込まれて、セックスと言うよりは単なる性欲の衝動的な解消を目的とした様な、けだものじみた行為を終えて立ち去った背中は、それからと言うもの土方に近付いて来なくなった。
 もう飽きたのだろう。
 それが土方の出した結論であった。元々ただの利の一致から始まった関係で、よく解らない侭に惰性で継続されていた様なものだ。だから、終わる時も唐突で呆気のないものであるのも頷ける。
 街中で偶さか遭遇しても、喧嘩にすら発展せず互いに横を不機嫌顔を装って通り過ぎる様になった事は多少なりとも土方を苛つかせたが、だからと言ってわざわざ銀時を捕まえて話をしたり無理矢理喧嘩に興じたりもしたくする気にもなれなかった。
 終わったと言う事は恐らく、一致していた利が無くなったか、単に飽きてどうでもよくなったかのどちらかだ。
 そのどちらであっても、追求する事に意味など無いのだから。
 
 *
 
 よく晴れた夜空には欠けた月。日中の熱の完全には消えぬ地上には砕いた宝石の様な万色の星々。その両方に挟まれた一流ホテルの高層階のバルコニーは、夜の中で華やかな人いきれに包まれていた。
 南国の華麗な植物の植え込みには色鮮やかなカクテルライトが仕込まれて、オーロラの様に一秒とて同じではない色合いで辺りを美しく照らしている。
 その合間を優雅に立ち働く、給仕の手の上の盆には上品な色の酒が乗せられおり、彼らの挙動の度にきらきらと光を乱反射して美しい。
 建物に程近い位置に置かれた小さなステージ上では、楽団の生演奏を背景に歌い手が流行りの歌を唄っているがそれもBGM程度の彩りにしかならず、招待客たちはめいめい固まったり歩き回ったりしながら会話を楽しんでいる。
 そんな、贅を明かに尽くしていると知れる、華美なパーティ会場の片隅に土方の姿はあった。常の真っ黒な隊服と腰には刀。言うまでもなく勤務中である。
 とある大店──寧ろ最早大企業と言った方が良い──の創業者の娘だか息子だかの誕生祝いのパーティである。洋風かぶれで有名なだけあって、高層ホテルのバルコニーを借り受けた会場にて、昨今まだ珍しい立食形式を好んで取り入れていた。
 パーティには政財界や芸能界などから多くの客が招かれており、そこかしこに雑誌やテレビで見る様な顔が歩いている。その財力と企業力とは幕府にも軽視出来る類では無く、警察関係も特にこの大店の製品の車輌やら兵器やらを扱っている事もあって多くの幕臣が招待されている。
 その招待された一人である松平公は急な用件があって応じれず、代理として一人の幕臣を代わりに寄越している。その幕臣の護衛として声が──もとい、お声が掛かったのが土方と言う経緯だ。
 パーティ会場そのものには主催者側がきちんと警備を入れている為、真選組が警備そのものに当たっていると言う訳ではない。警備側への配慮もあって、土方は数名の部下のみを会場に配して護衛対象の姿をずっと目で追い続けていた。
 壁の花、どころか、壁の野良犬。土方の無粋な装束と姿とに気付いた客が時折、迷惑そうな目を遠くから向けて来る。物騒で評判の成り上がり侍など、こんな場所には到底相応しく無いとでも言いたいのだろう。
 土方とて己がこんな華やかな社交界に相応しいなどとはこれっぽっちも思ってはいない。とは言っても、日頃から何かと芋侍だ田舎侍だと罵られている身だが、こう言った場所での警備任務自体は初めてでも何でも無いので、居慣れはしないが見慣れはしている。
 だが、蔑む様な視線や言葉を今更気にする程繊細ではなくとも、小さな苛立ちは積もる。仕方がないので俯き加減に護衛対象を見守る事にしたら、余程目つきが悪くなったのか、近くを通った給仕に泡を食って逃げられた。
 警護なのだから共に歩いてはくれないかね。そんな事を抜かした護衛対象には何とか上手い事を言って離れて独り佇む事には成功した。このパーティ会場に居るだけでストレスが溜まり放題だと言うのに、飼い犬よろしくあちらこちら連れ回されるのなど御免だった。
 だが、人の群れを離れていても、禁煙と言う会場の制約や、勤務中でアルコールを控えている中に漂うカクテルの香りなどは実に胃痛には沁みた。
 (……ただでさえ、ストレスが積んでる状況だってのに)
 苛立ちを無表情の下に無理矢理に押しとどめられているのは、纏った隊服の力だ。『これ』の名前と意味とを土方は決して忘れてはいけない。だから、未だ醜態を晒さずに済んでいる。
