ゆめのすこしあと / 2 最初にあんな関係になる切っ掛けを作ったのは銀時の方だった。 ある時よく会う飲み屋でいつもの様に遭遇して、これもまたいつもの様にどうでも良い口喧嘩や意味もない張り合いをして、忍耐の切れた店主に二人して店を摘み出されて。途中まで同じだった帰路の中でまだ懲りずに埒もない言い合いをし続け、何かの拍子に銀時が巫山戯て振った拳を軽々と躱した土方は、然しそこで酔いに足を取られる不覚をやらかし──正直みっともない話と言わざるを得ないのだが──足に軽く捻挫をする羽目になって仕舞った。 痛む足を僅かに引き摺る土方を見て流石に悪いと思ったのか、銀時は手当をするからと言って、その辺りの連れ込み宿に土方を背負って──歩けない訳では決してなかったのだが、銀時が背負うと言って聞かなかったのだ──入る事になり。 連れ込み宿と言う場所は名の響き的にもその示す本来の役割的にもどうかと思ったのだが、密談や休憩に使う者も少なくはないから、酔った男の二人連れぐらい別段不自然なものでもないと判断し、土方は銀時の言う応急手当の申し出を大人しく受ける事にした。 土方の片足を手に取って、銀時は当初は大人しく具合を看たりしていたのだが、他に怪我はないかと探る手の動きが妙な気配を漂わせた事に気付けば狼狽した。終いには、なんか最近人肌恋しくて、などと抜かし始めた銀時に、酔っているのか、と問えば。 「お前も、酔ってんじゃねェの?」 目を雄の欲情の色に染めた銀時に、耳の直ぐ横でそんな事を吐息と共に囁かれて──、 ……正直、酔っていたかいないか、と問えば、酔っていた、のだと思う。間近の銀時の熱を孕んだ視線や息遣いや探る様に動く掌、それらの仕業で久方ぶりに情欲の様なものが身体の芯に灯るのを感じて、土方は、 「……酔ってるな」 呑み込んだ生唾と逆に、そんな言葉を吐き出して仕舞っていた。 酔っているから。だから。目の前に互いに丁度良く触れ合える存在が居たから。だから。 その日は互いに慰め合って終わった。酔った勢いで、男同士ちょっと抜き合っただけ。そんな子供の好奇心から及んだ様な行為と、互いに何かを晒け出しても安堵出来る性処理。 終わった時には酔いなんて吹き飛んでいたが、未だ酔いが残っているフリをしながら互いにしっかりとした足取りで帰路についた。 翌日の朝には、昨晩の出来事は夢だったのではないかと思える程に二日酔いの気配もなくすっきりと目を醒ましたのだが──残された確信と、夢でも妄想でも無かった事の証でもある足の包帯を見ると、背筋がぞくりとした。今更ながら、『したこと』に対して湧いた背徳感にも似た歓びに土方は気付いて仕舞ったのだ。 次に飲み屋で男に遭遇したのはそれから何日か後の話。今度は酔っていない銀時にあからさまに、今日もどうよ?と誘われて、酔ってはいなかったが土方は頷いた。何も気負っていない。期待もない。互いに体の良い性処理の手段を見つけただけなのだと言い聞かせながら。 そうして同じ様な連れ込み宿で、同じ様に互いの手を使って、性器を合わせて慰め合って。そんな事をそれから何度か。飲みに行って銀時と出会えばほぼ自然とそうなる流れにも慣れて。 一般的な成人であれば、普通は同性の他者には見せたくはないだろう、性欲の絡んだ姿はきっと互いに酷く浅ましくて生々しかったに違いない。だが銀時は元よりサディスティックなきらいがあった様だし、見つけた楽しみには正直に貪欲になる様だった。 土方は兎に角自分と相手と、双方達する事が出来れば良いと言うぐらいにしか考えていなかったのだが、銀時の手は回数を重ねる毎に大胆になって行き、土方が快感を堪える敏感な部位を積極的に探り出す様になって行った。 好きな様にされるのは悔しかったから、抵抗する様に土方も銀時の良い場所を探ろうとすると、強く睾丸を引かれたり尖端に爪を立てられたりする事で封じられた。これでは、互いに慰め合っている様で、実のところ主導権は銀時にあるのではないか──土方がそう気付いた時には……否、気付いていても何も言いもせずにいたのが問題だったのだろうか。 それからまた暫く経ったある時、いつもの連れ込み宿ではなく、万事屋(うち)で、と乞われて。宿代が毎回折半と言えど大変だとか、神楽は居ないから大丈夫とか。そんな尤もらしい言葉に頷いて、大人しく従ってみたら。 