ゆめのすこしあと / 11



 悪夢だとも現実だとも判然としない世界の中で、それでも慥かなものが一つだけ在った。
 同時にそれは、この夢とも現とも知れぬ世界の原因でもある。
 (俺が、あの男の事を好きだ、と言う事だけは、笑えちまう程に慥かで変わりやしねェんだ)
 思って苦く、苦しく嘲う。
 土方自身の自覚は兎も角、その感情の原因となったものが銀時とのあの関係に由来している事は間違い様の無い事実だった。一度はそれさえも夢なのではないかと疑いもしたが、流石に身に憶えもなければ経験も無いセックスの感覚までをも夢だとは到底思えなかったのだ。
 故に。夢か現かの定かではなくなった土方の認識の中でも慥かな事は、己が銀時へといつしか抱いて仕舞った恋情に他ならないと判断せざるを得なかった。
 そしてそれがこれら積み重なる悪夢の恐らくは本質なのだと、も。
 分かれを切り出された事、無惨な言葉を投げ付けられた事、屈辱を負った事、或いは平穏に身体を重ね続けていた事。何処までが夢で何処からが土方の創り上げ、或いは望んだ虚妄なのかは知れない。
 ただ、解る事はある。
 それは、この気付くに余りに遅かった愚かな恋情を完全に棄て去って忘れる事にしか、夢も現からも醒める方法は見出せないと言う事だ。
 では、棄てるにはどうすれば良いか。
 答えは余りにも簡単に過ぎて、嗤いすら浮かばない。
 土方は悠然と歩を進めながら考える。
 それは即ち、夜毎日毎に悪夢に見る光景を──銀時に酷い言葉を投げられ終わりを告げられると言う、その様を己で現実にする事に他ならない。
 『これ』を、この愚かな恋情を自ら削いで剥いで棄てる、それ以外にこの夢を醒ます方法は無い。きっと、無い。
 (何故なら──、)
 歩むその先に、想定通り見知った姿を見つける事に成功した土方は、己が身に纏い腰に佩く物たちの存在を殊更に意識した。
 真選組の副長と、己をそうたらしめる証。形だけでしか無い筈のそれが、まるで鋳型か何かの様に己の役割を形作るのを意識し、実感しながら、雑踏をゆっくりと進む。
 夕暮れ時を過ぎた町並みを歩く人々の群れの中であっても、男は果たして土方の期待した通りに、その姿を違えず目に留めた。重たげな目蓋が何処か呆気に取られた様に驚きの形に瞠られるのを目に、土方は少しづつ前へと進む。
 終わらせる為に。
 (終わらせられるのは、手前ェ自身しかいねェんだ)
 あれが夢であれ現実であれ、土方は『あれ』をこそ恐れていたのだ。
 飲み仲間から秘密の共有者、そしてセックスフレンド。そんな不毛で無為な関係に抱いた何かしらの情が己の中で段々と大きくなって行く事に、無意識の何処かで気付いていたから、きっと諦めと終わりとを求めたのだろう。
 終わりを待つのも裁きを待つのも一種の甘えであったからこそ、土方はあの悪夢と思しき現実を見た。それこそが恐れに他ならないのだと、知らしめられた。
 だから理解した。終わらせて貰うのでは駄目だと言う事を。
 過分に苦しむどころか、己で自覚してより懊悩する羽目になった事からも最早明かだ。自ら恋を棄てる方法を求めた挙げ句の、望んだ悪夢こそが、現実と入り交じって土方を苛み続けたものの正体だ。
 だから、あの『終わり』が現実の事であれ、夢の事であれ、やる事は、望む事は変わらない。
 土方は、自らを苛むものでしかないこの感情を自らで棄てるしか無い。そうしなければ、苛まれる前、元には戻れないのだから、それ以外の選択肢は無い。
 何か物言いたげな銀時の足が止まる。土方が同じ様にして足を止めたのと、目指す場所を共にして。
 目的地はいつだってそこだった。見慣れた飲み屋の、少し汚れた白い暖簾のその向こう。