 煙草でもアルコールでも、ストレスを晴らす役には立っている。だがそれも一時の慰めや誤魔化しに過ぎない。堆積した鬱屈は何かで晴らさない限り消える事は無い。
 そう言う意味では坂田銀時と言う男との関係性は土方にとっては無くてはならないものだったのだろう。彼の提案に乗ってからの半年間は、不定期とは言え適度な頻度で体を重ねる行事に励んでいた為にか、憂さ晴らしと言う名の行為とは殆ど無縁だった。
 煙草の本数は減ったし、自棄の様な酒も飲まなくなったし、討ち入りと言う名の人斬りに酔う事も無くなっていた。そんなものをわざわざ必要とせずとも、ストレスが憂さとはっきり解る形になるより先に、銀時が声を掛けて来ていたからだ。
 (野郎にも野郎の都合や事情があるのは解ってる。それを咎めたり憤慨すんのは正しくはねェ)
 溜息にもならない吐息を吐き溢しながらも、護衛対象の動きを視線は淀みなく追い掛ける。挨拶回りか世間話かなど知らないが、にこにこと愛想を振り撒く幕臣の男も土方と同じで『仕事中』と言う訳だ。
 尤も彼の場合は振り撒く愛想や挨拶がその侭何かしらのリターンになるので、立派に営業活動中と言えるのだろうが、その護衛として佇んでいるだけの土方には、こんな無駄に贅を尽くしたパーティなど何の益も無い。屯所で書類を片付けている方が余程有意義な時間を過ごせる事だろう。
 とは言えこれも任務なので仕方がない。視線は冷めつつも、土方の身は有事の際には直ぐに動けるだけの準備に怠りは無く、護衛対象との間に遮蔽物など挟ぬ様に立ち位置をしばしば移動させて常に身構えた姿勢でいる。
 ……とは言えささやかなその努力が実る事は無いだろう。何しろこのパーティ会場となっているホテルは、江戸随一と言っても良い高級な施設で、当然の如くに警備状況も最新鋭の設備と大勢の人員とが担っており、鼠一匹立ち入る隙も無いだろう。
 無駄極まりない任務だが、真選組として負った任である。手を抜いても気は抜かない。
 派手なパーティにも、華やかな客たちの目や声にも、飲めない酒にも、吸えない煙草にも、土方の苛立ちは少しづつ己の裡の何かを削ぎ落としながら堆積していく。それでも殊更に、理性的に振る舞おうと土方の脳は活動する事を選んでいた。
 「どうだね、楽しんでいるかい?」
 不意に掛けられた声に、土方は思考の淵からゆるりと戻った。近付いて来てそんな事を言って寄越すのは、護衛対象当人である。警察組織に拘わる幕臣連中の中では比較的に若年の、未だ三十代後半頃の男だ。警察関係の幕臣で、名を京極何某と言う。
 立食パーティと言う今回の形式に合わせてか、彼の恰好はぴんと糊の効いたタキシードだ。黒い生地にはほんのりとラメが掛かっていて如何にも気障な印象を漂わせている。
 「お言葉ですが、我々は楽しむ為ではなく護衛の為におります故」
 京極の接近に気付いてはいたが、面倒だったので敢えて無反応で居た土方である。返す言葉にも苛立ちの気配が乗ってはいたものの、彼はそれを単なる堅物の反応と取ったらしい。はは、と軽く微笑むと辺りを見回す仕草をしてみせた。
 「このホテルの警備は万全なのだから、そう畏まっていなくても構わないだろうに。息抜きと思って一杯ぐらいどうかな」
 言って近くの給仕を仕草で呼び寄せると、京極はその盆からシャンパンを受け取った。土方にも勧めて来るが、
 「お気遣い痛み入りますが、生憎勤務中でして」
 と断る。正直彼の言う事は尤もだと思いはしたが、ここは飽く迄勤務態度を崩さずにおく。隊服姿で護衛任務中の土方が酒を飲んでいたなどと言うのは、どう繕ったって体裁が宜しくない。後々下らない写真週刊誌のネタにはなりたくない。
 残念だ、と言いながら自らのシャンパングラスを軽く傾ける京極は、取り敢えず『営業』の仕事は中断し休憩に入ったらしい。人の輪に戻る素振りは見せずにいる。
 土方は何ヶ月か前にこの男から、閨を共にする誘いを受けた。
 山崎に身辺調査をさせた所、真選組に対しても好意的であったし、後ろ暗い噂も無い事は直ぐに知れた。既婚者だが、子供が出来なかった為に現在は妻とは離縁したと言う話だが、衆道家だと言う噂も、その背を押した可能性は多分にあるだろう。