「なァ、そろそろコキ合うだけじゃ満足出来なくね?」 いつもの繰り返しの様に二人で高め合って、後少しで達する、と言う所で唐突にそう言われた。その時に銀時の目は土方の浅ましく反応している下肢に向けられていて、熱を持った手は霧を吹いた様に汗ばんだ土方の内股を滑り降りて臀部と布団の隙間に侵入しようとしていた。 銀時の口にした『満足』の指す意味が『それ』であると察するのは早かったが、流石にそれは男として抵抗がある。だから土方は『それ』を突っぱねるべきだった、のに。 「……入れ、てェのか?」 気付けばそんな事を口にしていた己の目も、銀時と同じ様にして、固くそそり立った相手の性器に──剥き出しの性欲の証へと向けられていた。 「ああ」 あっさり頷いた男に何と返したのかは、正直を言えば土方の記憶には残されていない。忘れたと言う事は、思い出しただけで憤死したくなる様な応え方をしたのではないか、とは朧気に思う。 ただ一つ言えるのは、最初の慰め合いの時とは異なり、双方に酔いの気配はまるで無かったのは事実である、と言う事。 結局その一時間近く後には、土方は泣き喚きたくなる程の苦痛の中に居て、銀時はそんな土方に『その』状態で何とか快楽を得る術を見出させようと必死になっていた。 慣れぬ内こそ苦痛が八割方だったその行為が、その後も慰め合いの時と同じ様にだらだらと続いて、そうする内に土方の身体も──人間の順応力とは恐ろしいものだと思う──その行為に徐々に慣れて、いつの間にやら単なる二人で行う自慰から、歴とした性行為と言う形に収まっていったのだった。 銀時は、後孔に男性器を受け入れる事と、そこで得る様々な感覚から快楽を拾う事に慣れて行く土方の事を特に揶揄はしなかったし、己が土方の身体を『そう』したのだと殊更に強調したりもしなかった。 飲みながら会って、万事屋の寝室に連れ込まれて、戯れもそこそこに抱かれて、互いに欲に溺れて、埒もない会話をしながら疲れを取って、朝になる前には別れる。情人と言うには些か乾いていて、他人と言うには余計なものが篭もりすぎている。そんな関係は有り体に言うならセックスフレンドとでも呼ぶのだろうか。 ただ、回数を重ねる内にそれなり、ひとかどの情の様なものが湧いて仕舞っていたのは確かで。また、互いに憚る間柄であって信頼もあって、衒いが無かっただけに気は楽だった。余り大きな声では言いたくはないが、精神的にも肉体的にも悦かったのも確かである。そうでなければそんな行為と関係とがだらだらと今に至るまで続けられたとは土方には思えない。 否。続けられて、いた。だ。 「…………」 昨晩銀時に告げられたのは終わりの言葉だ。別れの言葉ではない。そう、別に二人は世に言う恋人同士の様な関係であった訳ではないのだから、別れと言うのは適切な表現ではないだろう。 関係性は、ただのセックスフレンド。或いは秘密の共有者。縛るもののない、憚る必要だけはある、淡々とした利害の一致だけが横たわる関係性。 『飽きた』から、おしまい。そう言い切れる、たったそれだけの関係性。 碌に眠れなかった目の下が重たいが、朝は来る。だから土方は昨晩帰るなり潜り込んでいたらしい布団から這い出して、いつもの朝の身支度を始めた。 普段の起床時間より少し早いが、朝は朝だ。眠りを経なくとも流れる時間が、昇る日が朝を知らせてくれば、それは朝だ。真選組の副長にとってはまた多忙な一日の始まりを告げる、いつも通りの朝だ。 眠れなかったのは、恐らく訳が解らず気持ち悪かったからだ。銀時の切り出した「飽きた」その意味をぐるぐると無駄に考えては、言葉以上の意味なぞある訳がないか、と思い直す、その繰り返しに振り回されて、微睡みかけては目覚めて結局あれから一睡も出来ていない。 だがそれは私情だ。仕事に支障を出す訳には行かない。 (……そうだ。言葉通りだろ。他に何も無ェ。野郎は飽きて、俺は……癪な事だが、未だ飽きちゃいなかった。だから何だかスッキリしねェだけだ) 唐突だったから。少し驚いただけだ。 言い聞かせながら、皺一つ無い隊服の準備をして、洗面所へと向かう。 鏡に映る己の姿は、きっと酷い隈を作っているだろうけど。今日の仕事が終わったら少し早めに休んで、今度こそきちんと睡眠を摂れば良い。 それで元通り。 元に戻れる。 。 ← : → |