 会おう、と思えばそこを目指した土方を、銀時はいつも同じ席で迎えた。逢瀬などと言うロマンチックな情景なぞ何処にも見当たらない上に、呑むだけ呑んでヤるだけヤって分かれるだけの、そんな夜の決まり事めいた始まりの為に。
 然し今日は土方の恰好は己が真選組の人間である事を示す制服の侭だ。今まで組以外の人間と飲みに出るのにこの恰好で居た事は一度として無い。オンとオフの切り替えと言うのか、己が真選組副長で在る事を已めてではないと、呑む気にも埒を開けるにも抱かれる気にもなれないのだ。
 そして土方には、その己に課した決まりを破るつもりはさらさら無かった。
 「あー…、あのよ、」
 「少し、良いか」
 切り出した銀時を遮る様に先んじてそう言うと、土方は軽く顎をしゃくって行く先を促してその侭飲み屋に背を向けた。有無をも言わせぬ、問いすら待たぬ、そんな土方の態度に銀時が大人しく従う道理も本来ならば無いのだろうが、彼は暫しの逡巡の気配の後、向けられた背を追って歩き出した。
 素直では無いが根は人の良い男の事だ。先だっての夜の事が気に掛かっていたのだろう。特に訝しむ様子も無く、少し後ろを黙ってついて来る銀時の気配と足取りとだけを意識に留めながら、土方は賑わう繁華街から適当な路地裏へと入り込んだ。
 飲み屋やホテルの入った雑居ビル達の狭間へと一度入り込めば、雑踏の気配は背中から酷く遠ざかる。古びたエアコンの室外機が温く湿った風を攪拌して不快な空気を辺りに送り出している。立ち止まって見上げれば、薄ら暗い隘路の上にはもう殆ど陽の沈み掛けた群青色の空が、少なくない雲を抱いて拡がっていた。
 土方が立ち止まったから、後をついて来ている銀時の足も止まる。彼は何かを気にする様に辺りに視線を這わせてから土方の方を向いた。注視の気配を背にたっぷりと受け止めてから、土方は煙草を取り出してそっとくわえた。殊更にどうでも良い様に──或いは間違っても震え出す様な事が無い様に──壁にとん、と背を預けて火を点ける。
 分かれ、とは言えどう切り出したものか、とは全く考えなかった訳ではない。もうあの関係は止めるときっぱりと言い切ればそれでお互いに後腐れもなくお終いだ。元より銀時とてあんな関係をいつまでも続けていたいなどとは思ってもいなかっただろうから、丁度良いと乗ってくればそれで良い。
 あの分かれが、銀時へとこれ以上恋情を募らせる事への諦めを求めた故の、土方の無意識の恐れであって結論であったのなら、それで終わる。その一言だけで、全ては無かった事に出来る。
 真選組よりも『そんな事』が大きくなって仕舞うなど、土方にとっては過ちと誤りでしか無い。況してそれを未練たらしく悪夢にしてまで抱き続けるなど。
 火の点いた煙草をそっと吸って、土方は小さく息をついた。ニコチンは精神安定の役には立ってくれたが、同時に逡巡を生んだ。己の方をじっと見つめて来ている銀時の視線に晒されて、浮かんでは消える分かれの言葉を切り出すのに居心地の悪さに似た躊躇いを憶える。臆している訳では無い筈なのに、銀時の姿をまともに振り返る事が出来ない。
 「……その。この間は、……なんつぅか、その、…悪かった。深夜に押しかけたりして」
 土方が言葉か理由をか探すその間に、銀時の方が先にそう切り出した。矢張り気にしていたのか、と思いながら、土方は滅多に無い男の謝罪の言葉に思わず、気にしていない、と本音を口にしそうになり、寸での所で「ああ」と適当な相槌だけを返す事に成功した。
 「〜あー…、ほら最近飲みとか出て来ねェし、どうしたのかと思ってた、つうか、らしくもなく銀さん的にこうね、やっぱ心配的な?そんな感じだったから、つい」

