けだものたちの百の企み / 6



 あの日の土方に会って良かったとは、少なくとも銀時の感じた正直な感想であった。
 と言うのも、曰くストレスを限界まで貯めていたらしい土方の様子は──餓えた目をして吉原をあても無く彷徨っていた姿は、百歩譲った所で健全なものであったとは到底言えなかったからだ。
 「あんな風にしょっちゅう歩いてたら、いつか通り魔か何かと間違えられて通報されるか、裏通りにでも連れ込まれて輪姦されるかしちまうぜ?」
 銀時の揶揄混じりのそんな忠告に、土方は「だから、滅多にねぇって言ってんだろ」と、自身の生命危機にもなりかねない可能性をあっさりと否定した。
 聡い者が見れば、あの時の土方の様子が普通では無かった──『普通』からともすれば外れかけていた事ぐらいには気付けるだろう。酷く剣呑な姿だったと言う感想ぐらいは誰に訊いたって出そうだ。
 「あの時は、人も斬ってねェ、喧嘩もしてねェ、人肌にも触れてねェ、そんな日々で。その癖厄介な仕事やつまらねェ接待だのに忙殺されて腹立つ事ばかりで、今のこんなもんじゃ到底済まなかった」
 少なくとも煙草を目の前で奪われる様な事があれば噛み付きに行ってた──物理的にと言う意味だろうか──ぐらいだった筈だと、灰皿から未だ立ち上る煙を見て冗談めかして続けてから、土方はいつの間にか顰められていた顔で銀時の方を僅かだけ振り返った。
 どうやらあの日の『あれ』は土方当人にとって不覚な事であったらしい。続く言葉は投げ遣りな様でいて、少しだけ早口だった。わざわざ語りたい様な話ではなかったのだろう。
 「滅多に無ェってさっきから繰り返した通りだ。あの時は相当参りながら、已む無く女でも買って済ませようとしたんだが、いざ誰にも見つからねェ様に吉原まで来た所で、何もかもが面倒で億劫だって事に気付いた。女に気ィ遣って酒や会話を楽しんで、お上品に腰振ってつまらねェ快楽を能動的に得なきゃならねェのかって思った途端、萎えた。で、もっと手っ取り早くて単純で、理性も何もかもかなぐり棄てて楽になりてェって思ってた所で…、
 ……てめぇに会っちまった訳だ」
 「まるで会いたくなかった様な口振りだなァ」
 苦笑いとしか言い様のない表情を整った造作の中で形作ってみせる土方に、銀時は人差し指を伸ばしてその顎から喉元とを擽って、出来るだけ人が悪く見える様に笑った。
 会えて良かった、と思い返すのは己だけで、矢張り想像通りに土方にとってはこの現状は余り宜しく無い結果だったと言う事なのだろう。だがその事実には別段衝撃は無い。無い、が。
 偶々。偶さかに『あんな状態』の彼をあの時発見して、言いくるめてこの関係を手に入れた。言って仕舞えばお互いに体の良いストレスと欲の解消の相手。あの侭放っておいたら土方にとっては余り碌な結果にならなかっただろう事は、本人の発言からも明かだろうから、矢張り銀時はあの時土方に会えて良かったと思うのだ。土方当人が現状を本来快く思わず、仕方なく惰性として受け止めているのだとしても。
 「そんな状態で誰か知り合いになんざ遭遇してェとか思わねぇだろ普通。何せ、通り魔だ色魔だ言われる様な状況なんだろ。てめぇの見立てを真に受けるのなら、の話だが」
 擽ったさにか鬱陶しさにか、土方は喉元で遊び回る銀時の指先に目は眇めてみせたものの、振り払ったり文句を言ったりはしようとせずに、どこか諦めた風にそんな事を言う。
 触れているのは剣士の喉元。掴んで潰すも掴んで絞めるも掴んで引き倒すも容易な、弱点としか言い様のない部位を銀時に晒した侭、最近の土方は銀時に──閨を共にする男に警戒の気配すら見せない。