 戦国の時代には衆道は嗜みの様なものであったし、江戸幕府の平和の世でも武家にはそれを禁忌とする様な教えも無かった。それに拍車を掛けて、現在では性は多様性と言う名で拡がりを持ち受け入れられている。衆道家だろうが、それが京極の名の足を引っ張る様な事にはなりはすまい。
 彼は、土方が銀時と『そう言った』関係である事を何処からか知り、それならば、と言って土方に誘いを掛けて寄越したのだ。衆道に耽る、安全な相手を探してでもいたのかも知れない。
 「京極殿」
 「おお、これはこれは佐々岡殿」
 土方と京極との佇む位置はパーティの中央からは離れた壁際であったが、用件のある者が見つけて近付いて来て挨拶を交わし始める。誰もかれもが『営業』に熱心な事だ、と思いながらも、土方は邪魔にならない様に一歩退いた。護衛と言う名目上、ここであからさまに離れて行くと言うのも問題がある。
 一人二人と『営業』の人間が増えていく中、彼らの伴っている妻たちもそれぞれ集って挨拶を始めて、やがて彼女らの視線は、京極のやや後ろに佇む土方へと向けられる。
 遠くから見れば、パーティの華やかな雰囲気に水を差す様な警察の無粋な人間でしか無い土方だが、近くで見ればその容貌は、目立たなかった花の様に彼女らの関心を集めた。
 土方は己の容貌が他者にどう映るかと言う事は──特に異性に於いて顕著に──知っている。顔の造作など生まれついてのものなのだから、それについての評価は否応無しに押しつけられるものなのだとも。
 同時に、その評価は土方自身に拘わらず与えられるものなので、相対的に上がる事もあれば下がりもするものであると言う事も土方は知っていた。ついでに言うと、土方が真選組の人間であると知れたり、食事を共にしたりするだけで大体の場合はその評価が帳消しになると言う事も。
 女たちは、自らが人妻であると自覚が勿論あるから、招待客ではなく愛想を振り撒く必要の無い護衛の男になど、あからさまに声を掛けたりはして来ない。ただちらちらと意味ありげな色目を向けて来るだけだ。
 土方はほんのりと目を伏せる事でそれに気付かぬ素振りを続けながら、護衛対象の世間話が終わるのをひたすらに待った。また胃の腑が重たくなるのを感じる。立食形式のパーティは長引き、食べ物の匂いは碌に食事を摂って来る暇の無かった土方の胃を更に痛めつけていた。
 苛立ちの堆積には本来幾分慣れていた筈であった。だが、ここ半年ぐらいの間ほぼずっと、堆積を待たず鬱屈を晴らす手段を見つけて仕舞った所為でか、些細な事が重たく響く。
 酒と食べ物の匂い。無駄な任務。秋波に籠もる熱。
 煙草と血の匂いが欲しい。嵩む憂さを晴らす手段が欲しい。苛立ちが喉の直ぐ下でそれに堪えている。己の立場と背負うものを忘れるなと、土方はただそこだけに縋って立ち続けた。
 辛抱の時間は暫し続いたが、その内に京極の周囲に集い始めていた者らも散り、パーティは終わりに近付いて行った。流れる音楽は穏やかなバラードに変わり、歌い手のハミングが楽器の一つの様に乗って流れて行く。
 身体的なものよりも嵩んだ疲労感に土方がそっと息を吐くと、京極がそれに気付いて問う。
 「疲れたかい?」
 「いえ」
 辛うじて即答出来た土方に、彼はまた緩やかに笑いかけると、「そろそろ引き揚げさせて貰おうか」と言って歩き出した。護衛任務の終了に内心密かに安堵しつつ、土方は携帯電話を取り出し、会場の外や駐車場で待機している部下に連絡を入れようとするが、その手をやんわりと遮られる。
 「……?」
 思わず護衛対象を仰ぎ見れば、彼は土方の手指を柔らかに包んだ。連絡を止める以上の意図の潜んだその動きに、土方は眉を寄せそうになって堪える。
 「未だ返事を貰っていなかったね。馴染みの宿を取ってあるんだが、今晩、どうだい?」
 「──…、」
 あからさまな誘いの言葉に、土方は寸時息を呑んだが、比較的間を空けず頷いた。
 土方の了承を受けて離れていく京極の手。それを追い掛ける様な真似はせず、土方は連絡役の部下に電話を掛けて任務の終了と車の準備とを頼み、満足そうに頷く、先程まで護衛対象であった男の後に続いた。
 そう、丁度ストレスも溜まっているのだ。この誘いは正に渡りに船だ。これでこの積もった鬱屈も少しは晴らせる事だろう。
 早く、早く何もかもを忘れて仕舞いたい。
 銀時に教えられた『あれ』はきっとそれを叶えてくれる。






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