 やめろ、と喉奥に浮かんだ言葉が、咄嗟にごくりと呑んだ息と共に胸の奥深くへと落ちて行く。

 歯の間で煙草のフィルターが擦り潰される。嗅ぎ慣れた煙が鼻先を通って灰色に曇り始めた空へと逃げる様に立ち上って行く。
 「でさ、なんか最近誤解されてんじゃねェか、って思ってよ。……まあそりゃあ、大概俺も碌な事して来なかったし、狡かったって自覚ぐれェある。いつか何とかなるだろうって、お前に何も言いやしなかったし、」

 やめろ、ともう一度浮かんだ言葉は、脳の何処かを揺さぶるだけ揺さぶって拡がって弾けた。

 本能的な危機感が背筋を冷やすその感覚を土方はよく知っている。
 真剣での立ち合いにも似たこの感覚は、きっと碌なものではない。
 寸時游いだ銀時の眼差しはやがて何かを決意した様に、横を向いて立つ土方の姿を捉えた。こつ、と硬いブーツの底が路地裏で凝った空気を掻き分けて接近して来る。
 目前で立ち止まった男の、困った様な、ばつの悪い様な、然し真剣な表情に真っ向から曝される形になった土方は、指に煙草を挟んだその手が今にも震え出しそうになるのを必死で留めていた。
 紛れもない。この感覚は、恐怖だ。
 この間銀時の訪れた夜にも感じた、一方的な言葉が己の何かを破壊するだろう、そんな確信に怯える、恐怖だ。
 竦んだ身体は動かない。指の間で煙草が無意味に煙を吐き出しながら少しづつ燻り短くなって行く。背を預けた壁と目前の男とに挟まれたここには逃げ場など無い。行き場など無い。
 あの時銀時はどんな表情をしていたか。今と同じで、案ずる様な、決する様な、そんな優しさが、
 「だから、この際だから言うわ。……俺は、お前に、」
 悪夢で何度も繰り返し見た、分かれを告げる淡泊で無感情な表情はそこには無いのに、探した所で有り得ないのに、何故それを恐れたのか。何故それを求めたのか。不毛であって、真選組の為にはならないその恋情を、どうして諦めようと必死になったのか。
 知っていたからだ。
 恐らくは、気付いて仕舞っていたからだ。

 「惚れてる」

 
 知っていた、から、だ。

 
 「──」
 真っ直ぐに向けられた刃が己の喉を貫いて壁に突き立てられた様な気がした。
 ぐらぐらと揺れる視界の中で土方はこれ以上無い恐怖を酷い瞋恚の中で噛み潰して呑み込めず吐き出した。笑い出したくなるのを堪えて、必死でそこに踏み留まる。己の信じる場所に縋り付く。
 銀時が、ただのセックスフレンドだと思いたかったその男が、いつもどう言う目を己に向けて来ていたのか。身体を重ねた時にあったのは、肉体的な充足ではなく精神的な充足と安堵であったと気付かぬ内に目を逸らした。ただの遊びの関係なのだと定義した。
 だから恐れて。畏れた。気付いてはいけないと、理解してはいけないと、不毛の恋情がそうではないのだと知る事が無い様に、畏れて諦めようとしたのだ。不毛の侭で居ようと、恋情にさえ気付かぬ様に目を背けて耳を塞いで来たのだ。
 知らない侭諦めて仕舞える様に、望んで夢に見た。
 ただのセックスフレンド。不毛なその関係に結実は無く終わりだけがあるのだと、己が痛い程に苦しむ程に悔いる程に、求めた。
 終わりと分かれとを恐れる程に、この恋情が得難いもので、叶ったものである事は、土方にとって誤りでしか無い。