 不本意さから生じたものとは言え、散々膚を合わせて痴態を見せて性器を露出して後孔まで晒しているのだから、最早今更と言った所なのかも知れないが、銀時としては不用心な男だなあと思わずにいられない。もしも、元攘夷志士が、現攘夷志士にこの場で突如として成り代わったらどうするつもりなのだろうか。
 恐らくだが、知り合い、と一言で済ませられる程に、彼は銀時に信頼や人間的な好意を抱いてはいるのだろう。加減のある喧嘩も、仲が良くなければ出来ないとはよく言ったものだ。
 尤も銀時に言わせれば、土方のそんな所こそが不用心で迂闊な男としか言い様が無いのだが。
 「…て言うか、そう言うてめぇはどうなんだ。そんな状態の顔見知りの、大凡仲良しとは言い難い野郎を一目見て、抱いてやるとかよく言えたもんだ」
 「あー、それ?まァ別に深い意味とかは無かったんだけどよ、」
 自分の話から、本来感じて然るべき人並みの恥じらいでも思い出したのか、肩を竦めてみせながら矛先をこちらに向ける土方に、銀時はその喉元を擽ってた指を引っ込めて鼻の頭を掻いた。
 それは改めて説明する様な事では無いのは承知の上だったので、出来ればずっとスルーしておいて貰いたい疑問でもあった。現状を作る羽目になった発端と言えば発端だが特別な何かがある訳では無いのだ。寧ろ已むに已まれず、と言う言葉の方が近かったかもしれない。
 要するに、花街での仕事で多少煽られていて、そこに偶々餓えを持て余したかわいそうな男が来た。別に切羽詰まっていたと言う程では無いし棚ぼたとまで思った訳では無いが、餓えて所在の無い土方が店の女に誘いを掛けられている姿を見ていたら助け船を出してやろうと思えて、そこから先はただ手軽で良いかなと、躊躇いを通り越して即決していたのだ。
 若い頃に耳にした男同士の猥談に、今更言う程に興味があったと言うのは少し違う。単にそれが男に手を出してみる理由としては最も解り易いと思っただけだ。実用的な意味でも、考えるのも面倒くさい理由にしても。
 「まぁ、強いて言うなら利や害の一致だな。俺は無料(タダ)で気持ち良くなれる孔が欲しいと思ってたし、おめーは誰かにめちゃくちゃに抱かれたかった。需要と供給って奴。だろ?」
 それが思いの外悪くなかったし手軽で良かった。だから今に至るまで続いている。とは、銀時側の感想と客観的に見た土方への想像だ。
 銀時は敢えてそうとは続けなかったが、土方は、
 「成程、そりゃ利に適ってる」
 と納得を示して笑ってみせると、「それに、」と続けた。
 「元々俺ァ、忙しいが、だからって忙しさに比例して溜まるストレスをこっちに向ける事は余り無い方だった。溜めてりゃ、自慰に耽ったり女買ったりしねェでも、早晩血でも見てればどうせ勝手に昂ぶるんだ。さっきも言ったが、いちいち晴らそうとしてたらキリがねェよ」
 先頃口にしたのと同じ様な事を、更に倒錯的に平然と宣う土方に、銀時は肚の底で澱み続けていた重たいものが再び鎌首を擡げるのを感じながら、それこそ蛇の様に目を細めて笑みを浮かべた。
 埒も意味もない、お愛想のピロートークはもうお終いだ。これ以上は意味がない。互いにどうでも良い所まで踏み込もうとしている。それに気付く前に已めるべきだ。
 銀時はベッドの上に足を投げ出して座している土方の首に腕をかけると、その侭体重をかけて引き倒す。大の男二人分の体重を受けてベッドがぎしりと鳴って揺れた。
 「何すん、」
 話の途中だったからなのだろう、ほんの少し顔を顰めてみせる土方の鼻の頭に唇を当てて音を立ててから、銀時はその身の上へとベッドを更に軋ませながらのし掛かった。腰にお座なりに巻いていたタオルを解く。