 この恋が、叶うと理解して仕舞ったから、棄てたいと思ったのだ。

 自覚を促したその苦しさが、今となっては酷く馬鹿馬鹿しい。気付いてすらいなかったと言うのに、ただ『知っていた』。
 (それが、俺が俺じゃなくなっちまうもんだとも、知っていた、から、)
 好きだ、と言う感情が、仮令恋情で無かったとしても酷く苦しいものだと知っていた。好きだ、と思うその心を、自分だけが己の全てで感じていたくなるものなのだと知っていた。
 それでも棄てる事が嘗ては出来たから、知っていた。解っていた。
 そう、矢張り何もかもが遅すぎたのだ。気付いてはいけないのだと、気付いた事こそが、手遅れだった。
 「……………はァ?」
 声は己で想像したよりもすんなりと出た。乾いた喉を裂いて、血でも吐きそうな傷みを堪えながらも笑う。嘲笑う。泥の海で溺れる人の様に、緩慢に迫る痛苦に怯えながら、嗤う。
 手遅れだからこそ、気付いて仕舞ったならばこそ、それを今度こそ違えず棄てなければならない。叶わぬ恋情でいなければならない。必要の無いものだと、放棄しなければならない。
 それが、真選組の副長としての土方の、正しい在り方だ。
 ただひとりに向ける感情を深め過ぎて、想って恐れ煩わされて生きるなど、有り得てはならない事だ。
 「何を言い出すかと思えば。気でも違えたか?」
 目の前の男がこの言葉に疵付けられてどんな表情をするのかなど見たくなくて、咄嗟に土方は視線を足下へと落とした。泥の中に沈みそうな気さえしていたと言うのに、足が立つのは紛れもない固い地面だった。小汚く乾いた路地裏。不意にそこにぽつりと滴が落ちて拡がる。ひとつ、ふたつ、みっつ。徐々に拡がるそれが雨だと気付けば、まるで泣いている様だと思って益々に馬鹿馬鹿しくなった。
 誰が泣くと言うのか。この酷い、自らの恋情を他者の責任にして棄て去ろうと言う男が涙などこぼせる筈も無い。
 だとしたら、目の前の男は果たして泣くのだろうか。疵付いて、痛みに嘆くのだろうか。
 出来ればいつもの張り合いや強がりの様に、捨て台詞を残して去って欲しい。そう、同じ様に土方も疵付けられるだろう、あの悪夢に繰り返し望み見た光景の様に。
 それを現実の事にすれば、終わるのだから。終われるのだから。
 「言っとくがこっちは大概うんざりしてたんだ。てめぇとの最悪な関係は悪ィがもう終いにしてェんだよ。だから今日声掛けさせて貰った。それだって言うのに何勘違いしてやがんだか」
 お笑い種だ、と喉を鳴らして、この恋情をこうなるまで気付かず棄てる事さえ出来なかった己こそが無様でお笑い種でしかないのだと、嗤いながら斬り捨てる。
 「飽きた。だからてめぇとの遊びもこれで終ェだ。
 ……ああ、言っておくがこの件は他言無用にしとけよ。ありもしねェ罪状でてめぇを牢に放り込むのは面倒臭ェし流石に気も退けるんでな」
 足下をじわりじわりと濡らして行く雨粒たちも、纏った制服の生地には弾かれて染みる事はない。
 この制服と、目の前の男をも斬り捨てる事を躊躇わないでいられる刀と。それだけが真選組の副長である土方にとって必要な唯一無二のものだ。
 叶って仕舞う恋情など、必要は無い。
 「じゃあな」
 言って、目前に佇む銀時を押し退け土方が歩き出そうとしたその時。
 「待てよ」
 それは土方の期待していた様な、焦りや憤怒や嘆きを得た声音では断じて無かった。
 静かで、落ち着いた──全てを見通し理解した者の達観にも似た声に身を竦ませた土方の腕を、銀時が掴んでその動きを制止している。
 「離せ。斬られてェのか」
 (もっと酷い言葉で。疵付けられてェのか)
 段々と強くなり始めた雨が、土方の腕を掴んで止めている銀時の右腕を濡らして行く。纏う着物を少しづつ重たくして行く。
 掴まれた腕の先、指の隙間から煙草がぽろりと落ちた。足下の水気に触れてじゅうと音を立てる。まるで何かの断末魔の様な細い煙の先には、分厚い雨雲にすっかりと覆われて仕舞った黒い夜空が拡がっている。届かないのに、見えないのに、確かにそこに在るものに見下ろされている。
 「遊びってな。てめーは『遊び』であんな事させる様な奴じゃねェだろ。好きでも無い、少しでも気を許さねェ様な野郎に、手前ェの全ても矜持も預けちまう様な、そんな安い男じゃねェだろ?」
 「…………」
 銀時に背を向けた侭、土方は唇を噛んで天を仰いだ。落ちる雨粒たちが頬を叩いて濡らして行くのに、それは決してこの身が望んで纏う役割(隊服)の内側には決して染みる事は無い。
 一体どんな酷い言葉で疵付ければ、この手は離れてくれるのだろうか。
 どれだけ酷く疵付けて、疵付けられれば、この恋を棄てる事が出来るのか。
 こんなものは要らない。叶うから要らない。欲しくなるから要らない。満ち充ちて幸せになるなら要らない。
 じゃなければあんなに恐れた理由が解らない。あんなに恐れて、怖がる様なものになるなら、要らない。
 「あんなのァただの暇つぶしで、遊びだろうが。飽きたから終わる、その程度のものでしか無ェってのに、一体何を勘違いしてんだてめぇは」
 さも忌々しげに吐き捨てた言葉に、銀時の指の力が僅かに強まった。それを振り払う理由にして、土方は思い切って掴まれた腕を振り解いた。
 まるで土方の抱いた恋情や、それを棄てようとした感情でさえも理解しているかの様に、銀時の声音は確信を持ってさえいた。だが、その瞬間は確かに揺らいだのだ。嘘と疑って。或いは酷く疵付いて。
 払い除けた土方の腕には未だ、銀時の指が留め続けている様な痛みが残っている。強く掴まれたから。或いは酷く疵付いていたから。
 「………」
 銀時に完全に背を向けた土方の腕にも肩にも、それ以上背後から留めようとする手は伸びて来なかった。その事に心底に安堵して、土方は日頃町を歩くのと同じ悠然とした足取りで歩き出す。
 薄暗い路地裏を出て。後ろから何の気配も感情も追い掛けては来ていないと確認してから、雨に追われて慌ただしく流れる雑踏の中に入り込んで駈ける。
 滴り続ける無情の雨が、今更になって隊服の生地を濡らし始めていた。
 