 銀時の解り易い言い分でもあるそこを見た土方は、ちらりとベッドボードの時計を見遣る。時刻はまだ日付が変わる前で早い。二戦目が行われるには特に問題は無い筈だ。
 承諾として、態とらしい溜息をついてみせる土方の、平らな胸に唇を寄せて乳首を舌の上で転がして遊んでやりながら、空いている指で逆側を強めに摘む。
 「んっ」
 喉から漏れた土方の声に、あからさまな濡れた響きがあった事に銀時は満足して、その侭少し強めに刺激を与えつつ、己の身体に当たっている土方の性器が形を作って行くのを楽しんだ。
 「あ、あ…っ、よろずや、」
 今晩はまだ二度目だったが土方の身体に火が点くのは早い。常より少し強い筈の刺激に慣れないのか、もどかしげに揺れる腰は、もっと解り易い部位にもっと確かな感覚が欲しいのだと必死に訴えて来ている。鬱屈でも餓えでも構わないが、そう言ったものを取り除ける様な、かんかく、を。
 「…なァ、さっきの話。おめーさ、手前ェの命の遣り取りでハイになるってのは解るけど、その後どうなってんの?イッてんの?下着べっちゃべちゃに濡らして平然と部下に指示とか出してられんの?」
 嘲笑を含んだ声でそう言いながら、銀時は伸ばした手で早くもとろとろと先走りを自らの腹の上に滴らせている土方の性器をつんと突いた。
 「……」
 図星なのか、単にもう触れたくはない話題だと思ったのか、土方は荒くなり始めた呼吸の下で黙り込んで仕舞う。無理矢理に言わせる手管も思いついたが、まあ今は良いかと銀時は小さく忍び笑う。否、それこそ無駄話だと気付いたからなのかも知れない。
 先頃腹の奥底から涌いた衝動の儘に、まだぐずぐずに湿っていて柔らかい筈の土方の後孔へと、銀時は己の性器を軽く扱きながら宛がった。
 「てめぇが傷だらけになりながら追い詰め殺した、さっきまで生きてた腥い血ィかぶって興奮すんのと、逃げ場の無ェベッドの上で追い詰められてぐずぐずに溶かされて泣き喚くの、どっちが好きか言ってみ?」
 「………、」
 銀時のあからさまな揶揄に、土方は答えを探し倦ねる様に口を一旦上下させて、それから舌打ち一つすると自らの両足で銀時の腰を挟んで、引き寄せて押さえた。
 ぐち、と押された分だけ腰が傾いで、性器が土方の後孔を開こうと進み、孔の口はそれを待ち望む様に呼吸した。
 「……どちらにせよ、俺はそう言うセックスが好きなのかも知れねェ」
 「…………そ。手前ェの命懸けて人を殺す時みてェな、激しい奴ってか」
 土方の自嘲めいた言い種に、銀時は柔く嗤って頷くと、めり込みかかっていた性器をずぶずぶとゆっくり進め、中程まで入った所で土方の腰を掴んで思いきり自身に引き寄せながら自らの腰を突き上げた。ごり、と音がしそうなぐらい前立腺を押し潰す。
 「──、っっっ!」
 びくんと身体を跳ね上げ、目を見開いた土方の息が詰まったかと思えば、張り詰めていたその性器から精液がとろとろと滴って飛んだ。
 目を文字通り白黒させて、己が達せられた強すぎる刺激を上手くやり過ごせないのか、絶命寸前の生き物の様にびくびくと痙攣している土方の耳元へと銀時は顔を近付け、殊更に優しく言ってやる。
 「ドM」
 言葉に自覚でも促されたのか、単なる偶然か、丁度土方の後孔がきゅう、と締まり、銀時は揶揄と嘲弄の笑みを刻んだ侭で舌なめずりをして腰を揺すった。
 土方もその後は肯定も否定も特にはしようとせず、ただ激しいセックスの継続を強請って来た。
 だから、まあ要するにそう言う事なのだろうと銀時は思う事にした。




6っていうか5.5ですね…。

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