 *
 
 空いた指をゆっくりと折り畳むが、そこに触れるものも掴めるものも最早そこには無かった。
 「……畜生、」
 何か酷い後悔と自己嫌悪に苛まれて俯く銀時の肩を、段々と強くなる雨が容赦なく叩いて濡らして行く。
 どうして手を離して仕舞ったのか。どうしてもう一度掴む事が出来なかったのか。どうして声を上げる事が出来なかったのか。
 どうして、嘘をつくな、と言ってやれなかったのか。
 恐らく──否、確実に。銀時の思っていた通りに、土方は銀時に対して好意に類する感情を抱いてくれているのだと、その確信だけはあったと言うのに、それを無理矢理に突きつける事で逆に土方は確固たる拒絶を選んで仕舞った様だった。
 だからこそ、恐れて、そうして逃げたのだ。山崎の観察の通りに、日々参って行く己の感情をきっと酷く持て余して結論を急いだ。
 (……結論を急いだのは、俺もか)
 途切れ掛けた不毛な関係を元に戻したくて、伝えて、伝わって、それで良いと──それで良いのだと、土方に教えてやろうとした挙げ句、銀時のした事はと言えば、自らの感情を優先させる事だった。逃げる理由を探した土方の退路を塞ぐ事だった。
 それでも手を離して仕舞ったのは、もっと酷い言葉を聞くのも、放たせるのも厭だったからだ。
 嘗て彼女(あるひと)を疵付けようとしたのだろう、そんな想いを。思い知りたくも無かったし、もう一度させたくもなかったからだ。
 「…………あんな面して、言うんじゃねェよ。馬鹿野郎が」
 吐き出し損ねた言葉は酷く苦くて粘ついて胸の裡に残された。まるで瑕か何かの様に。
 俯き嘲笑を浮かべるその寸前に見て仕舞った、土方の泣きそうに歪められた表情が、苦しみながら強がって刃を握ったその表情が、頭から離れなかった。
 己が疵付く為の嘘など、痛々しくて見てられないものなのだと思った。同時に、そんな嘘を吐き捨てねばならない程に、土方は『ここ』から逃げたかったのかと気付いて、酷く悲しくなった。
 また失敗したのだと、今更になって漸く銀時は気付いた。





……一応徹頭徹尾諦める事しか言ってない筈なのにめんどくさい子だなあ……。

 :